審神者と母の日



「はい。はい、良かったです。写真、後で見せて下さいね。それでは、楽しんできて……。ええ、お盆には帰れるよう頑張ります」

 はネット通話を切り、ふうっと溜め息をついた。自室には彼女ひとり。近侍の歌仙すらいない。それは、彼女が家族との会話を誰にも聞かれないよう、人払いしたからだった。

 PCの画面には「母」の一文字だけが映っている。それを見て、また溜め息をついた。

 どうしてこんなに溜め息をついているのかと言えば、今日が母の日だからに他ならない。

(今年は忙しくて、花と旅行のチケットくらいしか贈れませんでしたね……)

 は審神者になってから、実家に帰っていない。仕事が(事務処理やら何やら)溜まっているし、戦力拡充計画にも参加しなければならず、休暇を取る余裕がなかった。後は……本丸を留守にするのが、なんとなく嫌だったからだ。ここは、大変居心地がよく、自分が留守の間にのっぴきならない事態になっていたら――例えば遡行軍が本丸を攻め滅ぼし、刀剣男士が全員刀解していたら――と考えると気が気ではなかった。

 帰れない代わりに、母の日や父の日等の節目節目に贈り物をすることで、家族のことを忘れたわけではないよ、と感謝を表すことにしている。また、ビデオ電話をして、こちらの無事を伝えることにしている。

(今度は画面越しではなくて、直接顔見て話しましょうと言われてしまいました……。私、親不孝者ですね。そろそろ、一度帰省しなければ……)

 はあ、と溜め息がまた零れた。

「あの、主様!」

 可愛らしい声が、部屋の外から聞こえてきた。障子に映ったシルエットで、は声の主を当てる。

「五虎退君ですか」
「はい! 今、入ってもいいでしょうか」
「いいですよ。もう電話は終わりましたからね」

 入室の許可を取った五虎退は、ゆっくり障子を開け、中に入った。後ろから、例の虎たちがついてくる。の姿を見つけると、彼は照れくさそうに目を伏せた。

「五虎退君どうしました? 私を見てくれませんか。あなたの顔をちゃんと見られないのは、残念です」

 は、微笑んで言った。彼女は気付いていないが、短刀の前では表情が豊かになる。小さいものや、子どもが好きなせいだろう。
 が悲しむのはいけないと、五虎退は顔を上げた。2人の視線が合う。

 五虎退はの笑顔が好きだ。桜の舞い散るような、おだやかな微笑みを瞳に焼き付けようと、食い入るように見つめた。それがあまりにも一生懸命で、はつい噴き出してしまった。


「あ。あの、すみません……!」

 五虎退の頬が朱に染まった。彼は恥ずかしさで、また顔を伏せてしまう。それに慌てたのはの方で、

「ああ。こちらこそ、すみませんでした。五虎退君、ご用件をどうぞ。五虎退君?」

 しばらく互いに謝り合ったので、やっと本題に入ったのは、五虎退がの部屋に来て30分後のことだった。


「きょ、今日はですね。主様! こ、これを!」

 畳に座っていた五虎退は、懐から赤と緑の折り紙で出来た花を取り出した。

「今日は母の日、といち兄に聞きました。ですから、こちらを主様に!」
「まあ……、カーネーションですね」

 すっと差し出された、折り紙で出来たカーネーションを、は壊れ物でも扱うかのように丁寧に受け取った。よくよく見れば、あちこち苦戦したのか紙に様々な折り目がついていたが――はそれすら愛おしかった。

「ありがとうございます。でも、私は母らしいことは何ひとつ出来ていないと思うのですが……」

 は、五虎退の言葉に素直にうなずけない。

「そんなこと、ないんです! 違うんです! 主様がお母さんみたいだって、思うのは、あの……」

 五虎退は身体いっぱいで、理由を語ってくれた。

「僕らを作ってくださった刀匠様が産みの親ですけど。ここに、人の形で顕現させてくれたのは、主様です。それで、人の生活をさせてもらって。兄弟みんなにも会えて。虎君たちの毛並みの柔らかさとか、主様の笑顔好きだって。えと……心とか、全部知れて。それをいっぱい教えてくれたのは、主様です。だから、お母さんみたいな、感じがして……。お母さんって、こんな感じなのかなって。もちろん、主様は主様です! ただ、」

 ただ、主様に感謝を伝えるきっかけが、欲しかったんです。

 五虎退は、白い肌をますます赤くして、

「いつか言おうと思ってたことなんです。だから、今日がちょうど良かったんです。主様、ありがとう……ございます」

 最後はちょっと涙目になりながら。近くにいた虎たちを膝に乗せ、恥ずかしそうに身を縮めた。

「……、お礼を言うのは私ですよ。ありがとうございます。そして、よく頑張りましたね。臆病なあなたが、私に一番に贈り物をしてくれるなんて……」

 は五虎退に近付き、いい子いい子と頭を撫でた。癖のある髪は、ふわふわとして触り心地が良かった。彼は嬉しさに目を細めた。

「主様に、一番に言いたかったから、譲ってもらいました」
「ふふ、そのようですね」

 は障子の向こうを見やり、呟いた。足音も話し声も聞こえかなったが、五虎退の兄弟たち――つまり、粟田口の短刀や脇差、そして唯一の太刀である刀剣男士が、今か今かと待ち構えているのが、そのシルエットと雰囲気から伝わってくるのだ。

「他の刀剣男士たちも、そろそろ部屋に入れてあげませんとね」
「はい! お願いします」

 それから。

 粟田口の刀剣男士たちが、折り紙のカーネーションやら、生花やら、様々な贈り物を持っての前に現れた。

 他にも、小夜左文字や今剣、岩融や石切丸といった面々も同じように彼女へ贈り物をした。

(母も、こんな風に嬉しいと思ったのかしら)

 心のこもった贈り物を貰い、はふと考える。実際に会えなかったが、と話せて大層喜んでいた。画面越しの笑顔は偽りではないだろう。仕事で会えないことは寂しいが、あなたが元気でいるのなら、安心して帰りを待っていられるから。そう、言ってくれた。

(やはり、一度帰りましょう。この子たちに母と言われたからには……、私の母の気持ち、なんとなく分かる気がしますから)





 その後、近侍の歌仙がやって来て「君に似合う花はこれで良いだろう」と胸元の花をに飾った。その時また、色々あったのだが――その話を語るのは、また別の機会に。