小夜左文字と約束ひとつ
「小夜君。それ、気に入ったのですか」
が外出すると言うので、非番だった小夜左文字は、彼女の供をすることにした。万屋にて買い物を済ませ、では帰ろうかというところで、小夜はあるものに釘づけになった。
「……うん」
言うべきか言わざるべきか。小夜は少し逡巡した後、小さくうなずいた。主は小夜が見ていた「それ」を手に取る。
「まあ。可愛らしいですね」
「それ」とは、組紐であった。日本伝統の工芸品だ。帯締めとして使われるイメージが強いが、ストラップやミサンガといった、現代に合った商品へ姿を変えているらしい。小夜が気に入った組紐は、落ち着いた青色とひよこのような黄色が可愛い、ブレスレットだった。青空をそのままぎゅっと閉じ込めたようなトンボ玉がアクセントになっているそれを、小夜は一目で気に入ってしまった。
しかし、
「行こう、主様」
「買わないのですか」
「うん。付けていても、戦では邪魔になるから」
「そう、でしょうか」
「うん。こんなに綺麗なもの、僕が持っていてもしょうがないから」
(こんなに綺麗じゃあ、僕の抱える黒い淀みで、黒く染まりそうだ)
そう、言い訳して。万屋を出ようとした。だが、主はそれを持ったまま、小夜を引き止めた。
「――では、私が買います」
その発言を予想していなかったわけではない。は短刀に甘いのだ。大福に砂糖をまぶして、黒蜜をかけるくらいに甘やかす(もちろん、短刀たちはそれを受けて増長してはいない)。
「私が買って、小夜君にプレゼントしたいのです」
「お金ならあるけど、主様がそこまでしなくていいよ」
「では、」
「でも……。僕には、似合わないよ……」
「そんなことありません。絶対あなたに似合いますよ」
「でも、」
「いやいや、そんな」
しばらくそんな応酬を繰り返していたが、互いの意見は変わることがなく。ついには、
「では、私が欲しいので買います」
「そう……」
落としどころが決まり、結局それは彼女が買うことになった。
***
そして、その出来事からしばらく経ったある日のことだ。
「復讐したい相手……?」
小夜は主と対面していた。自室にひとりだけ、とは一体どんな重要な話なのだろうか。不思議に思って話を聞けば、なんと主が「復讐」をしたいというので、驚いてしまった。
同時に、やっぱりそうなるんだと諦観にも似た気持がこみ上げてきた。
(そうだね、僕は復讐の刀だから)
そう、彼は復讐を果たした短刀だ。彼の逸話に心惹かれ、抱える闇を美しいと言う人間もいる。自分の宿命からは逃れられないのだな、と。彼はどこか空虚な気持ちを抱いて、目の前の主を見つめた。桜の花のような、儚い笑顔を浮かべるを。
「誰に、どんな復讐をしたいの?」
小夜は訊ねた。
「ええ。危害を加えるつもりはないのです。ちょっと、彼には困ってもらおうかと」
「彼?」
「彼です。何も殺すことだけが、復讐ではないでしょう?」
小夜は一瞬考え、うなずいた。
「……うん、そうかもしれない」
「必ずやり遂げてくれますか?」
「もちろん。あなたの望みだから」
その答えに、彼女は満足気にうなずいた。
「その言葉が聞けて良かった。頼みたいことは、これです」
が小夜に見せたのは、先日万屋で購入した、例のブレスレットだった。彼は目を丸くして、主とブレスレットを交互に見やる。
「どういうこと?」
「先日、一緒に万屋へ行った刀剣男士へ渡したいのです。彼は、自分が欲しい物なのに、素直に購入しませんでした。私がプレゼントすると言ってもです。似合わない等と断っていました。ですから、これを贈って困らせてやろうと思います」
「復讐なの?」
「復讐ですよ、似合わないものを贈って困らせるなんて。私も、大人げないですね」
でも、小夜君なら、やり遂げてくれますね?
彼女はそう言って、ブレスレットを小夜の小さな掌に乗せた。つるりとしたトンボ玉の青いブレスレットは、まるで最初から彼のものかのように、しっくり手に馴染んだ。
「主、様。これ出来な、」
「必ず。必ずやり遂げてくれるのですよね」
「うん、確かにそう答えた……」
主は、小夜が素直に受け取らないのならば、と知恵を巡らせたらしい。彼女は「復讐」と称して、遠回しに小夜にプレゼントをしたのだ。
小夜は、心の奥底から出てくる「何か」の感情と戦っていた。それは、決して淀みのような真っ黒なものではなくて、何か別の……。例えるならば、温かくて明るい色の、春の心地のようなものだ。
「それから、彼に言ってもらえませんか。もし、汚れてしまったり失くしてしまったり、もしくは、人前でつけるのが恥ずかしいのならば、私が預かります。つけたい時に申し出なさい、と。お願い出来ますか?」
小夜は静かに首を振った。もちろん、縦に。
「きっと……彼も、喜ぶと思う」
(ここまでしてもらって、受け取らないなんて、そんなこと出来ない)
「そうなら嬉しいです」
「必ず、渡すね」
それならば、と。どちらともなく、主と小夜が小指を差し出す。
「約束」
「ええ、約束」
絡めた小指に、約束をひとつ。
少しだけ、もう少しだけ主に触れていたくて。小夜はゆっくりと「指切りげんまん……」と歌うのだった。