歌仙兼定と牡丹



 いつもの着物に着替えた時、左胸の飾り花がないことに気が付いた。歌仙兼定はしばらく部屋を見渡して、ああ、と納得した。

(昨日の戦闘でなくしてしまったのだった)

 時間遡行軍との戦いは様々な時間帯で行われるが、ここ最近は夜になることが多くなってきた。そのため、攻撃力に秀でた大太刀等が能力を十分に発揮出来なくなり、夜戦に強い短刀や脇差たちが主な戦力となる。

 とはいえ、の本丸には練度が高い短刀は二振りほどしかおらず、古株の歌仙が戦力補強のため部隊に組み込まれた。からは「あなたなら大丈夫です。戦闘経験の低い短刀が多いのですが、よろしくお願いします」と言われたのだが、彼女の心配そうな顔を見たら、少し気の毒になった。刀剣達が傷を負うのをあまりよしとしない審神者なのだ。まあ、経験豊富な脇差(意味深な言葉が玉に瑕な奴)も一緒なのだから、少しは信頼して欲しいものだ。歌仙は自信を持って「任せてくれ」と答えた。

 そして、戦闘の最中、歌仙は小夜左文字を庇って中傷を負った。

 一撃で敵の大太刀を屠った小夜の背後をついて、敵の槍が襲ってきたのである。刀装がほぼ剥がれていた歌仙だったが(それほど戦いが熾烈を極めていた)、なんとか間に合い、小夜を突き飛ばして攻撃を受けた。その際、槍は歌仙の飾り花をかっさらっていったのだ。

(無事に帰ってきたのだから、花くらいどうってこともないか。もっと強くならないといけないね、やられてばかりは癪だよ)

 昨夜の戦闘を思い出した歌仙は、身支度を整えて手入れ部屋を出た。手入れ中にそのまま寝入っていたようだ。日が高い。眠りすぎたらしい。

「まずは主に報告か」

 報告は手入れを済ませた後でいいからと、によって手入れ部屋へ放り込まれたのだ。彼女は自身の部屋にいるだろうか。廊下を歩きつつ、左胸の飾り花がないことに違和感を覚える。

(落ち着かないな)

 によって顕現された際、初めから付いていた花。実は結構気に入っていた。名前をに訊ねると、彼女は困ったように首を傾げていた。知らないらしい。歌仙の見立てでは牡丹だろうと思う。芍薬なのかもしれないが、どちらも仲間だから見分けづらい。

 の部屋に着き、中へ入る旨を伝えて障子を開けると、そこにはと――小夜左文字がいた。

「こんにちは、歌仙さん」
「こんにちは、……もう昼だったかい」
「はい。昨日はご苦労様でした」
「ああ、……それはそうと、何で彼が?」

 しかも、彼女らは薄い桃色の紙を机に広げている。折り紙でもしていたのだろうか。いや、違う。小夜が持っているのは――

「紙の花……?」
「そうだよ。あなたにあげようと思って、作っていた」

 ここで小夜が初めて口を開いた。

「僕に?」
「昨日、僕を庇ったから、あなたの飾り花をなくしてしまった。代わりを作れないかと思って……」
「彼に相談されましたので、作り方を教えてあげていたのです」

 小夜の言葉をが引き継いだ。小夜が立ち上がって、歌仙へその紙花を渡す。

「牡丹の代わりに……それ、どうぞ。いらなかったら、別に捨てていいです」

 歌仙は笑みを浮かべると、小夜から花を受け取った。

「捨てるわけないだろう。ありがたく頂戴しよう」
「……その、昨日はありがとうございました」
「どういたしまて」

 小夜が目を会わせないのは、慣れないことをして照れているに違いない。
 も小夜を見て微笑みを浮かべている。いつもの仏頂面は、短刀たちの前では崩れ去るのだ。

「実は、あの花が芍薬か牡丹かは僕も知らないのだけれど」
「そうなんですか?」
「ああ。風流だから、なんだっていいかなと思ってたんだ。でもお小夜が牡丹というならそうなのだろう。牡丹として、この飾りを付けさせてもらおうかな」

 ふっと、蕩けるような笑みを小夜に見せ、歌仙は左胸に花を付けた。

 しばらくの間――が以前と同じ飾り花を調達してくるまで――小夜のお手製の紙花が歌仙の胸に、誇らしげに飾られていた。その後、紙花は茎を取り付け花瓶に活けて、歌仙の部屋に飾られているという。