来年の事を言えば刀が笑う~文系理系本丸の年末~①
【12月28日】
「太郎太刀さん、ありがとうございます。やっぱり大太刀がいると助かりますね。高い所まで掃除が済むのですから」
木炭のように真っ黒になった雑巾を受け取りながら、前田藤四郎が弾むような声で労いの言葉をかけた。短刀は幼い子どもの姿で顕現するので、天井に近い場所は掃除が出来ないのだ。
「いえ。これくらいであれば、いくらでも掃除致しましょう」
「岩融! かたぐるましてください! ここのかもいを、びゅびゅーんとやっちゃいますよ!」
「任された! 塵も埃も全て葬ってくれようぞ!」
威勢よく掃除に励むのは、岩融と今剣の二振りである。天狗のように素早く肩に乗った今剣が、雑巾片手に鴨居の汚れを落としていく。岩融は今剣を支えつつ、右へ左へ移動する。元の主が主従関係だったことも関係があるのだろうか。まさに一心同体、息ぴったりだ。
「すごいですね」
「良いなあ……」
前田が感心している横で羨ましそうに今剣たちを見ているのは、秋田藤四郎だった。雑巾を絞る手が止まっている。
「いち兄がいたら、やってもらえたのかな……」
残念ながら、率いる本丸には、まだいち兄こと一期一振が来ていない。秋口に任務で赴いた大阪城(のようなよく分からない何か)では、無事、博多藤四郎に出会えたのだが……。粟田口派の短刀たちが揃いつつある今こそ、やはり一期一振が恋しくなるのだ。
「秋田……」
「あ、ごめんなさい……。主君を責めているわけではなくて」
秋田は、前田の咎めるような言葉で我に返った。そうなのだ、を責めているわけではない。彼女は懸命に一期を呼ぼうと努力しているが、報われていないだけなのだ。
それは、秋田だけでなく、粟田口派の刀剣男士たちは痛いほどによく分かっている。分かってはいるのだが、そうかと言って、寂しさの方は紛れてくれないのだ。
「……では、私が肩車をしましょう」
「え?」
「太郎太刀さん?」
太郎太刀は、秋田の目線になるように畳に膝をつき、もう一度、こう提案した。
「あなたの兄上にはなれませんが、代わりの役目は出来るはずです」
「良いんですか、本当に?」
戸惑いと不安の言葉に、太郎太刀は深くうなずく。
「我が主はよくこう話されています。『ここにいる限り、誰も独りぼっちにはならない』。刀派も生まれも姿も違えど、この本丸にいる限り、我々は共に生きる仲間なのだそうです。それならば、寂しさを減らすのも私たちがすべきことでしょう」
ああ、そうですね……、と太郎太刀は付け加える。
「すべきこと、では語弊があるでしょうか。私がやりたいからやるのですが……」
秋田も前田も呆気に取られていたが、太郎太刀が言わんとすることは理解出来た。秋田は前田に目で促され、微かに首を縦に振る。
「ありがとうございます! えーと、その、では! 肩車で、僕も鴨居を掃除したいです!」
「はい、どうぞ」
かくしてここに、秋田と太郎太刀の即席コンビが結成された。
「頭をぶつけないよう、気を付けてください」
「はっ、はい! すごいなあ……、視界が全く違う」
「前田藤四郎。あなたも、秋田が終わったら肩車をしましょう」
「――いえ! 僕は、」
心の内を見透かされたのかと慌てれば、ゴチンッと鈍い音がして、
「い、今剣ーーーー!」
岩融が風のように駆け寄る。
鴨居に額をぶつけた今剣が、畳に伏していた。
そのポーズは、まるで某格闘マンガに出てくるあの元盗賊のようだった。クレーターの中で伏してる、あの黒髪の男だ。
「どうしたんだよ、でっかい音がしたけど……」
厚藤四郎が、廊下からひょっこり顔を覗かせる。部屋を一瞥し今剣を発見したところで、彼は状況を把握した。
「今剣さんが……」
「ああ、なんとなく分かったぜ。無茶しやがって……」
よもや年末の大掃除で怪我人が出るとは……。