歌仙と審神者の秘密の夜食



 報告書を書き終えたのは、深夜2時だった。

 は自室の机に置いてある時計を確認し、ぐうっと背伸びをした。ついでに凝り固まった背中や肩をほぐしていく。――うん、今日も頑張った。

 冷徹との一件から数日が経っていた。
 彼は一応、報告書の手の抜き方、効率のいい作業のやり方などをに伝授していた。曰く「完璧主義のきらいがあるから、作業が遅くなるんだろう。適当のやり方を教えてあげるよ」と。お陰でいつもよりは2時間ほど作業時間が短縮された。

 もう少し慣れたら、もっと早く終えることが出来るだろう。


(さて、そろそろ寝ないと……)

 布団を敷こうと立ち上がった途端、ぐうううっとお腹が鳴った。

(まあ。お腹の虫は正直ですね)

 しかし、2時。2時である。
 例えば深夜のカップラーメンは背徳の味だ。学生時代に何度か経験したが、あれから歳を重ねた今、同じことをしてしまえば、は本丸中の体重計という体重計を撤去しなければならないだろう。ここは空腹を我慢して寝て凌ぐか、それとも、ほんの少し、ほんの少しだけ食べてしまうか……。

 悩むを急かすように、再び腹の虫が空腹を訴える。は観念して襖に手をかけた。

(寝る準備をして、お水で我慢して、朝まで耐えましょう)

 水で済ますのは不服だとでも言うように、また、お腹がくううぅぅ……と鳴った。


***


 数分後。厨房へ向かう途中、は妙なことに気付いた。灯りが点いている。ついでに、何か物音がする。誰か起きているのだろうか?
 そっと入り口を覗けば、そこには見慣れた背中があった。

「兼定さん……」

 ふわふわとした紫色の髪が、振り返り様に揺れる。

「やあ、主」

 柔和な笑みがに向けられた。胸がきゅんとしたが、なにぶん一瞬のことだったので、は気にも留めなかった。別に、前髪が赤いリボンで括られていて可愛いなどと思ってもいない。こんな気持は気のせいなのだ。

「兼定さん、ここで何を? あら……、何か作っていたのですね」

 鍋からふつふつという音がする。何を煮込んでいるのだろうか。

「今日は出陣しただろう? 少し、お腹が空いてね。夜食を作っていたところなんだ」

 歌仙はどこか気恥ずかしいといった様子で、厨房にいる訳を話してくれた。

「お夜食……」
「主はどうしたんだい?」
「私も、小腹が空きまして。水でも飲んで凌ごうと思って、ここへ」

 するとまた、お腹が鳴った。今すぐ食べ物を捧げよ、と胃から神託がくだった。
 は困った顔を歌仙へ向けた。

「聞こえました?」
「ああ、しっかりと」

 歌仙はくすりと笑った。

「もうすぐ出来るよ。食べるかい?」

 は一瞬戸惑った。己の体重と空腹を天秤にかける。
 ゆらゆら、ゆらゆら。天秤は左右に揺れて――。
 どん、と天秤は空腹の方に傾いた。

「た、食べます……」

 は観念したとばかりに項垂れる。その様子がおかしくて、歌仙はまた笑った。可愛い、という言葉は飲み込んでおく。それを言ってしまえば、今度は自分が彼女のように項垂れてしまいそうだったからだ。それも、頬を赤に染めて。



 がテーブルに着いてしばらくして。

 歌仙が湯気の立っている白い器を持ってきて、の前に置いた。匂いからして豆乳を使ったものだとすぐに分かった。

 あさつき(薬味の一種。万能ねぎやわけぎに似ている)を散らした豆乳のスープだと説明しながら、歌仙は木匙を渡す。

「まいたけ、えのき、しめじを塩コショウで炒めて、そこに鶏ガラスープの素と豆乳を入れてスープにしたんだ。しょうがも入っているから身体が温まると思うよ。あさつきは少なめに散らしたが、ちょっと辛みが強い。足してもいいけど、どうする?」
「いえ、このままで。美味しそうですね」
「きのこはカロリーが少ないから、夜食にはちょうどいいかと思って。君、気にするだろう? 色々」
「まあ、そこまでお気遣いをありがとうございます。正直言って助かりますね」

 胃が限界を訴える。は逸る心を抑えて手を合わせた。

「いただきます」

 息を吹きかけて冷ましたが、まだ熱かったようだ。舌を火傷しないように、少しずつ啜る。
 青臭くない豆乳を使っているのか独特の癖はなく、難なく飲み込めた。きのこの旨味がよく溶け合っていてコクがあり、まろやかさの後にしょうがのアクセントが加わる。ほのかに辛みがあるのが、このスープのポイントなのだろうか。
 3種類のきのこを入れたらしいが、は特にまいたけの触感が気に入った。

「美味しい……」

 ほう、と溜め息と共にそんな感想を漏らした

「身体が温まって、よく眠れそうです」

 の向かいに座っていた歌仙は「それは良かった」と、やっと匙を手にしてスープを飲み始めた。
 は首を傾げる。

(兼定さん、どうして食べていなかったのかしら)

 猫舌だったかしら、と疑問に思いつつも手を休めることなくスープを飲む。

 の食べっぷりは見ていて気持ちがいいもので、ひとりで夜食を食べるよりもこうして一緒に食事を取れる相手がいて良かった、などという歌仙の心中を、彼女が知る由もない。

 ただ、

「お夜食を食べたのは、私とあなたの秘密ですよ」
「……ああ。もちろん。僕らは共犯だ」

 顔を見合わせて、楽しそうにと歌仙は微笑むのだった。







レシピ参考はこちら
【https://allabout.co.jp/gm/gc/186128/】