石切丸、祈願する



「よろしくお願いしますね」

 真顔で深々と土下座され、私は少し戸惑った。

「私の主となる人に頭を下げられたら戸惑ってしまうよ。顔を上げて」
「しかし、やっと来てくださった大太刀ですから、石切丸さん」
「そうは言うけれど。私は神社暮らしが長いから。本職、つまりは戦の勘は戻ってきていないんだ……」

 おおよその事情を、新しい主から聞いた。戦が主になるのなら、私は他の刀より、ずっとずっと足手まといになると思う。だから、力を与えてくれたのは嬉しいけれど、他の大太刀を宛てに、と言いたかった。

 主様が顔を上げた。

「そうですね。では、こうしましょう。戦わなくても結構です。第二の人生として、刀剣男士としての生を謳歌してもらいますね」

 せっかく人の姿を取れたんですから、と言った彼女は、やっと笑顔を見せた。

 桜の花を思い起こさせる笑顔だった。


***


 私の役割は、遠征で資材を集めてくることだった(部隊二は、遠征専門の部隊にしているそうだ)。なるほど、確かにこれならあまり戦わなくていい。長い時をかけていかなくてはならないけれど、外を見るのは新鮮だ。ずっと神社にいたから、自分の足で歩き、世界を見ることが出来たのは主様のおかげだね。

「その後どうですか、石切丸さん」

 部隊二の報告を受けた主様が私を呼び出した。文机に書類が乱雑に置かれている。主様は常に忙しそうに書類に判を押しているが、果たしてきちんと目を通しているのかな。

「とても楽しいよ。君のおかげだ」
「それは良かったです。戦うだけが、悪を倒すわけではないのです。それを支える者もいなければ」

 主様はまだ若い……、と私は思う。目覚めたばかりで狭い社会しか知らない私だけれども。この方は、私達のことをよく見、考え、実行してくれる。身一つで、よくやりきっている。

 だから、私は思うんだ。

 私も部隊一で戦に出ようと。

 以前、主様が話してくれたことを思い出す。

「石切丸さんは、腫れ物や病魔を斬ることが多かったのでしょう? 私達の使命は、歴史を改変しようとする『腫れ物』を退治することです。石切丸さんのような存在なのですよ。似ていますね、私たちは。

 私には剣術の腕も何もありません。あなた方に力を与える技しかありません。私は時を遡らせ、怪我のないよう祈りを捧げる。あなたは病気治癒の祈りを捧げて、人に希望を与える。ね、似てないこともないでしょう?」

「本音はね、石切丸さん。私はあなたに戦に出て戦って欲しいです。皆頑張ってくれていますが、短刀や脇差、打刀では、どうにも決定打に欠けるのです。刀装を持たせても、ボロボロになって帰ってくる姿は、胸が痛みます。でも、戦に慣れぬあなたに無理をさせてしまうのも、嫌です」

「刀剣と私にとって最善の道を探すこと。それが、審神者としての務めだと、私は思っています。あなたの世界がもっともっと広まりますように」

「どうしてそこまでって……? おかしなことを訊きますね。私は、あなたの持ち主です。ただそれだけですよ。私の物を大切にするのは、当然です」

 私は、彼女の役に立ちたいんだ。無理でもなんでも、武器の本分を思い出すんだ。遠征や手合わせで、私は己を磨いてきた。

「実はね、相談があるんだ」

 彼女は私の決意に、また、桜の花のような笑顔を向けた。


***


「石切丸さん?」

 彼女と縁側に座り、季節の移り変わりを肌に感じる。桜は三分咲き。まだまだ寒い。

「ん、急にびっくりしますよ」
「はは、すまないね。おまじないだよ」

 髪に触れ、そのまま唇を落とした。おまじないだなんて、当然嘘なんだけれど。私が、主様に触れていたかっただけなんだ。主様は顔色ひとつ変えなかった。……少し、悔しいかもしれない。

「おまじない、ですか。そういった類いは信じられないんですがね」
「おや、主様は病魔や物の怪の類いは信じない質なのかな」
「まあ、そうでしたね。でも、私の審神者としての力や付喪神がいるのですから、いないと全否定は出来なくなりました」

 それにね、

「石切丸さんが言うことですから、信じてみたくなったのです」

「――ああ。これはこれは。主様は本当に、口が上手いなあ」
「ふふ。上手くないですよ」

 休憩は終わりにしましょうか、と彼女は立ち上がった。その背中を見て、思う。

 さて、自分に対してする祈祷は、効果があるだろうか。私欲で行うのは駄目だったかな。

 ……なんの効能があるかは、秘密だよ。私の専門外の祈祷だからね。