小夜左文字、和菓子をいただく



 どうぞ、と主様が差し出したのは、橙色の柿──いや、柿にしては小さい。皿にこじんまりと盛り付けられたそれと、主様を交互に見る。

「主様、これは?」
「柿の和菓子です。小夜君、馬当番で疲れたと思いまして。外に出る用がありましたので買ってきました。召し上がって下さい」
「そんな、僕は……疲れてない……」
「柿は、お嫌いでしたか」
「……好き」

 でも、僕だけ貰っていいのだろうか? 僕は馬に怯えられて、結局、一緒の当番だった五虎退が世話をしていたんだ。馬小屋の掃除しかしてないのに。

「だと思いました。ふふ、嬉しそうに、こっそり干し柿を食べていたのを見たことがあったので」

 主様が微笑んだ。驚いた、いつ見られていたんだろう。

「五虎退にはあげたの?」
「柿ではないですが、違うものをあげましたよ。虎さんたちにもね」
「そう……」

 僕だけ特別扱いだったら、辞退しようと思っていた。彼の方が懸命に働いていたのだから。と、安心したせいか、お腹の虫が鳴った。僕はそっと視線を逸らす。主様は何も言わない。気を使ってくれてるのかもしれない。

「いただきます」
「はい、どうぞ」

 主様は穏やかに返事をした。添えられていた黒文字を手に取り、僕は柿の和菓子に差し込んだ。

 外側は餅のようで、弾力があるが、すっと黒文字が通った。半分に割ると十分にこした餡が現れた。夕陽のような橙と、薄い小豆色が甘さを連想させ、僕は口に溢れてきた唾を飲み込んだ。

 そして、半分に割ったそれをじっと見つめて──一口で放り込んだ。

 途端、餡の甘さが口に広がる。この餡、柿を練り込んでいるみたいだ。仄かに柿の味がする。それに、もちもちとした食感がいい。

「美味しい」

 とろけるような甘さに、溜め息と共に言葉が零れる。

「良かった。まだ、残っていますからね。食べたいならおっしゃって下さいね」

 主様が湯飲みを差し出す。僕は静かにそれを受け取り、首を縦に振った。

「小夜君のお顔、緩んでいましたよ」

 美味しい物を食べれば、誰だって笑顔になれますね。

 主様はそう言って、自分の湯飲みでお茶を飲んだ。僕は一寸、自分の頬を摘まんでみる。この和菓子のような、もちもちとした感触しか得られなかったけど。

「そう、だね」

 主様、美味しい物を食べてないのに笑ってる。なんだか心の中がくすぐったい。僕は何も言わず、残りの和菓子を頬張った。

 たまには、こんな褒美も悪くない。