一緒にいたい 後日談


「ん、何聴いてんだ大将?」
「え? ああ、この間の報告会の録音ですが……」

 翌日。は布団に寝かしつけられていた。原因は昨日の雨である。しばらくびしょ濡れで着替えもしていなかったので、見事に風邪をひいたのだ。
 は平熱を遥かに超えた数値を体温計に叩き出し、政府が派遣してくれた医者に「絶対安静」を言いつけられた。

 だが、布団の中でじっとしているのも案外暇なのだ。
 しょうがないので、こっそり録音していた報告会の音声を聴きながら、自分が今後どのようにすべきか考えていた。冷徹の真意も探れるのではないか、という目論見もあったが。

 今はちょうど、政府役人に解任を言い渡されそうになった場面だった。

「どうりでさっきから俺っちと大将以外の声がすると思ったんだ。具合の悪い時に、そんな気分の悪くなるようなものを聴くのはやめような。没収だ、没収」
「……はい」

 布団からにゅっと出てきた物を見て、薬研は目を見張った。

「何だ、これ?」
「ボールペンです」
「? これは書く道具だろ?」
「実はこれ、ペン型のボイスレコーダーです。ちゃんと文字も書けますし、録音も出来るんです」
「へえ……、便利な物があるんだな」

 感心した様子で、薬研はペンをあらゆる角度から眺めていた。
 ふと、1つの疑問が湧き上がる。

「……そもそも、何で録音しようと思ったんだ?」
「政府役人の発言がパワハラスレスレなので、どうにか然るべき機関に提出出来ないかと思ったんです」
「ぱわはら? ああ、地位だの権力だのを振りかざした嫌がらせ、だっけか……」

 薬研は深く追及するのをやめた。
 大将は本当に報告会が嫌いなんだな、との額の冷却シートを変えながら思ったのだった。


***


「ところで、兼定さんは大丈夫です?」
「ん、ああ。さっき部屋を覗いてきたが、大丈夫そうだったぜ」
「私、今もよく分かっていないのですが、どうして兼定さんが長谷部さんに頬を叩かれ、……いえ、殴られたのでしょうか。薬研君は、訳をご存知ですか」

 薬研はもちろん分かっている。

 歌仙がの姿に邪な気持ちを抱いたからだと。歌仙と長谷部は不純で繋がった絆があるので、名前を呼んだだけで以心伝心したのだろう。

 まあ、そんな野暮なことを言う薬研ではないので、

「さあ、俺っちは知らん。でも、見事な拳だったな」
 と、言うだけに留めた。
「そうですねえ。素晴らしい右ストレートでした。きっとボクシングのプロも真っ青な、見事な右ストレートパンチだったと思います」

 2人は遠い目をしてその光景を思い出しているようだった。その後、同田貫が手入れ部屋に気絶した歌仙を担いでいったので問題はなかったはすだ。多分。
 米俵を運ぶように肩に担がれていったので、歌仙に意識があったら「雅じゃない」と文句のひとつでもついていただろう。手伝い札を差し入れしてきたからすぐに治った。問題はない。きっと。

「さあてと。今日は厚と手合わせだから、行ってくるぜ。あ、仕事はするなよ。治るもんも治らないだろ」
「ふふ、今回はさすがに無理出来ません。ゆっくり休みます」

 今日来るはずだった指導係の冷徹には、日にちをずらすように頼んだ。ネット通話で音声のみだったので、その顔は分からなかったが、呆れていたに違いない。

「……そういえば。『例の役人は更迭された』ですか……」

 先程の通話を思い出す。冷徹は、相変わらず青空のような声でその出来事を伝えた。

『以前から色々やらかしていたようだよ。発言もさることながら、金の問題とか、叩けば叩くほどきな臭いものが出てきた。次はそいつより話が分かりそうな役人らしい』

『さあ、私は詳しくは知らないが。良かったねえ。ああ、でも指導係の件がなくなったわけじゃない。きちんと迎えて欲しいね』

(彼はそう言っていたけれど、彼が証拠をかき集めたか嵌めたか、そのどちらかでしょう)

 彼は同僚だ。昔から知っている。狡猾で、冷酷で、でも理不尽なことは許さない。以前の職場でもパワハラをする上司の不正を暴き、その証拠を握ったのは冷徹その人だった。証拠がなくても証拠を作るために策を巡らす。冷徹は、そういう人物だ。

(そうだ、今にして思えば、彼は……)

 冷徹は、

(私をどうして庇ってくれたのかしら?)

 一体どういうつもりなのか。

 それは、本人しか知らないことである。