百物語をしよう!①
は首を傾げていた。
また歌仙と言い争いをしてしまったのだ。今回は驟雨。つまりは、にわか雨についてだった。歌仙が「空が泣いている。何か悲しいことでもあっかたな」と感慨に耽っていたので、「地表と海表面の温度差で起こる現象の、どこが風流だと言いたいのですか」と返したのが原因だった。
歌仙といると、いつもの自分ではいられないのだ。いや、いつもの自分ではあるのだが。他の刀剣とは、どうしても違う接し方になってしまう。
(何でだろう? 兼定さんと話すと、ついつい反論してしまう)
とりあえず、歌仙が文系なのがいけないのだ、と思うことにする。
(兼定さんは、いちいち『雅』だとか『風流』だとか言うのです。私にしたら、ただの自然現象で、何も歌にするほどでもないのに)
そう、あの月夜の日も。盃を片手に。
──こちらを向いて、微笑んで。
「…………バカバカしい」
頭を振って、あの日の歌仙を振り払っていた時だ。
「ふふ、どうかしたのかな?」
「……。にっかりさんですか」
「そう。にっかり青江だよ」
いつの間にの部屋に来ていたのか。文机に広げていた部隊二の遠征コース資料から目を上げる。
最も名前に相応しい笑顔を浮かべた刀剣男士が立っていた。
「君は長谷部君を『長谷部』で呼ぶのに、僕は『青江』で呼ばないんだね」
「長谷部さんからそう呼ぶように要望がありましたので。にっかりさんも、青江さんの方が良いですか?」
「んーん。僕はどちらでも。君が好きなように呼ぶといい。呼び名ですら君色に染まるのかと思うと、ゾクゾクする」
「……そうですか。では、にっかりさんで。あなたの雰囲気により合っている方を」
「そう」
(こういう人を女たらしと言うのだろうか)
生憎、人間の女は自分ひとりしかいないので、確認する相手がいない。そういえば以前、「堅物が多いよねえ、ここ。誘っても食いついてこないし、つれないなあ」など、妖艶な笑みを浮かべてぼやいたような気がする。誰を何に誘ったのか。気になるところではある。
(まあ、娯楽が少ないですしね。戦いばかりとはいえ、休みの日は遊べるように、何か必要かもしれません。今度、刀剣の皆さんにアンケートでも取りましょう)
「まーた何か考えてる。眉間にシワ、寄ってるよ」
文机に肘を突いた青江が、空いている手の人差し指で、の眉間を軽くつついた。
「寄ってましたか」
「うん。跡になりそうなくらいね」
「ご冗談を。眉間にシワが残るとしたら、表情、乾燥、コラーゲン不足が原因となります。表情が大部分を占めますが、これは考え事、目を細めるなどの日常的行動が、」
「ああ、うん。言葉の綾なんだけどなあ」
青江が残念そうに呟く。
「主は、一寸はグラッとこないの?」
「グラッとというと? 身体ですか? 疲れてはいません」
「うん、まあいいや」
(にっかりさんは、時々考えていることが分からない)
実は「堅物が多いよねえ」にはも含まれていたのだが。青江本人が言わないので、が知る由もなかった。
「ところで、にっかりさんは何かご用事でも?」
「ああ。そうだった、忘れるところだったよ」
青江がだらけた姿勢を正した。
「ねえ、怪談話でもしない?」
「怪談、ですか?」
丁度の呟きと共に、暑苦しい蝉の鳴き声が聞こえてきた。
***
「ああ、主さん来たんですね! 俺、こういうの初めてなのでワクワクします!」
鯰尾藤四郎が明るい表情でを出迎えた。今からやるのはそれとは正反対の怖い話なのだが。そこら辺を理解しているのだろうか。は不思議に思いつつも、会場となった部屋に足を踏み入れた。刀剣たちが出陣を待機するのに使っている場所である。
「怪談ですかあ。記憶がないことより怖いですかねー? あ。そういえばこの間、遠征に行った時なんですが。夕餉のために仕留めた獣の首が上手く切断出来なくて、こう、突っかかりながら──」
「はあ……」
聞くもおぞましい解体術だが、今夜の怪談話には向いてないだろう。主旨とは大分ずれているからだ。
「怪談とかは詳しくありませんが、まあ、なんとかなりますって!」
「そうですね。聞くだけなら、何もありません。実際に幽霊やら何やらが出るわけでもないですし」
「にっかり青江」が誘ったのは9人。
「鶴丸国永」。「石切丸」。「小夜左文字」。「鯰尾藤四郎」。「薬研藤四郎」。「加州清光」。「大和守安定」。「歌仙兼定」。そして、であった。
「随分とたくさんお誘いしたんですね」
部屋を見渡して感想を漏らす。
「多い方がいいらしいです。にっかり青江さんが言ってました。でも、皆が怪談話に参加したらいざという時は困るので、一部にはお留守番してもらってます。まあ、それがなければ、全員来たんじゃないですか? 主さんが来るっていうなら尚更、ね」
「そういうもんですか」
「そうですよ」
鯰尾が手を引いた。はそれに従い、円になって並べられた座布団の上に座った。
「ここでお待ちくださいね!」
そう告げると、鯰尾は石切丸と話し込むにっかり青江の方へ行ってしまった。
(私、随分彼らに慕われるようになったんですね)
初めは歌仙しかいなかった本丸だが、今は仲間が増えてとてもにぎやかだ。
(迷走しながら接してきたけど、本当、大きなトラブルなくやってこれて良かった)
皆、前の主やら何やら思うところはあるようだが。今はに忠義を尽くしてくれているようだ。
「あっ、るっ、じっ」
突如、の右腕に絡み付いてきたのは、
「清光さんですか」
「だいせーかい。ねね、見て見て。主が作ってくれた爪紅、塗ってきたんだ。可愛い?」
いつもとは違う、朱がかった爪を見せてくれた。この間、が鳳仙花で作った手作りの爪紅。つまりはマニキュアを塗ってくれたようだ。
「ありがとうございます。付けてくれたんですね。もちろん、可愛いですよ。でも、やはり清光さんには深紅が一番ですね。あなたの鞘と同じ色」
「そっかー。じゃ、今度その色作ってよ」
「頑張ってみます」
自分を着飾ることに敏感な「加州清光」。沖田総司が持っていた刀だそうだ。
(この子は愛にも敏感ですからね。汚れたからって捨てるわけ、ないんですが。コンプレックスが分かりやすい子のひとりです)
加州の頭を軽く撫でてやる。彼は嬉しそうに微笑むと、自分の頭をの肩に預けた。猫みたいだな、と思う。の空いてる手の方をで頬擦りし始めるのは、面白かった。
(ああ。コンプレックスと言えば、あとは新しく来た、山姥切国広さんですかね)
審神者の力を使って出会って以来、山姥切は外に出ようとしない。写しのを見るな、と部屋に閉じ籠ってしまったのだ。あれでは引きこもりニートだ。ヒキニートだ。
「加州、主が嫌がってるよ」
「えっ!? お前テキトーなこと言うなよ! ……嫌がってないよね?」
加州の言葉で我に返る。の左隣に大和守安定が座っていた。彼も沖田総司が持っていた刀だった。
加州が顔を曇らせてこちらを見つめる。ああ、誤解させてはいけない。
「嫌がってませんよ?」
「でも、シワがあったけどな。眉間にね」
「それは、失礼しました。少し考え事を」
「主。俺といる時は、俺以外のこと考えるのやめよう。そうしよう。せっかく可愛くしたのにさー、もっと俺を見てよね」
安定の会話に割り込んできた加州が、唇をへの字にして不満を垂れる。
「加州、皆の主だよ?」
「……そうだけど? お前だって何、主の隣に引っ付いてさ」
に向ける声は、饅頭に糖蜜をかけて砂糖をまぶしても足りないくらいの甘さだが、安定への態度はどうだ。戦場の敵に刃を向けるが如く、とても冷え冷えとしている。「うざがってる」ともとれる。
「僕も主と話したいからだ。加州ばかりズルいよ」
「そんなことない」
2人がいがみ合う。小学生の喧嘩のようだなあ、とぼんやりは眺めていた。取り合いの対象はたが、当の本人は全く気付いていない。
「こら。喧嘩はめっ。ですからね」
両腕で2人の頭を引き寄せ、わしゃわしゃ頭を撫でくり回す。彼らは一瞬戸惑ったものの、やがて、くすくす笑い始めた。
「ははっ、主! くすぐったい」
「子どもじゃないけど、なんか良いな」
満足してくれたようで何よりだ。幼い頃、父親によくされていたじゃれあいを真似してみたのだが。2人が嬉しそうなのでよしとする。ふと、視線を感じると、歌仙をはじめとした、ほとんどの刀剣たちがを見ていることに気が付く。
羨望と嫉妬が入り交じった目だった。は羨望の部分しか感じ取らなかったので、
「皆さんも撫でましょうか?」
提案すると、素直に来たのはにっかり青江と石切丸、鯰尾藤四郎だった。仕方がないので全員撫でた。皆、どこか嬉しそうだったのをここに記録しておく。