百物語をしよう!②


 夏。肝試し。怪談。といえば、誰もが思い浮かべるのは「百物語」であるだろう。

 百物語には細かい約束ごとがある。新月の夜に行うとか、帯刀しないとか、参加者は全員青い服を身に付けなければならない……とか。

 の知る百物語は、「百の蝋燭を用意し、真っ暗な部屋の中、数人が集まって順番に怖い話をする。話終えたら蝋燭を消す。100個目の話を終え、最後の1本を消すと、何かが起こる」というものだ。

 しかし、通常は最後まで語り終えず、朝まで最後の蝋燭は消さないらしい。本当に怪異が起こったら大変だからだ。

「──もともと、武家での肝試しが起源で、江戸時代以降に流行したと伝えられています。しかし、正確なものは分かっていません。室町という時代には、すでに百物語に関連した文献があったのだとか……」
「さすが、主様は物知りだね」

 石切丸が相槌を打った。今夜は新月。部屋は蝋燭の灯りのみ。揺れる炎の向こうの顔は、いつもと違って少し、薄気味悪かった。

「今回僕が提案した理由は、暑いから皆で怪談話でもして涼もうって思ったからなんだ。付喪神が怪談なんて、変かもしれないけど、我が主の口癖は何かご存じかな?」

 にっかり青江の問い掛けに答えたのは、彼の隣に座る鯰尾藤四郎であった。

「『第2の人生を謳歌する』ですよね、主さん!」
「ええ、そうですね」
「だから、この怪談だって、皆の思い出作りに役立つかなと思ってね」

 青江はそう言って笑った。

 建前上は、そうだ。

 しかし、本音は違う。

 実は、歌仙兼定とが言い争いの回数を減らせるように、との思惑があったのだ。さすがに、ああも毎日言い争いが勃発してはお互い気まずくなるだろうし、歌仙がそろそろ気の毒になってくる。発案者の石切丸、面白そうだと便乗したにっかり青江、そして面倒見のいい薬研藤四郎が集まって考えた。

 何か、いい方法はないものか。

 そうだ、と薬研藤四郎が呟く。

 大将が以前教えてくれた。恐怖や不安を感じている時に、人から慰められると仲を深めることが出来るらしい。それを確か……つり橋効果と言うのだと。

 残りの2人はすぐさまそれを採用した。

 恐怖や不安となれば、手頃なのは怪談。百物語がいいだろう。

 が怖がるかは分からないが、少しは緊張感が生まれるはずだ。そこで、頃合いを見てを驚かせ、歌仙が宥めれば──。誰だって暗闇の中、背後から驚かされたら恐怖を感じるはずだ。

 トントン拍子に決まっていく計画。でっち上げる建前。百物語の準備。驚かせ役の立候補。

 彼らはのために必死だった。しかし、残念ながら、この計画は根本的に間違っていたのだ。

 つり橋効果とは、不安や恐怖を強く感じている時、出会った異性に恋心を抱きやすいというものなのだ。が生まれる遥か昔、1974年にカナダの心理学者によって発表された有名な説を、薬研は間違ったまま覚えていた。

 それは仕方ない。薬研がそれを聞いたのはに耳掃除をしてもらっている時だったし(風呂上がりに冗談で頼んだら、が引き受けてくれた。なかなかいい膝枕だった。ちなみにつり橋効果の話になった経緯は覚えていない)、その心地よさにうとうとしていたし、の声音も子守唄のようで眠気を誘い──間違って覚えていたのは仕方がないことである。

 ともかく、3人の計画は今のところ順調に進んでいた。

 席の配置も計画通りだ。の左隣に歌仙兼定。隣に小夜左文字、鯰尾藤四郎、にっかり青江、石切丸、薬研藤四郎、鶴丸国永、大和守安定、隣に加州清光。加州の隣が、と円になって座った。

 ちなみに、加州が「わー、主怖いねー」との右腕に引っ付いているのは想定内である。

「小夜君、私の隣に来なくて大丈夫ですか?」

 はそんな彼を気にもせず、小夜に話し掛ける。

「大丈夫……」
「おや、僕が君の隣では不満なのかい?」

 歌仙が肩をすくめる。やはり、は自分が嫌いなのだと邪推しているようだ。

「いえ、そうではないです。小夜君はこの中では小さいですし……」
「心配しないで、主様。僕は戦にも出ている。このくらい、平気」
「ああ、そうですよね」

(どうも短刀には弟のような存在で接してしまいます)

 は短刀たちに甘い。見た目が少年の姿なので、無理もないのかもしれない。

 は思い至らなかったが、この中で実年齢が最も低いのは彼女であり、どの刀剣も優に100年以上は経っている。は、妹どころか孫の孫のような存在なのだ。

 は弟のように接しているからか、そういったことに何故か気付かない。気付いていれば、今剣と小夜と風呂には入らないだろう。

「ごめんなさいね、小夜君」

 小夜は小さく頷いた。

「兼定さんも。気を悪くしたのなら、ごめんなさい」
「いや、僕のことは気にせず彼と話すといい」
「……。棘がある物言いをなさるんですね」
「そうかな」

 歌仙はとぼけるが、はそれをよしとしない。

「言いたいことがあるなら、はっきりおっしゃって下さい」
「……帰ればいいよ。小夜左文字の隣でないと落ち着かないくらい怖がっているんだろう?」
「まさか、私は怖がってなどいませんし、帰りません。兼定さんが隣でも構いません」
「へえ、そうかい」
「そうですとも」

 2人の会話の雲行きが、どんどゆ怪しくなっていく。

「主、主ってば……」

 加州が口を尖らせ、の腕に絡みつく。また言い争いが始まるのは嫌だった。自分を見てもらえなくなる。安定はといえば、呆れたようにその様子を眺めていた。

 一方、石切丸とにっかり青江、薬研藤四郎がひそひそと内緒話をしていた。

(……ところで、青江君はどう言って主様を呼んだのかな)
(歌仙君と仲良くしたくないかって、正直に言ってみたよ)
(へえ、大将それで乗り気になったのか。案外簡単だったな)
(そうだね。こういうのは下手に嘘をつかない方がいいんだよ。嘘にも真実を混ぜとけば、罪悪感も軽くなるでしょ)

 薬研は、お前が言うと説得力が増すよな、とは言わなかった。代わりに、

(ふーん。するってえと、なんだい。大将も歌仙とのやりとりは気にしてたわけだ)
(そうなるね。顔にも態度にも出ないから、反応が分かりづらくて。あの人は、なかなか弱味をみせないから)
(なるほど。大将はひとりで抱える性分なのか。でも、まあ。俺っちは気が強い女は好きだぜ。女が弱味を見せれるかどうかは、男次第だからな)

 にっかり青江は、僕が女の姿を取っていたら惚れてたかも、と言うのを堪えた。代わりに、

(さっきから黙りだけど、石切丸君大丈夫?)
(えっ? あ、ああ。大丈夫だよ)
(顔色悪そうだけどなあ)
(僕の気持ちの問題だから、体調が悪いわけではないよ)

(……おいおい、石切丸。こんな薄明かりで顔色までは分かんねえよ)
(あっ、ああ。そうか……)
(ふうん。まさか、石切丸君も気にかけていたりしてね)

 石切丸は、誰かを敢えて言わない時点で君は何か察しているだろうし、鎌をかけるような発言はやめてくれ、とは言わなかった。代わりに、

(主様と歌仙君がまた口喧嘩しそうだけど)

 と、話を逸らした。青江と薬研はたちの方を見て溜め息を漏らす。前途は多難だ。

(じゃ。計画通りやろうぜ、同志 )
(もちろん。最後は皆、にっかり笑えるようにね)
(加持祈祷はしてきたから、僕らで尽くすしかないね)

 かくして、ひとつの思惑が絡んだ百物語が、幕を開けたのである。


***


「──丑の刻参りをご存じかな?」

 最初の語り手は石切丸だった。

 心地のよいのんびりとした声だったが、語られる内容は肝を冷やすものであった。

 それから語られたのは、呪いの話。嫉妬、憎悪、憤怒の数々。人を呪わば穴2つ。

(石切丸さん、怪談話も祈り関連なんですね)

 は眉ひとつ動かさず冷静に分析した。それにしても、石切丸は抑揚の付け方が上手い。

(……怪談話で兼定さんと仲良くなれるのでしょうか)

 にっかり青江に誘われた時、断ろうと思ったのだ。しかし、彼はこう言った。怪談話には歌仙君も来るよ、と。夏の夜に怪談で涼を取るのは風流だね、と了承したのだとか。

(こういう遊びに顔を出して、親しみやすさも演出すればいい、でしたっけ。にっかりさんは口が上手い。ついつい積んでる仕事を放り出して来てしまいました)

 こういう場に出て、にも風流を感じることがあるのだ。歌仙はそう、思ってくれるのだろうか。

 右腕にしがみつく加州清光の重みを感じながら、は左隣に座る歌仙兼定を見やる。朧気な蝋燭の灯りに照らされた横顔は、歓喜に溢れていた。風情のある話に参加出来て満たされているようだ。

 その表情は、の心をざわつかせるのに十分であった。

(何ですか……ドキッて)

 はかぶりを振り、石切丸の話へ耳を傾けた。