面倒くさい2人④
の本丸の客間は、本丸全体の雰囲気と少し違う。
部屋の造りは和室なのだが、畳には赤を基調とした絨毯が敷かれている。部屋の中央には木目が美しい丸テーブルがあり、それを囲むようにしてアンティーク調の白いソファや椅子が並べられている。
照明はレトロな雰囲気を醸し出すペンダントライトだ。シェードにはステンドグラスが使われており、小さくともふんわり、心が温かくなるような光で部屋全体を包み込んでいる。
所謂、レトロモダンをテーマにしたような客間だった。
昔、雑誌で見たレトロモダン特集が忘れられず、一度は部屋をこのようなコンセプトでコーディネートしてみたいと思っていたのだ。審神者になったことがきっかけで、は本丸の客間を少しずつ改装していった。この部屋の出来は歌仙兼定のお墨付きで、「実に風流だね。君にこんな側面があったなんて僕は驚いているよ」とコメントをもらっている(若干を貶しているような気がしないでもないが)。
「さて、と」
客間に到着したと冷徹一行。冷徹はに促されて席へ座ったが、刀剣男士たちは彼の脇に直立したまま控えていた。
の近侍、山姥切国広はそんな彼らを眩しいとでも言うように目を細めた。写しというコンプレックスを抱える彼には、それこそ太陽を直で見てしまったようなものなのだろう。少々気の毒に思いつつ、は話を切り出す。
「今回は我が本丸の指導ということでご足労いただきありがとうございます」
「いや、こちらから言い出したことだ。これで君の本丸が改善されるようになれば良いのだが。ところで」
「はい?」
「そんなにかしこまらなくていいと思うのだが。仮にも、同期だろう」
「……まあ、そうですが」
「敬語」
しばしの沈黙の後、ははあと溜め息をつく。
「はあ。そうね、ええ。わかりま、ええ、分かった。そうする」
「主……?」
山姥切国広がぎょっとした様子でに呼び掛けた。というのも、彼女は誰に対しても常に敬語を使っているからだ。彼女が敬語を使わずに話す相手など限られているはずだ。
「山姥切国広さん、驚かないで下さい。彼は、昔からの知り合いです」
「知り合いだと? そんな距離が空いたものじゃないよ。なんというか、……そうだね、腐れ縁とでも言おうか」
「腐れ……?」
これまた新情報だ。冷徹はにやりと笑って頬杖をつく。
「そうだよ、そちらの山姥切国広。殿――とは、学生の時に知り合った。高校は分かるかな」
「現代の知識は、まあ分かる」
「結構。彼女とは高校生の時に知り合い、共に大学を進み、同じ研究職に就いた。そして、審神者の適性があったから、審神者になった」
「ええ、彼の言う通りです。山姥切国広さん、嘘はないですよ」
は補足して説明する。
冷徹とは高校生の時に出会ったこと。
当時は部活動が一緒だったこと。
同じ大学に進み、同じ学部に在籍していたこと。
示し合わせたわけではないが、同じ就職先で再び出会ったこと。
「冷徹さんとは、何かとご縁がありまして。お互い趣味や好きなものが合うのですよ。私の学生時代を語るには、彼の存在が欠かせません」
「そう、なのか……」
かれこれ約10年の付き合いになるという。だから、敬語で話すことも自然に減っていったらしい。
本丸の外で会う時も、決して敬語は崩さない。この間の報告会でもは敬語を貫いていた。あまり関わりたくないし、他の審神者に目撃されて親しいと勘違いされたくないのだ。
次から次へ明かされる審神者の情報に驚くことしか出来ない山姥切国広だったが、のことを知れて満足もしている。
「このことは、歌仙兼定は知っているのか?」
「何故そこで兼定さんが」
「ん!? い、いや……ここの古株だからな」
今のにとって、「歌仙兼定」はNGワードだ。冷ややかな視線を貰ってしまい、山姥切国広はしどろもどろになりつつ適当な言い訳をした。
は少しだけ唇を尖らせると、
「知りませんよ。今、初めて言いました」
と答える。その瞬間、山姥切国広の心は春の陽気に当てられたような気持ちで埋め尽くされた。
「全く、長い付き合いだというのに、君は他人行儀に接するんだからな。寂しいものがあるよ」
「嘘を言わないで。ちっともそう思ってないでしょう。私とあなたは、不本意ですが付き合いが長いのよ、お互いのことはそれなりに理解していますとも」
「はは、そうだったねえ」
冷徹の笑みは、いつもの貼り付けたような笑みではなかった。久し振りの友人と他愛もない会話をしてふと笑うような、自然なものだった。
はそれに気付くことなく、眉間にシワを寄せ始めていた。
「それに、私とあなたは審神者としてのスタンスが違う。あなたのやり方は気に食わないの」
「その僕に指導されるとは、うんうん。面白いよね、前職の時も同じことを言っていたような気がする」
「私、あなたと趣味や嗜好は合うけれど、性格や価値観がまるっきり合わないのを思い出したわ」
「まあ、昔はまだ合っていたんじゃないかな。審神者になってから、君は変わったようだし」
「あらそう」
「あの、よろしいですかな。打ち合わせの確認をするはずでは」
脱線していた会話に一石を投じたのは、目立たないように控えていた、冷徹の刀剣男士、一期一振だった(彼の服装が妙にこの客間の雰囲気に合っているのは気のせいではない)。主たる冷徹との様子に微笑ましいものを感じるが、今回は遊びに来たわけではないのだ。
「おっと失礼。一期、礼を言う。殿、無駄話はほどほどにね」
「私のせいになっているのが解せないけれど、まあ、本題に入りましょう。今回のスケジュールは――」
***
「歌仙さん、歌仙さん。じゃがいもはこんなにいらないよ?」
燭台切光忠に呼び掛けられ、歌仙兼定ははっと我に返る。目の前には綺麗に皮を剥かれたじゃがいもの山。こんもりとザルいっぱいに築き上げられたそれに、歌仙はしばらくまばたきを繰り返していた。
今日は肉じゃがにでもしようか、と光忠と献立を決めて取り掛かったのはいいが、昨日のとの喧嘩のせいで、考え事に没頭することが多かった。厨房にあるじゃがいも全ての皮を剥いてしまうところだった。
「歌仙さん?」
「ああ、申し訳ない。ぼーっとしていたようだ」
「大丈夫かい。昨日から上の空じゃないか」
光忠は歌仙を気遣い、今日は料理当番を休もうよと提案する。
「しかし、代わりは」
「大丈夫。鶴さんか長谷部君に頼むよ」
「鶴丸国永は料理が出来るのか?」
「まあ、ほとんどの刀剣男士って食材を切るのは得意だよね。鶴さんは器用だし、長谷部君も速くて正確だから問題ないよ。ああ、でも」
「でも?」
「もし鶴さんに頼むなら、悪戯しないように気を付けておかないとなあ……」
「……そうだね」
確かに。驚きを提供する彼ならば、料理に何か仕出かす可能性は高い。いつだったか、たこ焼きを皆で作っていた時のことだ。鶴丸がたこ焼きのひとつに唐辛子を入れ、ロシアンルーレットたこ焼きを作ったのだが、肝心のそれが自身に当たるという失態を演じた。自滅したので被害はないが、これがもしもに当たっていたらと思うと恐ろしい。
「というわけで、歌仙さんは休んでおいでよ。他の本丸からのお客様がいるんだし、演練するかもしれないだろう? 君が出る確率も高いんだから、休める時に休んでいてよ。ね?」
何かと気が利く光忠の言葉に甘え、歌仙は料理当番を休むことにする。じゃがいものように、他の食材を切り過ぎてしまう可能性も高い。迷惑をかけることになるが、今日は代わってもらった方がいいだろう。
「ああ。ありがとう」
取り敢えず自室に戻ることにして、歌仙は厨房を後にした。
(さて、どうしたものかな。身体を動かすか、それとも)
それとも、歌を考えるか。
彼の自室には今、作りかけの歌がたくさん置いてある。に最高の一句を贈ろうと考えているからだ。
(せっかく僕自身の気持ちに気付いたというのに、毎回毎回口喧嘩してしまうとは……学ばないな)
喧嘩の真っ最中であっても完全に嫌いになれないから不思議だ。趣味が合わないのは分かっているが、それでも惹かれているのは事実だ。そうでなければ、こうして喧嘩を後悔したり、嫉妬に駆られることもないだろうに。
(情けないな)
自分がこんなに嫉妬深いとは思わなかった。
昨日、山姥切国広が近侍になりたい、あんたのことを知りたいと打ち明けた時、どうにも苛立ってしまった。自分が言いたかった気持ちを、山姥切国広に先に言われてしまったことが、すごく、腹立たしい。
自分の考えをまとめたくて一旦近侍を離れたのは歌仙だが、の隣にいるのが他の刀剣男士だというのはどうにも気に入らない。楽しそうにしているのも気に入らない。この本丸が出来た時からいるのだと声を大にして言いたい。
(主に会わなかったら、自分がこんなに嫉妬深く独占欲が強いのだと気付くこともなかっただろうな。これは、前の主の影響なのだろうか)
前の主は、妻に見惚れていた庭師を手打ちにした逸話があることでも知られている。よく言えば愛が深いが、何も命を取らずともという意見が多いのもまた事実。
(さすがに山姥切国広に斬りかかろうとは思わないが、僕は本当に未熟だ)
早く歌を完成させて、に胸の内を明かさなければならない。
「歌仙、歌仙!」
と、前方から今剣と小夜左文字が駆けてくる。表情は翳っており、歌仙はなんだか嫌な予感がした。
「どうしたんだい?」
「たいへんなんです、あるじさまが!」
「主が?」
一体何があったというのか。たちまち胸の中が暗雲で満たされていく。
「お小夜、」
「歌仙。あの、昨日の喧嘩のことは抜きにして、主を助けませんか」
「待ってくれ。喧嘩のことを何で知っている」
「2人の様子を見れば嫌でも分かります……」
呆れたと目が訴えてくる。もしかすると全員に悟られているかもしれないぞ、と歌仙は戦慄するが、それよりも、だ。
「主が何か?」
「たいへんなんです、あの冷徹というさにわが――」
今剣の言葉は、歌仙の身体に雷を落とした。
***
「――とまあ、こんな感じだろうねえ」
「なるほど、承知しました」
「敬語」
「……分かった」
先程とは打って変わって、と冷徹の打ち合わせはスムーズに終了した。
冷徹が出す課題をこなし、その出来によって評価をする。政府は冷徹の報告を元に判断し、が審神者に相応しいか判断する、とのことだった。
今回は政府の職員は来ないらしい。それはそれで良いのだろうか。あちらも審神者と同じようにハードワークだと聞く。こういった案件にいちいち人員を割くほど暇ではないのだろう。それか、冷徹が政府から厚い信頼を得ているからか。
「今日は本丸の視察。その後に問題点があれば報告・指導でしたね。では早速」
「あ、ちょっといいかな」
会議でもないのに挙手をする冷徹。何か言い忘れていたことがあるのだろうか。
「はい、どうぞ」
相変わらず頬杖をついている彼は、何か含みのある笑みを浮かべた。
虫の知らせというのだろうか、は嫌な予感がした。
いや、そうでなくても何となく分かる。経験から分かる。
このような笑みを浮かべる時の冷徹は、ロクでもないことを企んでいるのだと。
「。もしも君が課題をクリア出来なかったら、」
「僕と結婚してくれないかな」
***
「あるじさま、あのさにわに“けっこん”をせまられました!!」