心の赴くままに①


 お前はマジで何を言ってるんだ。

 人格(キャラ)崩壊待ったなしの勢いではツッコミを入れた。もちろん、心の中でだが。

 今聞いた単語は何かの間違いだ。そうだと思いたい。自分にはまだ無縁だと思っていたのに、突然腐れ縁の人物が爆弾発言をしてくるなど、誰が想像出来ただろうか。幻が現実になって襲いかかって来たような、そら恐ろしいものを感じる。

「……、冗談がきつい」

 冷徹から“結婚”の二文字を突きつけられたは、やっとのことで反応した。声は掠れており、誰の目から見ても動揺していることが分かる。山姥切国広が「主」と声をかければ、は彼へと視線を合わせ、微かに笑った。
 そして、すぐさまいつもの無機質な表情に戻る。メモを取るために使っていたボールペンを強く握りしめ、冷徹の方へ向き直った。

「ご冗談を。この流れで結婚の話になるのは可笑しいですよ」
「いやいや、僕が冗談を言うとでも? 至って本気だよ」
「そもそも、あなたが私を好いているとは思いませんでした」
「へえ。君、愛を語るような人間だったっけ? 好ましいかそうでないかに関わらず、人間って奴は結婚出来るものだよ」
「それは同意見です。しかし死ぬまで共に暮らすなら、なるべくストレスがかからない、相性がいい人間と結婚したいに決まってます」

(読めない。彼は、一体何を考えているのかしら)

 昔からこの男は突拍子もない発言をしては、周囲を驚かせている。「絶対に上手くいかない」「失敗する」といった意見を一蹴しては、必ず成功させ自分の仮設や意見を証明してみせる、そんな人物だった。
 は、彼のそんなところが好きでもあり、嫌いでもあった。実際、ライバルのように思っていたこともある。尊敬すべき師のように思っていたことがある。だが、それは昔の話で今ではない。

 審神者としての彼は、どうにも好きになれない。

「では、僕が君を好きだとしたら?」

「え」
「はあ?」

 冷徹が自分に好きだと言った? はますます混乱する。

 分からない。何を企んでいるのかが分からない。

 彼女の脇で待機する山姥切国広が狼狽えている一方で、冷徹たちの刀剣男士は至って冷静な態度を貫いていた。多分、事前に知らされていたのだろう。

「本気だよ、僕は。実はねえ、最近上が煩くてね。見合い話を持ってくるんだよ」
「上、というと政府が?」
「そう。彼ら、審神者同士を結婚させて、その子どもも審神者にしたいみたいだ。両親が審神者であれば、その子どもにも適性がある確率は高いからね」
「そんな事情が……」

 冷徹は、このようなことも教えてくれた。

 刀剣男士と審神者の間に生まれた子どもにも審神者の適性がある確率は高いのだが、そう簡単に授からないのだという。いくら人に近くても、それは“近い”だけであって、100パーセント同一ではないのだ。

「――だから、年若い独身の審神者同士を紹介し、結婚させ、子どもを生ませ、審神者として育ててもらうという試みがされているらしい。四六時中、見目のいい刀剣男士と暮らしている女審神者たちが、平均的な見た目の男審神者と結婚しようかと思えば微妙なところだがね」
「確かに」

 中には刀剣男士に惹かれてしまう男審神者もいるらしいが、それはそれとして。

「あなたにもお見合いの話があるのですね」
、君はまた敬語を使って……」
「好きでもない相手から求婚されたら、距離を取るようにして敬語を使うのはしょうがないでしょう。諦めて下さい」

 はっきり拒否すれば、冷徹は肩を竦め降参とでも言うように両手を挙げた。余裕があるような態度は、にとっては大変腹立たしい。

「……で、だ。いくら断っても急かしてくるのなら、僕もそろそろ腹を括って結婚しようかなー、と思ってね。でもどうせ結婚するなら、気が合う人がいい。いくらか見合いをしてみたが、しっくりくる女性はなかなか見つからなかった。そこで、君の存在を思い出したよ」
「そのまま忘れていて欲しかったですね」
「なんだかんだ長い付き合いだし、話も合う。外見も悪くない。となれば、君は僕の結婚相手として適当な女性だと結論を出した」
「私はそうは思わないのですが」
「ここにプレゼン資料もあるよ。僕と結婚して起こるメリットとデメリットをまとめている」
「はあ、これはご丁寧に」

 控えていた蜂須賀虎徹がどこからか大量のプリントの束を取り出すと冷徹に手渡し、冷徹はそれをへ寄越した。山姥切国広は信じられないというような目で、プリントを一瞥する。理系は必ず論理的に説明しなければ気が済まないのか、とげんなりしている。歌仙兼定もこの場にいれば似たような反応を見せたに違いない。

「しかし、どうして結婚の問題が課題の出来に影響するのですか。こんなの、私が受けなければいいでしょう?」

 ホチキスで留められたプリントを適当にペラペラ捲るの表情筋は、半分死んでいる。ついでに死んだ魚の目にもなっている。真面目に相手をするのも馬鹿らしいのだろう。

「まあまあ」

 暴れ馬、もとい、じゃじゃ馬をあやすような口ぶりはやめてほしい。

「別に、強制ではないよ。受けるか受けないかはに任せよう。しかし、しかしだよ。君が審神者を続けられるのかは僕にかかっている」

 雲行きが怪しくなってきた。はますます眉間にシワを寄せる。

「課題を出して見極めるようにとのお達しだ。この指導期間中に、君が僕の出す課題をクリア出来なかったら、本丸の運営には不適切。審神者解任と政府に報告する。ああ、もちろん僕に決定権はないよ。あくまで一意見として報告するだけだ。でも、」

 政府に貢献している審神者と、貢献していない審神者。
 従順な審神者と、不従順な審神者。

「どちらを信用するだろうね? 例え君が課題をこなして改善出来たとしても、僕が虚偽の報告をすれば、君はたちまち審神者解任だ。そして、君は僕と夫婦になる。大丈夫、元・審神者でも見合い相手の候補に挙げられているし。大好きな刀剣男士とは、僕の本丸で過ごすことが出来るさ」

 くくっと底意地が悪い笑い方でを見つめる冷徹。やはりどこか冷たいものを内に秘めている。

「ねえ、殿。受けるか受けないか、じゃないよ。君には初めから“受ける”と言う選択肢しかないんだ」
「あなたは、あなたって人は……!」

(彼の掌の上で転がされている)

「あなた、そんなに私が憎いのですか」

 の問いに、冷徹は首を横に振った。

「そんなわけないだろう。僕は、君と結婚したいんだ。そのためなら何だってするよ」

 猫の目のように細められた瞳は、純粋に、真っ直ぐにだけを写している。
 冷徹は顎の下で手を組み、テーブルに両肘をついていつもの笑みを浮かべる。
 彼の後ろには、蜂須賀虎徹、一期一振、江雪左文字、蛍丸、へし切長谷部、蜻蛉切の面々。

 何か恐ろしい、巨悪に立ち向かっているような錯覚に陥った。

「主、」

 山姥切国広が再びに呼び掛ける。不安の色は先ほどより一層濃くなっていた。

「ひとつ、良いでしょうか。課題をクリアして審神者として適当だと判断してくれた場合、取り消しはなしということで?」
「ああ、もちろん。それで、受けてくれるのだろう?」

 目をつむり、は呼吸を整えた。瞼の裏には、かの刀剣男士が浮かび、あの日の言葉が聞こえてきた。

 ――僕は主と、様々なものと戦う覚悟が、もうとっくに出来ているんだよ。

(一緒に居るために)

 覚悟を決め、目を開ける。

「ええ、お受けしましょう」

 凛とした声で、は答えた。


***


 気付けば、筆が折れていた。

「……ああ、すまない。どうして……、粗末に扱ってしまった」

 ちょうど真ん中辺りからぽっきり折れてしまった筆に謝る。付喪神たる自分が物を粗末にしてしまうとは……。歌を詠むために使っていた筆を片付けながら、歌仙は溜め息を吐き出す。彼の部屋は読みかけの本や作りかけの歌で散らかっていた。まめに整理整頓をする歌仙にしては珍しい光景なのだ。

 彼は焦っている、猛烈に。渇いている。何もかも。
 それもこれも、小夜と今剣から聞かされた話のせいだろう。

(何なんだ、僕が近侍から離れてこれか)

 今から数時間前。歌仙は雷に撃たれたかのような衝撃を受けた。原因は、今剣と小夜から聞いた話である。

 あの冷徹がに求婚したらしい。

 だが、よくよく聞けば、冷徹が出す課題をクリア出来なかった場合に審神者を辞め、結婚するという取り決めになったそうだ。だから結婚は確定ではない。しかし落ち着かない。が遠くに行ってしまうようで。

(落ち着け。まだあの審神者のものになったわけじゃない。大丈夫。大丈夫だ。)

 仮に相手がこの本丸の誰かならばまだ祝福出来ただろうが、よりによってあの冷徹だ。個人的にいけ好かない審神者、冷徹だ。

 何故なら、初めて冷徹と出会った時、直感的に悟ったのだ。
 主に触れさせてなるものかと、思ったのだ。

 はどこか冷たい感じがするが、それは表面だけだ。根は優しく温かで、それを表に出すことを知らないだけだ。
 だが、冷徹はどうだ。彼はと似てはいるが、中身は氷そのものだ。冷たい本性に「偽善」という和紙を貼り付けたような人物だ。だから、信用ならない。

 何より、あの目! を見る時の目が堪らなく不快である。

 獲物を狙うような、あの目が嫌いだ。

 その審神者が、下手をすれば結婚相手になる……?

(それは嫌だ!)

「ああ! こんな気持ちで歌が詠めるわけないだろう!!」

 筆まで折ってしまう始末だ。今日はもうやめるべきだ。簡単に片付けを終え、歌仙はいそいそと布団を敷き始める。こういう時は身体を動かした後、寝るに限る。

 今頃、と山姥切国広と加州清光は、冷徹を連れて本丸の案内をしているはずだ。気になって仕方がない、とても。

「今日はもう終いにしよう」

(もしかしたら、もう二度と彼女へ歌を贈ろうとは思わないかもしれないな)

 片付けをしながら、歌仙はまた、長くて深い溜め息を吐いたのだった。



***


 学生時代、初めて冷徹と出会った。

 あまり目立たない人物だった。と、は記憶している。口数が少なく、どこか一歩引いたスタンスで相手と接している男子。あの頃の年代の男子にしては、どうも達観している印象を受けた。

 まあ、達観しているというのは、も同じことだ。周囲の人から「大人っぽいね」と言われることが多かったから。

 冷徹とはクラスこそ違ったが、部活動が一緒だった。

 そもそも入部したのは、「科学部」の上級生に勧誘されたからだった。部員が少なく、あと3人いなければ廃部になると涙目で言われてしまっては「結構です」と断りづらかったのだ。歳を重ねた今ならきっぱり断れるだろうが、あの頃はまだ若かったのだ――多分。幸い興味もあったので、上級生に連れられて、部室へ見学に赴いた。

「――この位のレベルなら、中学で終わりました。今はもう、あの青い猫型ロボット開発も夢じゃない時代ですよ。過去へ行ける理論も技術もあると言いますし、これからはもっと――」

 そこには、上級生相手に弁舌を振るう男子生徒がいた。上履きのカラーリングから同じ学年だと推測する。地味な印象の生徒だったが、その目は好奇心と探求力に溢れていた。

「彼は?」

 は上級生に訊ねた。上級生も知らないようで、肩を竦めた後「部長」と白衣を着た小柄な女子生徒を呼んだ。しばらくしてのところへ戻ってきて、冷徹の名前を教えてくれた。

「有望な子だね。入部してくれるってさ。君も入部してくれたら、勧誘あと1人で楽なんだけどなあ」
「……考えておきます」

 でも、この子が入部してくれるならちょっとは楽しいかもしれない。は結局、入部届を提出した。

 冷徹との会話は意外に面白かった。は理数にのめり込み、上級生や冷徹たちと様々な議論をしたり、発明したり、実験したりした。

「それ絶対に実現不可能だと思う」
「やってみなくては分からないよ。ここに計算式があるんだが見るかい」

「つまり、これは最適化問題?」
「なるほどねえ」
「あなたの答えは?」
「――ん、君と同じだったよ。つまらないな」

「やっぱり、政府は過去に遡る術を見つけていたのね」
「どういう理論なんだ? やはり何かを発明したのか」
「私たちなりに考えてみましょう」
「いいね、3つほどあるんだが」

 冷徹とは理数系の話になると気が合った。その他のところは微妙なところだったが。部活外で話しても大抵無視され、時折意地悪なことをされてからかわれることが多かったのだ。だが、部員たちからは「君たち性格似てない?」と言われるほどにはお互い“何か”が似ていたらしい。互いに影響しあって人格を形成したのかもしれない。

 その後、クラスが一緒になり、進路が一緒になり、職場が一緒になり――、

 長い付き合いの彼はいつの間にか、

「やあ、――。いや、今は殿か」

 貼り付けた笑みを浮かべる冷徹な審神者になっていた。


***


「……昔から、彼が何を考えているのかさっぱりでしたね」

 冷徹から渡された「結婚した時に起こるメリット・デメリット」のプリントをひと通り読み終えたは、適当にそれを自室の畳に放った。

 あれから本丸内を視察した後、冷徹はメモを取って早々と己の本丸へ帰っていった。門で簡単に行き来出来るのだから、宿泊の必要はないのだ。「明日に課題を」と言い残して、刀剣男士共々帰っていった。

(本気で結婚したいだなんて、未だに冗談だとしか思えない)

 山姥切国広と加州清光に課題の件は伝えたから、明日には全員が知ることとなるだろう。

 刀剣たちと離れるのは、もちろん嫌だ。だから、課題には精一杯取り組む。絶対にクリアしてやる。だが、それ以上に。

(兼定さんと、離れたくない)

 そう思うのはどうしてだろうか。

 机に突っ伏して、は歌仙のことを思い出す。

 ――主と共に支え合いたい。
 ――一緒に居たいってね。僕も同じさ。まあ、喧嘩は多いけれども
 ――僕は主と、様々なものと戦う覚悟が、もうとっくに出来ているんだよ。

 大丈夫だ。

(大丈夫。大丈夫。喧嘩したばかりですけど、大丈夫。私には、兼定さんたち刀剣男士がいるから)

 戦い抜いてみせる。