人の心は複雑怪奇①


【課題①レア度の高い刀剣男士を鍛刀せよ】
評価:可
補足:5回中5回で鶯丸を鍛刀。札なし。
【課題②刀剣男士や遡行軍など、この度の戦争についての考察をまとめ提出せよ】
評価:不可(?)
補足:レポート3万字弱。時間遡行軍に関しての項は要注目。評価見直しの余地あり。
【課題③刀剣男士に関するクイズに全問正解せよ】

 さて、今回の評価は……?


***


「はい! 山姥切国広です!」

 ピンポーン!

『正解です。問題全文は『特となった打刀の刀剣男士の中で、最も“起動”が速いのはへし切長谷部。ですが、では2番目に速い刀剣男士は誰でしょう』でした。様に1点入ります』
『引っ掛け問題だね。僕は素直に言っちゃいそうだなあ、へし切長谷部って答えをね』
「ふん、これで3対3か」
「振り出しに戻りましたね」

 マイクを使って出題者兼司会役をするのは冷徹のへし切長谷部だ。隣には解説役の、にっかり青江がいる。こちらはのにっかり青江である。

 急遽、冷徹率いる第一部隊の六振りが呼ばれ、じゃんけんで勝ったへし切長谷部が司会役に収まったのだ。

 では、解説役はの方から選出するのが筋だろうとのことで、非番の刀剣男士たちがあみたくじをした結果、にっかり青江に決まったのである。即席で組まされた2振りだが、とりあえず上手くいっているようだ。家臣の手打ち、寺社の焼き討ちなど、主命であれば何でもこなす長谷部は、司会役をこなすことも、そう難しくはないらしい。

 尚、解説役はいらないのではないか、というツッコミをしてはいけない。

 前代未聞の早押しクイズは、非番の刀剣男士たちが鍛錬場に集まってきたことで、テレビのバラエティ番組のような盛り上がりを見せていた。2台の筐体の前に、の本丸の刀剣男士たちが椅子を出してきて、観客として勝敗を見守っている。誰がいつ何のために用意したのか、「あるじがんばれ」「早押し・即答・お手のもの」「ウィンクして」などファンサ用の団扇を持っている男士もいる。
 冷徹の刀剣男士たちも、の刀剣男士たちとは少し離れたところで自分たちの主を見守っている。こちらはの方と違って大人しく、冷徹を応援するような素振りはあまり見られない。せいぜい、冷徹が正解した時に拍手をおくる程度だった。

「俺たちは何を見せられているんだ……」

 会場の空気に飲まれなかった山姥切国広がポツリと呟いた。「何の茶番だ」と彼の顔に書いてある。

「さあ、何だろうか……」

 同じく、会場の空気に飲まれなかった歌仙兼定が遠い目をして呟く。2振りの声は会場の喧騒に掻き消されて聞き取れない。
 歌仙と山姥切国広は、鍛錬場の壁にもたれ、早押しクイズの様子を見守っていた。ちなみに加州は早々にこの会場の空気と一体になって、ファンサの団扇を振っている。

「早押しクイズ。10点先制した方が勝ち、だっけ。簡潔で良いけれどねえ」
「ああ」

「どうしてこうなった」

 2振りの声が重なる。

「主には勝って欲しいんだよ、もちろん。だが、どうしてこんな……こんな……」
「ああ、俺もだ。もっと他のやり方はなかったのか?」

 今度は冷徹が早押しクイズに正解したらしい。観客の反応を見ると一目瞭然だ。

「あの男審神者、よく分からないな」
「そうだな。分かっているのは、主とは知り合って10年ほどの仲らしいということか」
「おや、そんなに? 朋輩と窺ってはいたが。そうか、人の子にしては長い付き合いなのかもしれないね。主の年齢にしてみると尚更」
「ああ。10年など、俺たちにとっては瞬きのような時間だが。あの審神者の口ぶりからして、長いんだろうな」

 そして歌仙は山姥切国広から、と冷徹についての話を聞いた。学生時代から現在に至るまで、それなりに交流がある仲なのだという。だがどう見ても、より冷徹の方が彼女に対して好意を寄せているようなのだ。

「少なくとも、今の時点で主は冷徹を好いているようには見えない」
「だろうねえ。定期的にある報告会で出会っても、主は彼と長く話すことはなかったな。寧ろ、避けていたような……」
「それは俗にいう、嫌われている状態じゃないのか」

 歌仙は苦笑した。

「君もそう思うかい?」
「“君も”ということは、」
「ああ。僕もそう思った」

(それでも、彼は主を好いているのだろうな)

 冷徹はの態度から察しているのだろうか。脈がないということに。

(恋は盲目と言うから、察していないような気もする。だが、察してもそう簡単には認めないか……僕も人のことは言えないなあ)

 口喧嘩を繰り返してきた自分が言えたことではない。盲目なのは自分も同じかもしれない。

(でもまあ、主の反応を見るに、少なくともあの男審神者よりは脈がある……と思いたいね。何があっても、僕は主を彼に渡しはしない)

 頬を赤くしたかと思えば、狼狽えている様子を見せたくないと顔を背け、落ち着くまで必死に深呼吸までしていたのだ。可愛いと思わない方が可笑しい。

「――何か可笑しなことでもあったか」
「ん?」

 山姥切国広の声で、歌仙は我に返った。

「何かあっただろうか」
「いや、にやけていたからな」
「!」

 反射的に自分の頬を触った。先程の告白の余韻は封印すべきである。歌仙は咳払いし、首を横に振った。主のことでも考えているんだろうな、と山姥切国広は思ったのだが、空気を読んで無言でうなずいておいた。元引きニートは、兄弟刀の堀川国広のように、気が利く刀剣男士に成長しつつある。

「ん、今度もあちらが早かったか」

 刀剣男士たちの嘆きが鍛錬場に響き渡る。お茶の間の視聴者という表現がぴったりだ。

『正解です! このシルエットは、遡行軍の薙刀・乙です。我らが主、センリ様に1点入ります』
『いやあ、主。惜しかったね。薙刀・乙の烏帽子の部分なんて、ちょっと細かいよねえ。じっくり丁寧に隅から隅まで見てみないことにはさ』

 冷徹側の刀剣男士たちが、ここぞとばかりに力強い拍手をおくる。の刀剣男士たちよりクールな反応が多いが、主の勝利はやはり嬉しいようだ。
“センリ”の名前にはて、と歌仙は首を傾げたが、すぐに合点がいった。そうだ、冷徹は通り名の方で審神者名はセンリなのか、と。
 が頑なに通り名の方で呼ぶので、すっかり歌仙も審神者名が冷徹だと思っていたのだった。

「10年ほどの仲なのに、通り名でしか呼ばれないとは。主も人が悪い」

(そういえば、僕も兼定さん呼びだったな)

 出来ることなら、歌仙さん、と呼んで欲しいものだ。


***


『さて、センリ様が9点。様が9点。両者一進一退の攻防を繰り広げて参りました。いよいよ最後の問題といきましょう』
『おやおや、もう最後なのかい? ツレないねえ、もっと楽しみたかったな』
『解説のにっかり青江。お前は、これまでの接戦から何か思うことはあるか?』
『うーん……まあ、せっかちは嫌われるからね。自分を見失わずにじっくりね』
「にっかりさん! これは早押しクイズなので、見失うはともかく、じっくりはまずいです」

 のコメントに笑いが起こった。鍛錬場はすっかりクイズ番組の様相を呈していた。恐らく、8割型の刀剣男士は、これがの審神者存続と結婚がかかっていることを忘れている。

(こんなにほのぼのしていて良いのでしょうか)

 もちろん、はこれが審神者存続と結婚がかかっている課題であることを覚えている。もうちょっと緊張感があるものではなかったのか、と疑問すら抱いている。
 彼女は隣にいる冷徹へ視線を向けた。あちらはの視線に素早く反応し、意地の悪い笑みを浮かべた。

「なんだい、
「いえ。別に、こんなことにお金を注ぎ込むのはどうかなと思っただけです」
「僕の給料から出しているから、問題ない」
「審神者の給料は、国民の税金です……! 問題ありです」

 一応、審神者は公務員の括りである。
 は溜め息をついた。クイズになってから何回溜め息を吐き出しのか分からない。幸せが逃げると言うのなら、多分向こう3ヶ月くらいは不運に見舞われるのではないだろうか。

「ボタンを押すと光るし、モニターが組み込まれているし、効果音は地味に凝ってるし、音響機器も持ち込んでいるし、正解不正解の映像も自作なんですか、再現性高いんですが! 冷徹さん、悪ふざけにもほどがありますよ」
「ふざけてはいないよ。真面目にやったらこうなったんだよ」

 ちなみにこの早押しクイズの問題は、冷徹の後輩にあたる政府の職員が作成したらしい。冷徹との担当者ではない。純粋な第三者が三日三晩考えて作成したものだという。「渾身の出来ですから。激むずですから!」とドヤ顔で提出してくれたそうだ。冷徹はそのクイズ集を受け取ってすぐに長谷部へ渡したので、一切中身は見ていないらしい。カンニングはしていないから安心してくれ、とまで言われた。

「これ真面目にやった結果ですか?」
「面白いだろ? 君のとこの刀も楽しんでいるみたいだし」
「ええ、楽しんでます。楽しんでますけど……ええ……?」

 ファンサ用の団扇を振っている加州の姿を見つけ、はぎこちなく手を振った。ウィンクは無理なので、これで勘弁して欲しい。

「――なんてね。本当は、……本当は、君と馬鹿やってみたかっただけさ」
「冷徹さん?」
「いいや、何でもないよ」

 小さな声で呟かれたそれは、の耳には届かなかった。ただ、冷徹は、ほんの一瞬だけ寂しそうな顔をして――いつもの人を嘲るような笑みを浮かべてみせた。

「じゃ、やろうか。嫌ならやめる? 僕の勝ちになるけれど?」
「それは駄目です。最後まできっちりやらせていただきます!」

 は気合いを入れるために頬を数回、両手で叩いた。

『両者、準備は整いましたでしょうか? 最終問題に移らせていただきます』
『主、頑張ってね』
「主君、応援しています!」
「主さん、やっつけちゃってー」
「頑張れー!」
様の刀剣男士たちから応援が届いておりますが、もちろん俺たちも心から応援しております、主』

 冷徹の刀剣男士たちは、長谷部の言う通り、大きくうなずいて手を振っている。たちのように声援はなかったが。
 ふう、とは息を吐いた。遠くには、歌仙の姿がある。山姥切国広と一緒のようだ。目が合ったような気がしたが、距離が離れているので確かめることは出来ない。だが、歌仙もこの場にいるのだ、鍛刀課題の時よりは心強い。

(根拠もないのに心強いだなんて、可笑しいです私。……ううん。でも、頑張ります)

『では最終問題です。まずは、こちらの画面に注目してください』

 モニターに映るのは、「阿津賀志山・厚樫山」の地図である。敵の本陣を示す、人魂のような、炎のような紫色のマークがゆらゆらと浮かぶ。

『阿津賀志山・厚樫山で敵の本陣を叩いた際、よく報告にあがる刀剣男士を全員お答え下さい』

(全員の刀剣男士……!?)

 刀剣男士を手に入れる際、鍛刀するだけではなく、敵を倒した際も手に入れることが出来る。どうして依代となる刀剣男士の本体を遡行軍も持っているかは不明だが。現に、の本丸の鯰尾藤四郎や燭台切光忠は、遡行軍を倒した際に手に入れている。

(審神者の間では、なかなか縁を結びにくいとされる天下五剣が一振り、三日月宗近は阿津賀志山で発見したと報告されていますね。では、三日月宗近は確定のはずです)

 そもそも全部で何振りとなるのか? 重要なヒントになるためなのか、長谷部からの補足はない。はごくりと喉を鳴らし唾を飲み込んだ。考えなければ。

(どういうわけか、ここでは短刀も脇差の入手報告はあがっていません。よくいらっしゃるのは、同田貫正国さん。次に和泉守兼定さんですが……いえ、敵陣を叩いた時にはいらっしゃらなかったはず。となると、打刀は同田貫さんだけ。あとは……?)

 目を通してきた報告書や噂、情報交換など、頭の中にある記憶を出来る限り引っ張り出す。

(太刀の刀剣男士の報告が多かったのですよね。まず、一期一振は確定です。粟田口の短刀たちのために、ここを巡回しようと目をつけていましたから)

 が答えをまとめている一方で、冷徹が動いた。ボタンが押され、馴染みの効果音と共に赤いランプが点灯する。の刀剣男士たちは「ああ!」と悲痛な声をあげた。

『センリ様、早かった! 答えをどうぞ!』

 冷徹は敵にとどめを刺すかのように、

「同田貫正国、三日月宗近、一期一振、鶯丸、江雪左文字、鶴丸国永、蛍丸」

 実に堂々とした態度で答えた。
 観客席は静まり返る。
 数秒の静寂のあと、
 ――不正解の効果音が鳴った。

「なっ……!?」

 驚愕で目を見開く冷徹。

『主、不正解です! 刀剣男士の人数が足りません!』
「……ちっ」
「なるほど、分かりました!」

 すかさず冷徹がボタンを連打するが、の方が早かった。解答権はへ移る。

『おっとここで様がボタンを押しました! 正解となるでしょうか!?』
『これは好機だね。逃すわけにはいかないよね、主』

(この勝負、貰いました!)

「同田貫正国、三日月宗近、一期一振、鶯丸、江雪左文字、鶴丸国永、蛍丸。そして、山伏国広、獅子王! です!」

 の声が鍛錬場の隅々までに響き渡り、
 永遠と錯覚しそうな長い沈黙のあと――、

『お見事! 正解です! これにて3つ目の課題はクリアとなります! おめでとうございます!』
『やったね、君なら正解すると思っていたよ!』

 驚いたような、感心したような、悔しそうな、複雑な感情が混ざった「正解」の二文字が、長谷部の口から告げられた。
 瞬間、観客席からは爆発的な熱量の祝福と雄たけびが湧き上がる。観客席にいた今剣は、己の身軽さと起動を駆使して、のもとへ一目散に駆けていく。

「あるじさまーーー! すごいです、すごいですすごいですー! さすがですね!」
「おめでとう! さっすが俺たちの主だね!」
「今日は祭りだぜー!」
「主君、良かった。本当に良かったです」

 のもとへ押し寄せる刀剣男士たちは、彼女を胴上げしそうな勢いで祝福している。

「あ、ありがとうございます」

 釣られて微笑むを、冷徹は面白くなさそうに見つめている。

「……」
「センリ様。課題の評価は……?」
「……そうだな。優、にしておいてやろう」
「かしこまりました。では、そのように記録致します。……此度のことは、お気になさらないで下さい。まだ次の課題もございましょう」

 観客席から冷徹のもとへ歩み寄ってきた蜻蛉切は、盛り上がる刀剣男士たちへ一瞬視線をやる。

「ふっ。お前に言われるまでもない」
「失礼致しました」

 そして蜻蛉切は自らの主に一礼し、その場を去った。

「――。君は、」




「……」
「……」
「……ところで俺たちは何を見せられていたんだ」
「さあ」

 やや冷めた目で、歌仙と山姥切国広がそんな呟きを漏らしていた。