この事態を誰が予測しただろうか①

「イシュカの“個性”は魅了系ではなかったよな?」
「そうですよ。何ですか急にそんな」

 空腹を紛らわせるため何か飲もうと席を立ったところで、イレイザーさんに私の“個性”を訊かれた。おかしな話だ。私が雄英高校に赴任して1年ほど経つというのに(4月で2年目)、イレイザーさんが私の“個性”を把握していないはずがない。
 そもそも、イレイザーさんは私の先輩にあたる人だ。プロヒーローとしても、教師としても。2年前、右も左も分からなかった私に厳しくも合理的に面倒を見てくれたのは、他でもない、イレイザーさんだろうに。どうして今更“個性”のことを訊いてくるのだろう? 私の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。

「イレイザーさん?」

 パソコンから目を離した彼と視線がぶつかった。
 無作為に伸ばされた髪の毛から、充血気味の両目が見えた。“個性”を発動しているわけではないみたいだ。でも、品定めされているようで、ちょっと身構えてしまう。
 最近多いな、目が合うの。

「イレイザーさん?」

 再び名前を呼べば、ようやく彼は反応した。

「いや、少々話が……」
「話?」
「何と説明するべきだろうな?」

 彼が言い淀むのは珍しい。口数が多い方ではないが、割とものをはっきり言う人だ。それに、他人を呼び止めておいて「やっぱり何でもない」と言い出すタイプではない。

「イレイザーさん、どこか具合悪いんですか?」
「健康だ。体調不良など非合理の極みだからな」

 風邪でもひいて学習計画が狂ったりするとリカバリーが大変だ。雄英高校のヒーロー科の生徒はやることが多くて忙しい。となると、教師もめちゃくちゃ忙しいのだ。しかも皆、現役のプロヒーローなので、それらに関連した副業(CMとかラジオとかのメディアへの露出)もやっていると、時間が足りなくなる。「時間は有限」とイレイザーさんが口癖のように言うけれど、本当にその通りだと思う。

「確かにそうですよね。えーと、では話というのは……」
「そうだな。単刀直入に、」

 ぎゅるぎゅるぐぎゅーうううぅ……!

 まるでイレイザーさんの言葉を遮るように、タイミングよく私のお腹が空腹を訴えた。コミックでよく見るシチュエーションだが、まさか私がやらかすとは!

「……」
「……」
「……すみません」
「腹の虫まで元気だな、お前」
「言わないでください」

 若干面白がっているような、でも、呆れているようなイレイザーさんから逃げるように、私は手で顔を隠した。ああ、もう頬が熱い。恥ずかしすぎる。ヒーローとはいえ、心身ともに女性である。誰が何と言おうと私は乙女である。男性の前で豪快な腹の音を聞かせたくなかったよ!

「お前の腹時計は正確だな。ちょうど正午だぞ」

 イレイザーさんにつられ、私も職員室の時計を確認した。ただいまの時刻は12時。私の腹時計って便利ー……なんてね。茶化してみてもお腹の音を聞かれた事実は変わらない。少人数でよかったと前向きに考えるしかない。

 職員室にいた教師の大半は席を立っている。恐らく大食堂に行ったのだろう。弁当を持参している教師も多いが、雄英高校の大食堂を切り盛りするランチラッシュさんの料理には敵わない。何より安いし。白米美味しいし。

 そうか、お昼か。今日は何を食べよう。和洋中、どれも美味しいからメニュー選びに手間取るんだよな。

「あ。イレイザーさん、食べながらでも良いならお話聞きますよ」
「いや、いい。食事はいつもこれで済ませている」

 そう言って机の上にあったゼリー飲料を持ち上げる。そうだった、イレイザーさんは食事まで合理的に済ませる人だった。
 クックヒーロー・ランチラッシュさんの安くて美味しいご飯を食べながら、簡単にゼリー飲料で食事を済ませるイレイザーさんとは会話できないな。絵面的に天と地の差がある。彼は気にしないのだろうけど、私がいたたまれないので無理だ。

「あー……。どうしましょ、食べる前に済ませちゃいますか」
「俺の用件は急ぎではないから、食べてくるといい」

 それはありがたい。お腹の音を気にしながら話を聞きたくないし。

「まずは腹の虫を落ち着かせてこい。話している最中にさっきの音を立てられたら、気が散ってしょうがないんだよ」
「あ、はい……」

 収まりかけていた羞恥が再び蘇ってきたところで、私は財布を引っ掴んで「行ってきます」と職員室を出た。腹の虫は未だに空腹を訴えている。さっきよりは小さい音で。

「はーあ。話って何だろう?」

 私、もしかしたら叱られるとか? 今年度の生徒指導でダメなところがあったとか?
 いや、赴任当初の頃ならまだしも。2年目突入の今は、さすがに。……ねえ?
 さすがに違うといいんだけどなー。


◆◇◆


 “平和の象徴”オールマイトをはじめとした偉大なヒーローを輩出する「雄英高校」のヒーロー科は、例年“倍率300”という驚異的な数字を叩き出している。もちろん、ヒーロー科は雄英高校以外にもあるのだが、偉大なヒーローになるためには雄英高校卒業が必須だと言われる。つまり、プロヒーローの登竜門なのだ。

 私、水栖来夢も雄英高校のヒーロー科出身だ。今は雄英高校の社会科教師として教鞭をとっている。
 さて、今日は2月26日。明後日に一般入試実技試験を控えているため、私たち教師陣は慌ただしくそれらの準備を進めていた。
 ちなみに私は、実技試験で配るプリントの最終チェックをしていたところだった。集中し過ぎて、お腹を鳴らしてしまったが、文面にミスはなかった。あとは印刷してしまえばオールオッケーだ。

 お昼を食べてひと休みしたところで、印刷作業に取り掛かる。紙とインクの補充はばっちり。あとは印刷機がトラブルなく印刷しきれば、私の大きな役割は終わりだ。
 印刷を待っている最中、ミッドナイトさんから「落ち着きがないわね」と指摘され、プレゼント・マイクさんからは「思春期の少年少女リスナーが、ラジオで自分の恋愛相談を読まれている時の態度だな!」と肩をバシバシ叩かれてしまった。多分だが、落ち着きがないということなのだろう。すごく例えが分かりにくいです、マイクさん。あと、肩痛いです。

 そして、あれこれ雑用を片付けているうちに、あっという間に夕方になっていた。

「イシュカ」

 明後日の確認を職員室でしていたところ、イレイザーさんが私を手招きしていた。来た! 来てしまった! あー、やばい。緊張してきた。
 (ヴィラン)に立ち向かう方が怖いじゃないかって? いやいや、イレイザーさんに色々指摘される方が怖いんだって。しかも正論だから余計心にクるし……。“個性”で何とかできる敵の方が易しいよ。
 なんて、心の中でうだうだ言ってても何も解決にならないか。唾を飲み込んで、私は覚悟を決めた。