【急募】恋人同士っぽいやりとり①
さて、仮とはいえ、私はイレイザーさんと交際することになった。今から恋人です。わーパチパチパチパチ……。
……。
「で、具体的に何をすればいいんですかね?」
「何だろうな?」
「まさか非合理を嫌うイレイザーさんがノープランだとは思いませんでした」
「少なくとも半年ほど交際をすれば分かるだろうと考えてはいたが、具体案が思いつかなくてな」
半年は仮恋人なのか。意外に長い期間で確認するんですね。
「イレイザーさんは男女交際の経験とかは」
「ない」
「ですよね」
「そういうはどうなんだ」
「ないです」
考えてみて欲しい。私たちヒーローは、高校生の時からプロヒーローになるため、ひたすら勉学に励んできた。多少の息抜きはあったが、それでも普通の高校生より遊びの少ない学生生活を送っていたと思う。
ヒーロー科在籍中にカップルができた例はあまり聞かない。カップル成立は本当に極稀だ(合宿で恋バナをしても盛り上がらず、枕投げで大乱闘を起こして担任に叱られた思い出がある)。
プロヒーローになってからも忙しいから、結婚はおろか恋人を作る余裕もない。
その中でも家庭を持っているヒーローは、本当にすごいと思う。尊敬する。きっと、仕事と家庭と上手く両立できているのだろう。
私たちヒーローには、大切なものが多すぎる。
「うーん。そもそもイレイザーさんの恋愛感情確認のための交際ですし、ちゃんと手順を踏むべきですかね。恋人っぽいやりとりをしてみるとか?」
「恋人っぽいやりとりとは」
「ワカリマセン」
急募。恋人同士っぽいやりとり。
そういうタイトルで質問したい。インターネットに匿名質問サービスサイトあるし。
「――とりあえず帰るか」
頭を悩ませている私の横で、イレイザーさんは呑気にそう言った。
「え、帰ります?」
窓の外はすっかり夕焼け色に染まっていた。まだ2月なので日暮れが早い。
うん、帰った方がいいか。私、もうやることないし。
「……そうですね。帰りましょうか」
明後日は入試試験。未来あるヒーローの卵たちが受験に来るのだ。審査する人間として、万全の体制で臨みたい。
仮眠室を出て職員室へ向かう。大方の先生方はまだ残っているようだ。入試試験と並行して、卒業生の進路指導や在校生の授業もしなければならないからだろう。春先は忙しさで目が回る。
クラス担任になる先生はもっと大変だ。生徒と接する機会が多いし、時には厳しいことも言わなくてはいけない。必要があれば校外学習の手配もするし、家庭訪問もある。
私はまだ担任になったことはないが、そのうち受け持つことになるのだろう。校長先生から「色んな経験は大事だからね」と教育論を拝聴したし、可能性は高い。
「そういえば……。イレイザーさんは今年も担任受け持つんですかね」
私の前を歩いていたイレイザーさんは、首だけこちらに向けて訊いてきた。
「さあ。何とも言えないな」
「今年こそ私は担任受け持つんでしょうか」
「何で震えてるんだお前。また全身スライム化するなよ?」
「しません!」
武者震いです! べ、別にビビってるとかじゃないです! ええ、ホントに……。
「今から心配してどうするんだ。来たときに考えろ。お前の悪いクセだぞ」
おっしゃる通りです。考えすぎて動けなくなるのが、私の悪いクセだ。案ずるより産むが易しってことわざがあるのだから、考えすぎてどつぼにハマらないようにしないとね。
「は自分で思うよりも能力があるんだ、あまり卑下するなよ。言葉に引っ張られるぞ」
「言葉に引っ張られる?」
「“ノシーボ効果”を知っているか?」
「何ですかそれ」
「プラシーボ効果の逆だよ。こっちは聞いたことがあるだろう?」
プラシーボ効果とは、薬として効力のない薬を投与したのに病気が回復したり、あるいは症状が軽くなったりする現象のことだ。
もっも簡単に言えば、「これは風邪薬だよ」と患者に渡した薬が実はただのラムネなんだけど、それを飲んだことにより風邪の症状が和らぐみたいな。それが、プラシーボ効果。思い込みが引き起こす不思議な現象だ。
じゃあ、その逆ということは?
「例えばの話だ。料理に使う小麦粉を粉薬のように偽造し、『これは副作用で吐き気を催す』と患者に投薬する。すると、本当に吐き気を催す場合がある。……つまり、思い込みがマイナスにはたらく現象をノシーボ効果、またはノセボ効果という」
「勉強になります」
イレイザーさんが立ち止まった。ワンテンポ遅れて私も歩くのを止めた。どうしたのだろう。
「もっと一般的な言い方をしよう。『言葉には力が宿る』」
つまりイレイザーさんが伝えたいことは、
「ダメだと思い込んだら、言葉に引っ張られて本当にダメになるぞ。せめてプラスに考えろ、」
「……は、はい!」
――うん、そういうことらしい。度胸と自信をつけるには、こういうプラスにはたらく思考をした方がいいよね。
イレイザーさんは少なくとも、私には見込みがあると評価しているのだろう。見込みがないならバッサリ切ってしまう人だ。オブラートに包んで言ってほしいこともあるけど、その分、お世辞ではないというか。イレイザーさんの言葉には裏表なんてないんだろうな、と。そう、思うのだ。
あ、でも嘘はつくんだよね。何度騙されてきたことか……。
差し込む夕焼けが、再び歩き出したイレイザーさんの猫背を照らす。ポケットに手を入れているせいで、丸まった背中がますます強調されている。
その背中すらも愛おしいと感じるのは、私が彼に恋をしている証拠なのだろう。
恋なんて思い込み。一時の気の迷い。不確かで曖昧なものだ。その人を好きになるのも、もしかしたら強い思い込みから来るのかもしれない。
でも、それならそれでいい。
人を想う間私は幸せで、無敵になれるような、そんな気がするのだ。