【急募】恋人同士っぽいやりとり②

 2月28日。今日は、雄英高校の一般入試だ。

 私の今日の役割は受付。受験番号を確認し、実技試験の概要説明に必要な入試要項などを渡していく。
 大抵の受験生は緊張した面持ちで受付にやって来る。それはそうか、将来がこの試験にかかっているからね。……私も昔はこんな感じだったな。実技試験の予想がつかなくて、緊張で吐きそうになりながら雄英高校の受験したんだよね。

 受付をしている時、何人か印象深い受験生がいた。

 1人目は、真面目が服を着たような男子生徒。出入口付近で立ち止まって会話をしている生徒へ「君たち。そこに立たれると他の生徒への邪魔になる。話をするなら別の場所でしたまえ」と注意していた。他校の生徒なのに臆さず指摘できるのは、美点と言えるだろう。

 2人目は、顔つきが険しいツンツン頭の男子生徒。とにかく表情が怖くて印象に残っている。いや、中学生のはずなのだけど、どうやったら敵並みの圧を出せるのかしら。……って、雄英高校志望の子相手にそんなことを思ったら失礼だね。あの迫力、実力も十分にあるのかもしれない。味方にいたら心強いだろう。

 3人目は、大きな目が印象的な黒髪の女子生徒。まるでカエルみたいだった。“個性”の影響なのかしら? “個性”が外見に影響することはあるし。……「ケロ」って(鳴き)声が聞こえたのは気のせい……よね?

 4人目は……。そばかすの縮れ毛の男子生徒。
 ひどく緊張していて、入試要項を受ける時、手が震えて落としてしまったのだ。彼は何回も「すみません」と頭を下げて会場へ入っていった。まるで昔の私を見ているようだった。私、受験の時は派手にすっ転んだなあ。あの子がそうならなければいいな……。

 さて、そんこんな受付時間が終了したので、私は審査が行われる部屋へと向かう。
 今頃はプレゼント・マイクさんが、受験生たちに実技試験の概要を説明しているはずだ。あんなに人がひしめく中、陽気に面白く説明できるのはマイクさんくらいしかいないだろう。私には絶対にできない。私もラジオに出演したら、プレッシャーに弱いこの性格も少しはマシになるかしら。

「あ、イレイザーさん」
「ん」

 部屋に着く直前、寝袋に入って廊下に寝転ぶイレイザーさんに出会った。ゼリー系の栄養補助飲料も啜っている。朝食かな? その姿は何回見ても慣れないな。芋虫みたい……。

「おはようございます。いよいよですね。中には入られないんですか」
「ああ。モニターやら何やら機材の最終調整に手間取っているから時間が空いた。同じ空間で全員が『あーでもないこーでもない』とつきっきりになる必要もないだろ」
「ですねえ」

 イレイザーさんは暇さえあれば寝袋を準備して睡眠を取ろうとする。きっとこれも、合理的な考えに基づいた行動なのだろう。

「今年はどんな子が入ってくるんでしょうね? 私、とても楽しみです」
「……どうだろうな。俺は毎度思うが、この入試は合理性に欠けるよ」
「あー……。雄英の試験は、戦闘向きじゃない“個性”の子は不利になりますからね」

 例えば、炎を操る“個性”なら、戦い方も色々あると思う。でも、イレイザーさんのように“個性”を抹消する“個性”は試験に不利だ。相手は仮想敵とはいえ、人間じゃないからね。ロボットだ。“個性”ないからね。

 私も昔、必死になってロボットを撃破しながらポイントを稼いだ。どうやったら私の“個性”を戦闘に活かせるか、足りない頭を振り絞って頑張ったものだ。

「だからこそ、非戦闘系の“個性”持ちの子には頑張ってほしいですね! 腕の見せどころですよ!」

 むん、と力こぶを作るように腕を曲げたら、イレイザーさんがじいいっとそれを観察していた。無言で。怖いです怖いです。

「え、ちょっとどうしたんですかイレイザーさんん!!?」
「……」
「何か言ってくださいよう!?」
「……筋肉ないな、お前」
「そこですか!? えー。これでも一応毎日、筋トレとかしてるんですよ」
「鍛えているようには見えないな」
「そんなことありません。私、脱ぐとすごいんですからね!」
「……」
「何でまた黙るんですかーーー!」

 すると、イレイザーさんは寝袋を脱いで私の前に立った。

「あのな」

 やっと口を開いたと思ったら、声がとっても低いです。

「はい?」
「もう少し言葉を選べ。特に男と会話するときは」
「私は失言をしたのでしょうか」
「した」
「えぇ……」

 数秒前の会話に何か失言ありましたかね。……ないよね?
 私が戸惑っていると、イレイザーさんは大きな溜め息をついて私の耳に顔を寄せた。ちっ、近い近い近い。
 ひゅっと息を飲んで言葉を待つ。

「仮とはいえ恋人になったんだ」
「は、はい!」
「あまり無防備にされると――」

 耳の近くで囁かれると緊張して動悸が早くなるんですが。正直、吐息とか耳にかかって話の内容がこれっぽっちも入ってこない!

「――分かったか
「わ、分かり、ますん!!」
「どっちだよ」

 あ、イレイザーさん笑った……。

 ドキッと胸が高鳴った。
 瞬間、

「私が来た!!」

 第三者の大きな声が割り込んできた!

「ひょえ!?」
「!」

 この声ってもしかして――

「お、オールマイト! ……さん!」

 廊下の向こうから意気揚々と歩いてくるのは、No.1ヒーローのオールマイトさんだった。
 あー、急に大きな声で挨拶をされたものだから驚いた。心臓が口から飛び出るかと思った!!

「おはよう! 相澤くん、くん!」
「おはようございます、オールマイトさん」

 瞬間移動の“個性”でも持ってるのかってくらい素早い動きで私から離れたイレイザーさん。素知らぬ顔でしれっと挨拶を返している。なんかずるいです、それ。

 私も慌ててオールマイトさんに挨拶を返した。

「おはようございます!」

 オールマイトさんは、その存在だけで犯罪の抑止力とされる“平和の象徴”だ。彼を知らない人なんていない。彼に憧れてヒーローを目指す人だっているだろう。
 私だって、オールマイトさんは憧れのヒーローだ。今だって目の前にいるのが信じられない。

 Vの字を連想する前髪。筋骨隆々の肉体。圧倒的なオーラ。ああ、生で見るとすごい。本物は画風が違うよ。

 でも、

「オールマイトさん。あなたの事情は、教師陣全員知ってますよ。ご無理はなさらないでください」

 私がそう言うと、オールマイトさんは一瞬動きを止めて「いやあ、そうだったね」と頭を掻いた後、その姿を変えた。

 さっきの筋骨隆々な姿はどこへやら。随分痩せ細った身体の男性が立っている。

 そう、これが――オールマイトさんの本当の姿。

 校長先生から知らされた。今年、オールマイトさんを教師として雄英に招いたと。しかし、実は数年前、彼は敵の襲撃で大きな怪我をしてしまったらしい。度重なる手術、そして後遺症によって、このような姿になったそうだ。

 もちろんショックは大きかった。オールマイトが衰えるなんて考えもしなかったのだ、私は。ずっとずっと、永遠に平和の象徴として私たちに希望を与えてくれる存在なのだと、錯覚していた。

 事情を把握しているとはいえ、オールマイトの本当の姿――トゥルーフォームには慣れないし、まだ受け入れられない自分もいる。
 まあ、いつまでも現実から目を逸らすわけにはいかない。少しずつ受け入れよう。私はヒーロー。そして、ここの教師なのだから。

「中にはまだ入れないのかい?」

「機材トラブルで立て込んでいるので、と世間話を少し」

 オールマイトさん、さっきまでの私とイレイザーさんのことについて、特に何も言ってこないな。見られてなかったのかしら。第三者目線で見たら、私たちの距離は近すぎだったんじゃないかな。付き合っているのか、とか訊かれたら上手く答えられる自信がないなあ……。というか、オールマイトさんがそんな話題を振るイメージ湧かない。

「あ、そろそろ時間ですし準備できたんじゃないですかね。私、確認してきますね!」

 なんて適当なことを言って、私は部屋へ向かった。一刻も早くイレイザーさんから離れて、この胸の高鳴りを鎮めたかったから。

 ああ、好きな人との距離が近くなったからってこんなに緊張するなんて。子どもみたいだなあ、私……。