【急募】恋人同士っぽいやりとり③
「――あの子、きっといいヒーローになりますね。というか、そうなって欲しいというか! いや、まあ入学は間違いないので育てていくんですけども!」
実技試験が終わった後のこと。私は感動と嬉しさのあまり、色んな先生方とさっきの試験について語り合っていた。
話題は“個性”を使ってあのロボットを壊してしまったあの受験生! 緑谷くん、だったよね。覚えてますとも! あの子の行動と強力な“個性”には賛辞を送るしかない。
確かに敵ポイントはゼロ点ではあったけど、代わりに救助ポイントは高いからね。筆記もいいなら、合格間違いなし! どうか不安にならず待っていて欲しい。私たちは、ちゃんと見てる。受験生たちにヒーローとしての素質があるのか。
自己犠牲を厭わず飛び出したあの行動には勇気を讃えたい。
あまりいないと思うんだ、彼のような行動をとれる現役ヒーローは。皆、考えてしまうから。自分の“個性”がこの状況では合わないとか、被害を広げるとかで動けないことが多い。
「でも、颯爽と現れて逆境を跳ね返した! そこは素晴らしいですよね!」
「……、少しは落ち着け」
「はい! 有望な生徒が増えてとても嬉しいです!」
「落ち着く欠片もないな」
「あ、すみません。つい興奮してしまって……」
試験の後片付けは下っ端の私の仕事。率先して会場の片付けとか細々した書類整理をしてたらすっかり帰るのが遅くなってしまった。
食堂で一休みしていたところイレイザーさんがやって来て、そのままお話して今に至る、って感じだ。というかさっきの試験の興奮が冷めないままに話しちゃってたよね。マシンガントーク的な。騒がしかったかな。今更反省……。
「気になるのか」
「え? ああ、その緑谷くんのことですか? あ、贔屓しているとかではなくてですね、もちろん他の子もすごかったです――」
「気になるのは、“個性”を使ったあとだ」
「え……」
そういえば、イレイザーさんは何故か私の隣の席に座っている。
横顔見る機会はあまりなかったな~、とか思っていたらこっちを向いたので、ちょっとびっくりした。ついでに心臓もどきどきしている……。なんか、小学生の作文みたいな感想だ。私、国語担当じゃないからかな、語彙力欲しいな……。
「どうした?」
急に黙ってしまったせいだろう、怪訝な顔でイレイザーさんが訊いてきた。
「な、何でも! それで、気になるっていうのは?」
まさかイレイザーさんが隣にいるので集中できません、とか言えない。
「“個性”を使ったあとに怪我をしていただろう。そのあと行動不能になっていては、これから先が思いやられる」
「あー、そう、ですよね。それは私も気になりました。他の先生方もおっしゃっていましたが、まるで“個性”を初めて発現させた子どものようだな、と」
「ああ。つまり、制御できないんだろう」
「それは……、うーん。現場に出た時に困りますね。彼が“個性”を使うたび行動不能になるなら、周りは常にフォローしないといけないわけですし。それを育てるのが私たち教師の仕事になりますけど……、こればかりは緑谷くんに気付いて欲しいというか、う~~ん、難しいですね」
考えながらそう言うと、イレイザーさんは僅かに笑った。
「お前、さっきまでヒーローに憧れる子どものようにはしゃいでいたのに、急にヒーロー教師の顔になるんだな」
「え、面白がってます?」
「それなりに」
「お、面白がらないでくださいよー」
私が抗議しても、イレイザーさんは鼻で笑うだけ。からかわれているのだろうか。うん、きっとそうだな。
イレイザーさんと話してると、私、結構自分の子どもっぽさが浮き出してきて、凹むんだよね。向こうは落ち着きがあって冷静だからかな。
これでも成人しているんだけどなー。大人の女性になりたい……。
「あ、そうそう。イレイザーさんは気になる受験生はいました?」
イレイザーさんと聞き手役を交代。私は喋りすぎたから、イレイザーさんにはここで喋ってもらいましょう。決して子どもっぽいところが恥ずかしくなったから、とか、うん。そんなことはあるといえばあるしないといえばある……。なんちゃって。
「まあ、いた」
「そうなんですね! 受かってるといいですね」
「――ヒーロー科は難しいだろう」
「え、」
「いや、何でもない。そろそろ帰らないのか。残業は推奨しない」
「あ、帰ります!」
イレイザーさんが立ち上がった。私も慌てて後を追いかける。
「一緒に帰るか」
「は! はいよろこんでー!」
居酒屋の店員みたいな返事をしてしまった。イレイザーさんもそう思ったのか「バイトでもしていたのか」なんて笑いが返ってくる。
どういう意味だったのだろう、「ヒーロー科は難しい」って……。
訊きたかったのだけど、機会を逃してしまった。そのまま私、イレイザーさんに居酒屋店員ネタでからかわれたので。
◆◇◆
「こうして帰るの、あれですね。恋人っぽいですね」
イレイザーさんと歩く帰り道。
不思議だ。なんか変な感じがする。他の先生方と帰ることはあったし、同性のヒーローと外食することもあった。けど、イレイザーさんと帰るなんて、ほんと、変な感じ。
「そういうものか?」
「そういうものです、多分。世間のカップルは仕事帰りに待ち合わせて帰るとか、あるらしいですよ」
分からんな、と頭を掻くイレイザーさん。私も人づてに聞いただけだから多分、ってつけたわけですが。
「何か、感想とかありますか」
「……背が低いんだな、は」
「そこですか~」
イレイザーさんに比べたらそうだろうな、うん。
でも、それにしては歩く速度、同じくらいなんだよね。気を遣われてるのかな。そこも、恋人っぽい感じする。
「そういえば、ですね。世間一般の恋人ってどんなことをするのかなー、と。昨日の夜、ネットの力を借りてみたんですよ」
続けて、とでもいうようにイレイザーさんがこちらを見た。
「メールとかトークアプリで頻繁に連絡を取ったり、あとはデ――デートとかするらしい、です」
「メールは頻繁って、どのくらいだ?」
「人によるのでは? あ、毎日する人いますね」
「毎日話すことなんてあるか? 職場で話しているのに?」
話題尽きそうだと思います。私は首を横に振る。
「他には」
「他には旅行、とか? クリスマスとかそういうイベントは一緒に過ごすとか」
「ヒーローはそういうの、無理だろ」
「そうなんですよねえ」
いつ敵が現れるか分からないから、ヒーローはプライベートでものんびりもしてられないよね。ましてや雄英の教師だから忙しいし、有給取るタイミング難しいし。
実行できそうにないと肩を落とす私に、
「ああ、でも。連絡くらいはできるな」
と、イレイザーさんが一言。
「俺の連絡先、知ってるか」
「職員の連絡網で一応は……」
あ、でも電話番号くらいしか知らないかも……?
「メアドは?」
「そう訊くということは、あの、教えてもらえるんでしょうか」
「そういうことは、どんどんやっていこう。恋愛感情かどうかを見極めるためにも」
「は、はい!」
やった! と思ったのは許して欲しい。もう、私の心の中はスーパーボールみたいに、あちこちにぶつかっては飛び跳ねている。ここがコミックの世界だったら、私の背景にはキラキラの効果音とかイラストがついているかもしれない。
駅に到着したところで、早速メアドを交換した。過去最高に嬉しいかもしれない。
3分もかからないうちに、私はイレイザーさんのプライベートの連絡先をゲットした。
「ありがとうございます! メール送りました」
「ん、届いた。登録は――ああ、大丈夫だ」
イレイザーさんのスマホに私の連絡先が追加されたとか、夢みたい。
「毎日は合理的ではないが、」
「はい、ほどほどにやっておきます!」
「それで頼む」
なんだろう、仮の恋人になってから、イレイザーさんが微笑むことが多くなってるような気がする。
いや、まだ恋人期間は短いけど、今までの教師生活を振り返ると、ね。
それとも、私がイレイザーさんに注目するようになったからなのか。
変わったのは私なのか、それともイレイザーさんなのか。
「そんなふうに笑うんですね……」
「ん? 何だ?」
「いえ! 何でも!」
心の声漏れていたらしい。小さい声でよかった、セーフ。
さて、いつまでもここで長居しているのは、それこそ「合理的」じゃないよね。
「じゃあ、駅にも着きましたし、私はここで! お疲れ様でした!」
「ああ。お疲れ」
改札を通って、ふと、振り返ってみる。
人が行き交う駅構内。
黒い服の男性がこっちを見ている。
他人からしてみれば小汚い人だと思うのかもしれない。
それでも私は、あの人が好きだ。
目が合った。ああ、見送ってくれるのかな。
手を振ってみる。
また明日、って。
「――わ」
イレイザーさんは片手をちょっと挙げていた。そのまま背を向けて、駅から出ていく。
まさか、返ってくるなんて。
「わー、これ。これこそ、恋人同士っぽいやりとりじゃないの?」
あー、顔。絶対赤くなってるよ。