そういえばそんな人だった①
私はあれから、慌ただしい毎日を送っていた。
イレイザーさんは1年A組、ブラドキングさんは1年B組の担当になり、私はそのA組とB組の補佐となった。そう、副担任ならぬ副々担任ね。オールマイトさんと一緒に頑張る所存だ。
仕事以外でのイレイザーさんとはいつも通り。付き合う前とは対して変わらないやりとりをしている。
恋人らしいことは……、あまりしていない気がする。時間が合えば一緒に帰るしメールも送ったりするんだけど。
デートとか、そういったことはできずにいた。とにかく、忙しかったので。
「――はっ、もう入学式!?」
「、いきなり何?」
隣にいるミッドナイトさんが困惑している。
「式の途中よ。大きな声はダメよ」
「すみません……」
そうだ、今日は雄英高校の入学式だ。私、時間も忘れるくらい仕事に忙殺されていたみたいだ。
式は厳かに執り行われている。壇上では校長先生が祝辞を述べていた。
新入生の様子も見てみよう。うん、やっぱりそうだよね。期待と不安が入り混じった顔をしている。去年の生徒もそうだった。昔の自分と重なるところがある。懐かしいな。
――あれ?
あることに気付き、私はミッドナイトさんに話かける。
「あの、ミッドナイトさん」
「何?」
校長先生の声はマイクを通して大きくなっているから、小声で話す私たちは目立たないはず。
「あそこの席、1クラス分空いてますよね?」
「ええ、そうね」
「1年A組だったりします?」
「あら、去年もそうだったじゃない。イレイザーのことだから、きっと校庭で色々やってるわ。今年の生徒も除籍処分にならなければいいわね」
イレイザーさんは合理主義。きっと入学式だの何だのは時間の無駄だから出席しないという方針なんだろう。
去年のことを思い出して頭を抱えた。
見込みがなければ除籍処分。
下手をすれば、1クラス丸々除籍。
その数なんと、去年までで通算154回。
忘れかけてたけど、そういえばそんな人だったな、イレイザーさん!
雄英は自由な校風が売り。それは先生側、ひいては教育方法だって自由って意味でもあるらしい。例え入学式のような行事を欠席してもお咎めはないのだ。
今年、どうなっているんだろうか。気になる。すっごく気になる。去年はイレイザーさんが私の教育係だったから、否応なしにテストの一部始終を見届けたわけで。あの時、あの場所にいるだけで辛かった。
あれを踏まえた上で、色々考えてしまう。生徒たちがどうなるのか、場合によってはフォローに入るべきなんじゃないか、とか。
私、今年はA組とB組の副々担任だから見に行ってもいいよね?
よし、行こう。そうしよう。
正直、入学式は私の出番ないし!
タイミングを見計らって、私はこっそり入学式を抜け出したのだった。
◆◇◆
「あの、すみません。保健室ってどこですか?」
体操着を着ている男子生徒に玄関付近で呼び止められた。外から来たんだろう、体操服は土埃で汚れている。
あれ、よく見ればこの子、入学試験の時にロボットを“個性”でぶっ壊した子じゃないか? あれだけすごいことしてたもの、覚えてるよ。
名前は確か……、緑谷くん。緑谷出久くん!
所属は1年A組だ。
「保健室はここを真っ直ぐ――えーと……そうね、一緒に行った方が早いね。ついてきて」
緑谷くんは手を庇っている。指が腫れ上がっているのだ。これは口頭で説明するより、一緒に保健室へ行ったほうが早い。登校初日だから校舎内で迷う可能性があるし、その分治療が遅れる。ナイス判断だよね。これ、合理的じゃないですか、イレイザーさん。……なんちゃって。
「よろしくお願いします」
ということで、私は来た道を戻る感じで保健室へ向かうことになった。
隣を歩く緑谷くんに、念のため訊いてみる。
「君、1年A組だよね」
「はい」
「初日からイレイザーヘッドに連れられて校庭で“個性”把握テストやってた?」
「そうです……。どうして分かったんですか」
「イレイザーさんは去年も同じことしてたからね。最下位は除籍処分って言われたりもしたでしょ?」
「当たってます。でも、それは僕らの最大限を引き出す嘘だったみたいで」
「えっ」
「え?」
「……いや、何でもないよ」
嘘? いやいや、イレイザーさんは本気で言ったはず。
やるといったらやる人だ。
私は今回のテストを見てないけれど、きっと今年の生徒は「見込み有り」って判断したんだろう。
あの人は厳しいけど、優しい。
本当に優しい人は、甘やかすことだけが優しさではないと知っている。
時には耳に痛いことも言う。厳しいことも言う。
必要とあらば、飴と鞭の「鞭」になる。
そういう人だと思うんだ、イレイザーさん。
私もそうありたいと思う、尊敬している教師だ。
「そういえば、どうして怪我したの?」
やってることは“個性”を使った体力測定だったはず。怪我する場面、あったかな。それもピンポイントに指って……?
緑谷くんは「ボール投げでちょっと……」と言葉を濁す。
確かこの子、入試の時も怪我したんだっけ? “個性”を使うことに慣れてないのだろうか。気になることはたくさんあるけど、今は怪我を治すことが優先だ。授業を通して、この子たちのこと、しっかり理解していこう。
「そうなのね? ヒーローに怪我はつきものだけど、動けなくなるほどの怪我を負わないようにするのも大事だよ……っと、保健室に着いたね。リカバリーガールさんがいるはずだから、行っておいで」
「はい、ありがとうございました」
緑谷くんは礼儀正しく頭を下げた。指、痛むだろうに……。こういう時くらい、自分のこと優先でいいのに。
「いいからいいから。早く行きなさい」
私が促しても、緑谷くんは中に入ろうとしない。
「先生、ありがとうございました!」
「いいから、ほら! お大事に!」
やっと保健室に行ってくれたよ、緑谷くん。
今から校庭に行くのは……、やめておこうかな? もうテスト終わってるみたいだし。フォローもいらないみたいだし。
入学式の後はガイダンスだから、私の出番はない。職員室に戻ろう。……っと、ちょっと2年の教室覗いていこう。
「あ、先生」
「イレ先、今年もあれやってるよ」
「今年の1年、除籍されてない?」
2年A組の生徒たちが教室から顔を出す。にぎやかだなー。
「今のところ、大丈夫みたい」
「え-、マジ?」
去年除籍された1年生は、そのまま退学になったんじゃないかって?
答えは否。
そのあとは復籍して、ちゃんと2年生に進級している。
生徒たちはイレイザーさんのこと「イカレイザー」だの何だの言ってるけど、その後の成長は目覚ましいものだった。
除籍されたことで、色々、気付くこともあったんだろう。
私も去年、改めて教育者としてのあり方を考えさせられたから。
イレイザーさんのやり方は真似できないけれど、私は私なりに、彼らを導けるような人になりたいって、そう思ってますよ。