そういえばそんな人だった②

 私はA組の教室の前で、大きく深呼吸をした。

 腕時計を確認。あと3分で授業開始だ。
 廊下に出ている生徒はいないようで、周りは静まり返っている。私語すら聞こえてこない。A組は真面目な生徒が多いんだろうか。

 ああ、憂鬱だ。理由は簡単。昨日の戦闘訓練のせい。

 だってA組は昨日、初めてヒーローっぽい授業を受けたわけじゃないですか。
 しかも、初めて自分のヒーローコスチュームに袖を通したわけじゃないですか。
 更には担当教師がオールマイトさんだったわけじゃないですか。

 きっと皆、ヒーロー科っぽい授業を受けてテンション爆上がりだったんだろーなー!

 それを考えると……、私の授業って普通なんだよな!? しょうがないよね、担当社会科だから!? でも「普通だ」とか「つまんね」とか思われたらどーしよー!?

 あ、やばい。緊張してきた。落ち着け、落ち着け。“個性”を発動させるな。……うん、よし。大丈夫大丈夫。

 うん、大丈夫。しっかりしろ、私。イレイザーさんが言ってたじゃないか。「言葉には力が宿る」って。私はできる。大丈夫。こんなの、救助活動の時に比べたら何でもないでしょ?

 私、去年よりも成長してる。授業も難なくできたでしょ。大丈夫。大丈夫。自分を信じろ。

「よし! やるぞ!」

 気合いをいれたちょうどその時、1限開始のチャイムが鳴った。

 ――ええい、この勢いのまま、行け!

「おはようございます!」

 教室に入り開口一番、大きな声であいさつをする。これ、大事だよね! ちらほらあいさつが返ってきたのでちょっと安心した。
 教壇に立ち、ぐるっと教室を見渡す。生徒は計20人。ほとんどの子が私を「誰だろう」という目で見ている。気がする。

「初めまして、です。社会科の担当教師です。たまに、昨日のような訓練にも顔を出しますので、よろしくお願いします」

 黒板に「」と書く。うん、綺麗に書けてる。チョークって、紙とペンで書くより難しい。去年は生徒に「字が読みにくい」って言われてちょっと凹んだ。

「早速授業に入る前に――私のヒーローネーム知ってる人?」

 知ってる人は挙手を、の意味で私は小さく手を挙げてみた。……うん、いないよね。去年もそうだった。一応、コミュニケーションの一環として訊いてみたけど、やっぱりいない、

「はい!」

 え!?

「スライムヒーロー『』。“個性”はスライム。身体の任意の部分をスライムのように変形させ、主に人命救助で活躍するプロヒーロー。……ですよね?」
「せ、正解。緑谷くん、よく知ってたね」

 答えてくれたのは、あの緑谷くんだった。そう、保健室に案内したあの生徒。

「多分、『のプルプル水まんじゅう』とか『・ジェリーのプルプルわらび餅』って言えば、皆はピンと来るんじゃないかな?」
「あー、それなら知ってる! あれ美味しいよね」
「俺はわらび餅派」
「救助活動のニュース見る度、可愛いと思ってたわ」
「スペースヒーロー・13号の隣にいた丸っこいスライムって、先生だったんだ!」

 教室がにわかに騒がしくなった。
 皆、反応がいい……! なんか、今までにない反応のよさで、逆に私が驚いてしまった。でも、嬉しい!

「先生をテレビで見かける時は“個性”で全身スライム化している時だから、多分、通常時の姿はあまり馴染みがないんだと思うよ」

 A組の皆が緑谷くんの言葉に深く納得していた。
 そうなの。そうなんだよ、緑谷くん。私が言おうとしたこと全部代弁してくれたよ。

 そっか。私、自分のことはマイナーなヒーローだと思ってたけど、知ってる人は知ってるんだな。そういえば、イレイザーさんとラーメン食べた帰りに助けた人も、実は私のファンだったな。

「説明ありがとう、緑谷くん。私より詳しいんじゃないかな?
 芦戸さんも水まんじゅう食べたことがあるんだね、私嬉しいです。上鳴くんはわらび餅派なのね? 私もあれ大好き。
 それから、可愛いって言われると照れるね。ありがとう、蛙水さん。麗日さんも、テレビで私を見かけたんだね? これを機に私のこと、覚えて帰ってね」

 もうちょっと雑談していたいけど、時間配分的に本題に移りたいな。

「――1年生の皆さんには、社会科の基礎。地理・歴史・公民を学んでもらうね。“個性”が当たり前になった社会だけど、そもそも“個性”の歴史とは? ヒーローを目指すにあたって覚えておくべき政治や経済、倫理って何だろう? ヒーローになった時に皆さんが困らないよう、この社会の仕組みや考えを分かりやすく教えていこうと思います」

 あ、生徒の一部が渋い顔してる。いやいや、そんな難しい話じゃないよ~。

「じゃあ、早速授業に入ろうかな。と言っても、今回は導入編」

 用意していたプリントを前の生徒に渡す。

「1枚取って後ろに回してね。足りないってところはない? ……うん、大丈夫だね。はい、今日の授業は『地図の見方を覚えよう』です!」

 あ、皆「え?」みたいな顔してる。疑問符が頭上に浮かんでそうな困惑っぷりだ。

「今更『地図の見方?』って感じだと思ってるだろうけど、意外に大事なんだよ。私がヒーローやってた時なんだけど――」

 立てこもり事件発生。近くにいるヒーローは至急向かわれたし。

 という緊急連絡があり、添付された地図を見ながら向かうことになったのだが。

「当時、ナビゲーション機能の精度が今ほどよくなかったから、全然事件現場に辿り着けなくて。しかも、地図の情報が最新じゃなかったの。地図上では何もないのに、現地では新しい道路ができていて、複雑に入り組んでいたっていうケースがあったんだよ」

 なんとか現場に到着したら、既に事件は解決していた。

「あとは、避難所に被災者を連れて行く時、地図と逆方向に向かったとか。……あー、これ先生がドジなだけじゃん、って思うかもだけど、実はデビューしたての新人が陥る、最も多いケースなんだよ。
 高校で学んだし、演習ではそんなミスしなかったから実際も大丈夫。そう思っていても、現場の空気に触れると、いつもできなくなったことができなくなる。
 そんな時は、やっぱり、学んだことの積み重ねが大事になってくる。という経験に基づき、皆にはまず、この地図の勉強から始めてもらいます!」

 おまけで地図記号の復習もつけてみた。皆、覚えてる? お寺とか工場とか、果樹園のマークとか?

「後の授業で、ヒーロー事務所を立ち上げた時に起きた怖ーい確定申告の話とかしてあげるね!」

「なにそれ!」
「そっち聞きたい!」

 ――そんな感じで、A組での授業は終了した。

 うん、まあ初日しては結構いい感じに生徒の心を掴めたのかな?

 頑張ったよ、ね? 私、よくやったよ! うん、自信持とう!