そういえばそんな人だった③
「あ、イレイザーさんお疲れ様です!」
「ああ。お疲れ」
職員室に戻るとイレイザーさんがいた。
「どうだった、授業」
「去年に比べたらよくできた方です。先にA組で授業だったんですけど、皆真面目に授業聞いてくれましたね。あと、楽しんでもらえたようなので。私の目標達成です。B組でも好評でした。私、大丈夫です!」
私は胸を張って答える。
「それに、イレイザーさんの言った通りでした」
「俺の?」
「はい。『言葉には力が宿る』。大丈夫、やれるって自分を励ましたら、いけました。案ずるより産むが易しってこんな感じなんですね。これからも頑張れそうです」
イレイザーさんは瞬きを繰り返した。
「……まだ新学期始まったばかりだろ。油断するなよ」
「はい! それはもちろんです!」
あ、そうそう。
「そういえば、イレイザーさんはマスコミとか大丈夫です? オールマイトさんが雄英の教師になってから、連日ずーっと校門前に張ってますよね。なんかインタビューされてませんでした?」
「ああ。まあ、どうってことはない」
なるほど。イレイザーさんは軽くあしらったそうです。
敵ヴィランみたいに危害を加えているわけでもないからね。ただちょっと鬱陶しいだけなんだよね。あっちも仕事だから仕方ない部分はあるんだろう。
「マスコミもそのうち諦めるだろ。インタビューに来ているだけだから、下手に追い返せないのがもどかしいところだ」
「そこなんですよね〜。しつこいけれど、ただそれだけだし……」
「校門を通ればあっちも追ってこないからな」
ちなみに、今のところそう大事おおごとになってないのは、学園関係者以外をシャットアウトするセキュリティーが働いているからだ。これのお陰でマスコミは学園内に入ることは叶わず、連日校門前で足止めを食らっているのだった。
「そういうお前は、マスコミに捕まらなかったのか」
「あ、そこはスライムになって茂みに入ったり水溜まりに擬態したりして逃げました」
「いいのかそれで」
「いいんですよそれで」
人型の時はインタビューされたけど、例のごとく(このヒーロー誰だっけ?)みたいな顔をされて少し切なかったので、スライムになってマスコミを突破したのだった。
「生徒たちには悪いけど、しばらく我慢してもらうしかなさそうですね」
イレイザーさんと私はしみじみうなずいたのだった。
「じゃあ私、お昼行ってきますね。イレイザーさんは――あ、いや何でも」
イレイザーさんはお昼をゼリー飲料で済ませてるんだから訊かなくても、
「俺も行こう」
「――え?」
「どうした?」
「いつもイレイザーさん、断るじゃないですか!? えっ、いつも飲んでるゼリー飲料なくなったんですか? 私買ってきましょうか?」
「何でそうなる」
「いや、だって、その」
断られると思ってたので……。私は少し驚きつつも、先に職員室を出たイレイザーさんを追った。
廊下には生徒が多かった。昼休みだからだろう。人の流れ的に、多分食堂へ行く子が多いようだ。
イレイザーさんに追いついた私は、そっと彼の横に並んだ。
「」
「はい?」
「お前、たまにあいつと食べているよな」
「あいつ……?」
誰だろうか。お昼をご一緒している方はたくさんいる。セメントスさんとか、13号さんとか、ミッドナイトさんとか。あ、そういえば恐れながらオールマイトさんとご一緒したこともあったっけ。「平和の象徴もご飯食べるんだなあ」とか変な感想を抱いたよね。同じ人間だからご飯は食べるのにね。
いや、そういうことじゃなくて。イレイザーさんがあいつと言うからには、もしかして――
「マイクさんのこと、ですか」
正解だったらしい。イレイザーさんはうなずいた。
「そういえば昨日、一緒に食べましたね」
マイクさんから人の心を掴む話し方ないかと訊いたりしたんだよね。あんまり参考にならなかったけれども……! でも、次から次へと色んな話題が出てくるのは、マイクさんならではだと思った。見習いたいよ。
「いつもマイクと食べるのか」
「いつもじゃないですよ。昨日はたまたまです。その前はミッドナイトさんと13号さん。その前はオールマイトさん。その前は――」
「いや、いい。分かった。何も全員の名前を挙げろと言ったわけじゃない」
もういいと手で制するイレイザーさん。
「あ、すみません……」
「いや、謝らなくていい。これは俺の気持ちの問題だった」
「は、はあ……」
イレイザーさん、何か思うところがあったのかな。
「つまり、言いたいのは――」
一瞬、間が合って、
「たまにはお前と昼を食べるのも悪くない。それだけだ」
その言葉で私は舞い上がってしまった。我ながらチョロいなとは思う。それでも、帰り以外で一緒にいられるのが、堪らなく嬉しい。
「私もです。イレイザーさんとお昼を一緒に食べたいって、ずっと前から思ってたんですから!」
にっこり笑うとイレイザーさんが目を逸した。だから、何で逸らすんですかね!?
「イレイザーさん?」
「いや、何でもない」
前は目が合うことが多かったのに、(仮で)付き合うようになってから目を逸らされるようになってしまった。それはそれでちょっと寂しいので、私を見ていてほしい。ずっと。
――って、何考えてるんだろ私。今のナシ! ナシナシ!
心の中でブンブン首を振り、私は改めてイレイザーさんの方を見る。
見てくれないなら、私が見ればいいじゃないか。目に焼き付ける勢いで。
まあ、見たら見たで「やっぱり好きだな……」という感想しか出てこなかったんだけどね。
結局この日、私はイレイザーさんとお昼を食べることは叶わなかった。
この後、全教師には緊急招集が掛けられ、何故か校内に押し寄せてきたマスコミの対応に追われたからだ。
粉々に破壊された門を見て、私たち教師陣は妙な胸騒ぎを感じていた。
ただのマスコミがこんなこと、できるわけがない。できるなら最初からやっているはずだ。
「邪な者が入り込んだか。もしくは宣戦布告の腹づもりか……」
校長先生の言葉に私は、気を引き締めなければ、と改めて思った。学園内で平和ボケしてちゃいけない、と。
それでも。数日後まさかあんなことが起きるとは、思わなかったのだけれど。