前兆①
「そろそろ何か、新しいことをやらないか」
とある朝。仮眠室に呼ばれた私は、イレイザーさんからこんな提案をされた。
「新しい、こと、ですか」
どういう意味なんだろうか。思わず単語ごとに区切ってしまったではないか……。
仮眠室の椅子にに向かい合って座る私たち。
これ、仮恋人になったあの日と同じ構図だなあ。
「もう一度言う。恋人として、新しいことをやらないか」
「えっ、朝イチ呼ばれたのってそんな用――いやあの何でもないです!」
ひぃっ! 睨まないで睨まないで! 何か私やらかしたのかなって思ってビクビクしながらついてきたんですよ!?
「恋愛感情検証として、一緒に帰ったり、飯を食ったり、メールをしてみたり……。これを2ヶ月くらいか? やってみて、どうだった」
「楽しかったです!」
「小学生の感想文か」
「自分で言っておいてなんですが、確かにそうですね。ハハハ」
誤魔化すように湯飲みのお茶を啜りましたとも。あ、緑茶美味しい……。
「おい。現実逃避をするな。楽しかったなら、それはそれでよかったが。何か最近、マンネリ化しているような気がしてな」
「あー。それは、確かに。なるほど。だからここで、新しいことですか」
私は、今のままでも全然いい。むしろ、これ以上ご褒美貰っていいの? って感じ。正直、イレイザーさんがここまで恋愛感情云々に真剣に向き合ってくれると思わなかったから。
……というか、そもそもの発端が「イレイザーさんが私に向ける感情は恋愛なのか否か」だからなあ。改めて考えるとすごいよね。私のこと、好きなのかどうかって、ことを……。
あ、待って。ヤバい。自覚したら恥ずかしくなってきた。自惚れそうになる。そうか、イレイザーさんって、もしかしたら私のこと、好きなのかもしれないのか!
元々、私はイレイザーさんが好きだ。
両想いだったら、それはそれで嬉しいけども。
イレイザーさんが抱く「それ」が、単なる後輩へのお節介とかだったら……。
「――?」
「はい!」
イレイザーさんが怪訝な顔をしていた。
「何考えてんだ」
「いっ、イレイザーさんのことを考えてました!」
「……」
いや何でそこで黙るんです!? そして何で目を逸らすんです!? 何で溜め息つくんです!?
「」
「へい……」
「これからやる、恋人としての新しいこと、決めた」
「早っ。何にしたんですか」
「ハグ」
「ハグ……」
んんんん?
「ハグ、ですか」
ハグ。
ハグって何だ。
スマホ。検索。
“ハグ (huggingあるいはhug)または抱擁(ほうよう)とは、腕で(誰かを)抱きしめること 。幼児語では「ぎゅう」とも”
なるほど。ウィキ○ディア先生ありがとうございます。
んーーーー?
「えっ!? イレイザーさんの口からハグって単語!? ミスマッチでびっくりしました!」
「お前さっきから俺のことおちょくってるな?」
「違います違います!」
イレイザーさんの声がいつもより低い! お、怒ってらっしゃる?
「いやあ、マイクさんが1日中喋らないくらい不自然なものでしたので……」
「それくらいかよ……」
「は、ハグしたいんですか」
「恋人同士はやるんだろ、ハグ」
イレイザーさんはお茶を啜った。
「俺たちは、身体的接触が少ないと思う」
「あー、まあ、そうかもしれないですね」
それならまずは、手を繋ぐところからじゃないのかな、なんて思うのですが。違うんですかね。
「手を繋ぐ、とかは」
「それは今日の帰りからやるとして」
「あ、やるつもりでしたか」
「ハグもやる」
やっぱりイレイザーさんの口からハグって単語が飛び足すのすごく違和感ある〜!
目の前のイレイザーさんはもしや偽者なのではと疑うレベル〜!
もうね。あのね、今の私、とてもテンション上がってる気がする。だって、イレイザーさんとハグって! ハグって!
私、一生分の運を使い果たしたんじゃないだろうかって。そのくらいの胸の高鳴りを感じるよ。
「お前は嫌なのか、俺とハグするのは」
「まさか! 恋愛感情検証なんですよ? 断るわけないじゃないですか!」
なんて建前を吐くけれど。ホントは、好きな人にくっつけるなんて幸せだなって思ってます!
「……そうだな。検証だからな」
イレイザーさんは一瞬だけ寂しそうな顔をしたけれど、すぐにいつもの感じに戻ってしまった。
「よし。じゃあ、来い」
「えっ!? 今ですか!?」
嘘でしょ。
「善は急げって言うだろ」
「ハグは善行なんだ……?」
知らなかったなあ?
「いやいや! 待って待って待って! いいんですか、イレイザーさん。私、緊張で“個性”発動してスライムになっちゃいますよ」
「俺が抹消するから安心しろ」
「安心ですかそれ? 言いだしっぺのイレイザーさんから来てくださいよ!」
「俺から行くのは――事案だろ」
「じあ――え?」
「セクハラだろ」
「セクハラ? 合意ですから大丈夫ですよ! というか女の私から行ってもセクハラでは?」
「合意だから大丈夫だろ」
台詞、そっくりそのまま返されてしまった。
私は立ち上がり両手を広げた。
「イレイザーさん! 来てくださいよ!」
「お前こそ来いよ」
イレイザーさんも両手を広げてハグ待機をしている。お互いじりじりと前進後退を繰り返す。なんかこれ、あれだね。カバディやってるみたい。それか、あれ。レッサーパンダの威嚇。前に動画で見たぞ。可愛いよねあれ。ぬいぐるみが一生懸命「怖いだろガオーッ」ってやってるっぽくてさ。
「……」
「……」
「……何、やってるんでしょうか」
「……本当だな」
私とイレイザーさんは互いに遠い目をしていた。あ、虚無を。虚無を抱えていらっしゃる。何故かどっと疲れが出てきましたね。
「ハグひとつに、どうしてこんなに手間をかけているんだろうな?」
「さあ?」
あ、チャイムが鳴った。時計を確認する。ホームルームの時間だ。
「イレイザーさん、ほら。チャイム鳴りました」
「ちっ」
「舌打ちしないでくださいよ! ハグは、ほら、まだ早かったんですよ」
何言ってんだ、私。ハグに早いも遅いもないよ。
「」
「何でしょ」
「今日、帰り。絶対ハグするからな」
「えぇぇぇ」
イレイザーさんの目はマジだった。
戦々恐々としつつ、イレイザーさんとは仮眠室で別れ(イレイザーさんはそのままA組へ向かった)、私は職員室へ足を向ける。
ハグ、ハグかあ。
今ハグされてたら私、気絶したな。嬉しさと恥ずかしさで。
でも、イレイザーさんから恋人らしいことを提案してくるなんて、珍しいな。何があったんだろ?
「明日は槍でも降ってくるんじゃ……」
ああ、この時の私は油断してた。平和ボケしてた。
数時間後、とんでもないことに巻き込まれるなんて、イレイザーさんがあんなことになるなんて、思いもしなかったんだ。
とある朝。仮眠室に呼ばれた私は、イレイザーさんからこんな提案をされた。
「新しい、こと、ですか」
どういう意味なんだろうか。思わず単語ごとに区切ってしまったではないか……。
仮眠室の椅子にに向かい合って座る私たち。
これ、仮恋人になったあの日と同じ構図だなあ。
「もう一度言う。恋人として、新しいことをやらないか」
「えっ、朝イチ呼ばれたのってそんな用――いやあの何でもないです!」
ひぃっ! 睨まないで睨まないで! 何か私やらかしたのかなって思ってビクビクしながらついてきたんですよ!?
「恋愛感情検証として、一緒に帰ったり、飯を食ったり、メールをしてみたり……。これを2ヶ月くらいか? やってみて、どうだった」
「楽しかったです!」
「小学生の感想文か」
「自分で言っておいてなんですが、確かにそうですね。ハハハ」
誤魔化すように湯飲みのお茶を啜りましたとも。あ、緑茶美味しい……。
「おい。現実逃避をするな。楽しかったなら、それはそれでよかったが。何か最近、マンネリ化しているような気がしてな」
「あー。それは、確かに。なるほど。だからここで、新しいことですか」
私は、今のままでも全然いい。むしろ、これ以上ご褒美貰っていいの? って感じ。正直、イレイザーさんがここまで恋愛感情云々に真剣に向き合ってくれると思わなかったから。
……というか、そもそもの発端が「イレイザーさんが私に向ける感情は恋愛なのか否か」だからなあ。改めて考えるとすごいよね。私のこと、好きなのかどうかって、ことを……。
あ、待って。ヤバい。自覚したら恥ずかしくなってきた。自惚れそうになる。そうか、イレイザーさんって、もしかしたら私のこと、好きなのかもしれないのか!
元々、私はイレイザーさんが好きだ。
両想いだったら、それはそれで嬉しいけども。
イレイザーさんが抱く「それ」が、単なる後輩へのお節介とかだったら……。
「――?」
「はい!」
イレイザーさんが怪訝な顔をしていた。
「何考えてんだ」
「いっ、イレイザーさんのことを考えてました!」
「……」
いや何でそこで黙るんです!? そして何で目を逸らすんです!? 何で溜め息つくんです!?
「」
「へい……」
「これからやる、恋人としての新しいこと、決めた」
「早っ。何にしたんですか」
「ハグ」
「ハグ……」
んんんん?
「ハグ、ですか」
ハグ。
ハグって何だ。
スマホ。検索。
“ハグ (huggingあるいはhug)または抱擁(ほうよう)とは、腕で(誰かを)抱きしめること 。幼児語では「ぎゅう」とも”
なるほど。ウィキ○ディア先生ありがとうございます。
んーーーー?
「えっ!? イレイザーさんの口からハグって単語!? ミスマッチでびっくりしました!」
「お前さっきから俺のことおちょくってるな?」
「違います違います!」
イレイザーさんの声がいつもより低い! お、怒ってらっしゃる?
「いやあ、マイクさんが1日中喋らないくらい不自然なものでしたので……」
「それくらいかよ……」
「は、ハグしたいんですか」
「恋人同士はやるんだろ、ハグ」
イレイザーさんはお茶を啜った。
「俺たちは、身体的接触が少ないと思う」
「あー、まあ、そうかもしれないですね」
それならまずは、手を繋ぐところからじゃないのかな、なんて思うのですが。違うんですかね。
「手を繋ぐ、とかは」
「それは今日の帰りからやるとして」
「あ、やるつもりでしたか」
「ハグもやる」
やっぱりイレイザーさんの口からハグって単語が飛び足すのすごく違和感ある〜!
目の前のイレイザーさんはもしや偽者なのではと疑うレベル〜!
もうね。あのね、今の私、とてもテンション上がってる気がする。だって、イレイザーさんとハグって! ハグって!
私、一生分の運を使い果たしたんじゃないだろうかって。そのくらいの胸の高鳴りを感じるよ。
「お前は嫌なのか、俺とハグするのは」
「まさか! 恋愛感情検証なんですよ? 断るわけないじゃないですか!」
なんて建前を吐くけれど。ホントは、好きな人にくっつけるなんて幸せだなって思ってます!
「……そうだな。検証だからな」
イレイザーさんは一瞬だけ寂しそうな顔をしたけれど、すぐにいつもの感じに戻ってしまった。
「よし。じゃあ、来い」
「えっ!? 今ですか!?」
嘘でしょ。
「善は急げって言うだろ」
「ハグは善行なんだ……?」
知らなかったなあ?
「いやいや! 待って待って待って! いいんですか、イレイザーさん。私、緊張で“個性”発動してスライムになっちゃいますよ」
「俺が抹消するから安心しろ」
「安心ですかそれ? 言いだしっぺのイレイザーさんから来てくださいよ!」
「俺から行くのは――事案だろ」
「じあ――え?」
「セクハラだろ」
「セクハラ? 合意ですから大丈夫ですよ! というか女の私から行ってもセクハラでは?」
「合意だから大丈夫だろ」
台詞、そっくりそのまま返されてしまった。
私は立ち上がり両手を広げた。
「イレイザーさん! 来てくださいよ!」
「お前こそ来いよ」
イレイザーさんも両手を広げてハグ待機をしている。お互いじりじりと前進後退を繰り返す。なんかこれ、あれだね。カバディやってるみたい。それか、あれ。レッサーパンダの威嚇。前に動画で見たぞ。可愛いよねあれ。ぬいぐるみが一生懸命「怖いだろガオーッ」ってやってるっぽくてさ。
「……」
「……」
「……何、やってるんでしょうか」
「……本当だな」
私とイレイザーさんは互いに遠い目をしていた。あ、虚無を。虚無を抱えていらっしゃる。何故かどっと疲れが出てきましたね。
「ハグひとつに、どうしてこんなに手間をかけているんだろうな?」
「さあ?」
あ、チャイムが鳴った。時計を確認する。ホームルームの時間だ。
「イレイザーさん、ほら。チャイム鳴りました」
「ちっ」
「舌打ちしないでくださいよ! ハグは、ほら、まだ早かったんですよ」
何言ってんだ、私。ハグに早いも遅いもないよ。
「」
「何でしょ」
「今日、帰り。絶対ハグするからな」
「えぇぇぇ」
イレイザーさんの目はマジだった。
戦々恐々としつつ、イレイザーさんとは仮眠室で別れ(イレイザーさんはそのままA組へ向かった)、私は職員室へ足を向ける。
ハグ、ハグかあ。
今ハグされてたら私、気絶したな。嬉しさと恥ずかしさで。
でも、イレイザーさんから恋人らしいことを提案してくるなんて、珍しいな。何があったんだろ?
「明日は槍でも降ってくるんじゃ……」
ああ、この時の私は油断してた。平和ボケしてた。
数時間後、とんでもないことに巻き込まれるなんて、イレイザーさんがあんなことになるなんて、思いもしなかったんだ。