後悔しないように、①
「13号に……、イレイザーヘッドですか……。おやそちらはでしたか? 先日頂いたカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが……」
黒い霧のような敵がそんなことを言う。
先日頂いたカリキュラムだって?
誰が、いつ、外部の人間――それも敵にカリキュラムを渡したんだろう?
「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」
イレイザーさんの言葉で、私はこの間のマスコミ侵入事件のことを思い出した。あの校門の破壊に一枚噛んでるのはこいつらなの?
「どこだよ……。せっかくこんなに大衆を引き連れてきたのにさ……」
ブツブツと呟くのは、不気味な敵だった。頭や顔、腕にいくつもの手をくっつけた男だ。……本当に不気味だ。口ぶりから察するに、どうやらオールマイトさんが目的のようだ。
「――子どもを殺せば来るのかな?」
その一言は、絶望的なほど悪意にまみれていた。
生徒たちはようやく、これが緊急事態だと把握したらしい。よりによってこの雄英に奇襲を仕掛けてくるなんてアホ過ぎる! なんて言葉が飛び交う中、ひとり冷静にこの奇襲を評価する男の子がいた。あの子は、エンデヴァーさんの息子さんの轟くんだ。
侵入者用センサーが反応しなかった点と、この演習場に現れた点について分析している。……彼の言う通りだ。きっとこの敵は用意周到に計画を立て、この演習場ど真ん中に姿を現したのだ。
一方、イレイザーさんは方々に的確な指示を飛ばしながら戦闘準備に入っていた。そうだ、援護を任されたんだ。私も戦闘準備。ヘルメットを被り直し、ヒーロースーツのベルトに装着しているペットボトルと銃を取り出す。
「先生は!? ひとりで戦うんですか!?」
緑谷くんがイレイザーさんの戦闘スタイルでは大勢の制圧は難しいのでは、と心配している。だけど、
「一芸だけじゃヒーローは務まらん」
イレイザーさんはクールにそれを一蹴した。
「それに、もいる」
私は静かにうなずいた。
イレイザーさんの届かない範囲は私がカバーする!
生徒たちを守る!
「13号! 任せたぞ。、行くぞ」
「はい! 13号さん、生徒たちをよろしくお願いします!」
捕縛布を操りながらイレイザーさんが階段を駆け下りる。
私は“個性”を発動させ、スライム状になった腕にペットボトルの水を吸収させた。銃を構えて私も階段を駆け下りる。
イレイザーさんは既に戦闘を開始していた。
次々襲いかかる敵を捕縛布と“個性”を駆使して制圧する。
相変わらず早い。判断も身のこなしも。
「くそ! おい、こっちのヒーローから潰せ!」
「イレイザーヘッドよりは大したことないはずだ」
敵の注意が私へ向いた。
敵が振りかぶった拳を避け、銃を構える。
この銃はただの銃じゃない。
傷つけるためのものではない。身動きを封じるものだ。
弾丸は私の“個性”で作ったスライム。
「甘く見てもらっちゃ困る!」
狙うは足元。よし当たった! ねちゃねちゃとした液体が敵の足全体に纏わりつく。
「何だこれは!」
「くそ、取れねえ!」
銃に装填したスライムを撃ったのだ。すぐに固まってカチカチになるよ。ほら、足裏が地面とくっついて離れなくなっているでしょ?
「力づくでは絶対取れません。そのまま大人しくしといてください!」
昔、発明科の同級生にお願いされて“個性”実験をしたけれど、パワー系の“個性”の人はまったく抜け出せなかったんだ。動物だってこの拘束からは逃れられない。
この“個性”の使い方は学生時代、高校入試のために編み出したものだった。銃はなくてもスライムを放つことはできるけど、それでは飛距離が足りない。当たりやすくするためにオーダーしたのが、このスライム銃なのである。つまり、私の専用武器。イレイザーさんにとっての捕縛布のようなものだ。
イレイザーさんの背後を突こうとした敵へ銃を撃つ。またひとり拘束した。
「そのまま援護、頼む」
「お任せください!」
イレイザーさんの“個性”の都合上、前には出られない。背後に周り、常に私が視界に入らないように注意する。今は乱戦だから片時もイレイザ―さんから目は離せない。
私に向かってくる敵の攻撃を避けて銃で応戦する。だが、“個性”でスピードを上げていたのかタックルされて地面に押し付けられた。
「!」
「力ではこっちが上だろ!」
腕がミシミシと悲鳴をあげ痛みが走る。だけど――。
「私、スライムだから。無駄」
“個性”を発動させ全身をスライムへ変える。不定形になった身体は敵の拘束を逃れた。そのまま“個性”を解除し、体術を駆使して敵を無力化させた。
よし。次を、
「初めまして。我々は敵連合」
はっと生徒たちの方を見る。ああ、あの黒い靄のような敵が! いつの間に!
13号さんがいるとはいえ、厄介そうな敵が生徒の方に移動してるなんて。嫌な予感がする。あっちへ向かうべき? いや、あの不気味な手の敵がこっちには残っていて――。
「! よそ見をするな!」
「っ、」
イレイザーさんの鋭い声が飛ぶ。
「しまっ――」
振り返る間もなく、私の視界は暗転した。
直前、かすかに見えたのは、イレイザーさんがこちらに手を伸ばす姿だった。