後悔しないように、③

 腕が痛い。ボロボロと崩れていく。あの死柄木という敵ヴィランの“個性”のせいか。

 呼吸をする度に痛い。心臓が動く度に痛い。まずい。これ、崩壊が止まらない……! 

 はっ、はっ、と浅い呼吸を繰り返していた私は、急に訪れた浮遊感へ対処ができなかった。

「オールマイトさん」

 オールマイトさんは、私とイレイザーさん、緑谷くんと蛙水さん、そして峰田くんを素早く担いで死柄木と脳無から遠ざけてくれた。

「皆、入口へ。相澤くんを頼んだ。意識がない。くんも入口へ向かってくれ」
「――戦い、ます」

 しかしオールマイトさんは首を横に振った。

「君には治療が必要だ。大丈夫。あとは私の出番だ!」

 大丈夫なもんか。今のあなたには全盛期ほどの力がないのに。

「怪我はいくらでもなんとか――」

 オールマイトさんの顔を見て口を噤む。この人は絶対譲らない。

「――はい、分かり、ました……」

 今は言い争う時間も惜しい。私は素直に従うしかなかった。

 緑谷くんと何か話して、オールマイトさんは脳無と戦い始めた。どちらもパワー系統。凄まじい攻撃の応酬が始まる。

 ああ、腕に激痛が走る。痛みで考えがまとまらない。これは、腕を犠牲にするしかない。全身まで崩れたら――考えたくもない。

先生、大丈夫? 歩けるかしら?」
「先生、腕が……」
「先生!」

 生徒に心配をかけてしまった。ああ、ヒーローとして、教師として、力不足だな。

「大丈夫」

 私はオールマイトさんほど安心させられない。「大丈夫」の言葉は頼りない。

 でも、だからこそ。
 笑え。
 心から、笑え。

「――大丈夫。君たち、イレイザーさんを担いでもらっていい? 先生今から腕、切り離すから力になれない」
「え? 切り離すって何!?」
「あ、大丈夫! グロいことにはならないからね峰田くん。ただ、ちょっとこれ、体力も気力もごっそり持っていかれるから、君たちを守ってあげられないや……」

 言うや否や、私は腕をスライム化させ――躊躇なく切り離した。

「うわぁー!?」
「あ、ごめん。急に目の前でやったら驚くよね!? ごめんね峰田くん!」

 切り離したスライムはボロボロと砂になって崩れ落ちていく。これで“個性”を解いたら、元の人の腕が生成されるのだ。

 腕の激痛は去ったけれど、体力と気力をごっそり持っていかれた。眩暈のようなものが起こり、フラフラとその場に倒れてしまいそうになる。

先生、私が支えるわ」
「あ、ありがとう……蛙水さん」

 腕をあのままにしていたら、命の危険があったと思う。だから、この判断は間違っちゃいない、はず。

「先生、腕、いいんですか?」
「うん。私の“個性”スライムは、水分があれば切り離しても再生可能なの。災害時も必要とあれば分身生み出すし……」

 緑谷くんの質問に私は素直に答える。

 分身は2人まで生み出せる。それで瓦礫撤去とか救助活動とかしてるんだよね。

分身程度なら鉛のように身体が重くならないのだけど、今回は「分身」ではなく「切除」。身体の再生に体力と気力を使うのだ。

 ちなみにスライム銃の弾は「切除」の分類だけど、小出しだし、こまめに水分補給しているから体力はそんなに減らないんだよね。

「――でも先生、心なしか私たちより幼くなってないかしら?」

 蛙水さんが大きな目をぱちぱちと瞬かせた。

「うん、デメリットだね。私の水分諸々を分けてるから、その分本体の私が若返るの。今は怪我していて体力もなかったから、腕の切り離しだけで子どもみたいになってるでしょ?」
「ええ、そうね。見た目、小学生くらいかしら」
「どうりで視界が低いと思った」

 元の姿のまま小人のように小さくなるんじゃなくて、子どものように若返るところが不思議だ。私の“個性”だけど、まだまだよく分からないところが多い。

 ちなみに気付いたのは雄英にいた頃。“個性”伸ばし訓練で新たに獲得したのだ。

 水分補給すれば元の大きさに戻るのかもしれないが、生憎それ用のペットボトルやら何やらは破損または紛失してしまっている。水難プールに飛び込む手もあるけど――今の私、それやると溺れるな……。

「さあ、皆。入口まで行こう」

 緑谷くんがイレイザーさんを担ぐ。……脈はある。呼吸もしてる。……早く、イレイザーさんを治療しなきゃ……。死なないで……。

 正直、私はオールマイトさんの助けにも入りたい。だけど、これでは足を引っ張ってしまう。

先生?」

 あ。ダメだ、これ。
 私、歩けない。

「ごめん、皆……」

 前、緑谷くんに「動けなくなるほどの怪我を負わないようにするのも大事だよ」って言っておきながら……。私、本当にダメだな……。

「先生!」
「しっかり!」
「せ、……んせ」
「――」

 目の前がぐらぐら揺れて、視界が暗転する。
 生徒たちの声が遠くなっていく。

 私は再び、気を失った。