後悔しないように、④
「お前、教師向いてないよ」
その言葉は、ナイフのように心に突き刺さった。
「そんなの、私が1番よく分かってます……」
私は力なく項垂れた。
イレイザーさんに言われなくても分かっている。私、きっと、ううん。絶対教師に向いてない。
「緊張して授業は散々だし、噛むし、生徒を叱ることもできないし……。ないないずくしの私が、誰かに何かを教えるなんて……」
無理だ。
その3文字をぐっと飲み込む。
――、大丈夫だ。お前はな、自分が思っているよりできる奴なんだよ。
――きっと、誰もが“個性”じゃない、何かしらの力を持っていて、それに自分で気付ける人が少ないだけなんだ。
――僕はね、お前を応援してるよ。言葉でしか残せないけど、僕はお前ならヒーローになれるって、信じてるよ。
ああ、うん。
そうだった。
病室で握った手を、私は忘れない。
やせ細って握力もなくなってしまった、あの手を忘れない。
お兄ちゃん。
私は守りたいのだ。
後悔したくないのだ。
「――私には、やりたいことがあります。私がヒーロー活動をしてきて学んだことを、これからヒーローになる生徒たちに伝えたい。守りたいものが守れるように、力をつけてあげたい。私みたいに、不安で、迷って、悩んでいる生徒たちの道標になりたい」
イレイザーさん、と私はまっすぐ彼を見る。
「教師に向いてるか向いてないかと言ったら、確かに私は向いてないのかもしれません。でも、そんなこと言う権利、イレイザーさんにはありません! 私、まだ教師になって3ヶ月も経ってません! 私を見ていてください! あなたの判断が間違ってるって、絶対証明してみせます!」
イレイザーさんは、ふっと鼻で笑った。
う、何ですかその反応……。いや、確かに「急に熱く語りだして何だコイツ」って感じなのかもしれないですけど……。
「ああ、見てるよ。口先だけじゃないこと、証明してみせろよ」
◆◇◆
白い天井が見えた。
ツンと鼻につく消毒液のにおい。
腕に繋がれた点滴。
「……びょ、ういん……?」
重い腕を動かして、私はナースコールを押した。
事情聴取に来た警部の人から私が気を失っている間のことを聞いた。
オールマイトさんの活躍によって脳無と呼ばれたあの敵ヴィランの捕獲に成功。その他、USJに散らばっていた大勢の敵はA組の生徒や、あとから応援にきた教師陣によって鎮圧された。
しかし、主犯格の死柄木弔と黒霧という男は取り逃してしまったらしい。
幸いなことに、教師と生徒ともに命に別状はないそうだ。
私の怪我は、全治2週間で済むらしい。水分と栄養をたっぷり摂れば、私の身体も徐々に大人へと戻っていく。今は高校生くらいの見た目だ。
「あのう……」
様子を見にきてくれた看護師さんに、私は話しかける。
「イレイザーさんと13号さんの病室って、どこなんでしょうか? 面会って、可能ですか?」
◆◇◆
「イレイザーさん」
イレイザーさんと面会できたのは、私が目覚めた次の日だった。
個室に入院しているイレイザーさんは、私の姿を確認するとベッドから身を起こした。
「あ、無理しないでください」
「いや、大丈夫だ」
顔面包帯でぐるぐる巻きになっているイレイザーさんだが、なんというか、ミイラ男のようになっている。それ以外はいつものイレイザーさんだ。口調も、態度も、いつも通り。
私は隅に置いてあったスツールをベッドの傍まで移動させ、腰掛けた。
「13号には会えたのか」
「はい。昨日、お互いの無事を確認して、当時の状況について情報共有してました。最終的にオールマイトさんに頼る形になってしまって……。私たちもっと頑張らないとね、って話してました……」
「そうか」
「それに、今回はイレイザーさんの活躍に依るところが大きくて……」
イレイザーさんは文字通り、身を挺して敵から生徒たちを守り通した。私たち教師の中で1番怪我が酷いんじゃないだろうか。
「あの、イレイザーさ、」
「医者の話だと両腕粉砕骨折、顔面骨折――眼窩底骨が粉々になっていたらしい」
淡々とイレイザーさんは自身の怪我について語る。
「眼窩――そんな、あの……」
イレイザーさんの“個性”発動条件は対象を「見る」ところにある。眼窩――つまり、目の部分の怪我が酷いってことは、今後、“個性”発動に何かしらの支障が出るかもしれない。
「……私、何もできませんでした」
ああ、こんな言葉を言いたいわけじゃないのに。
大怪我した人にかける言葉は、こんなんじゃないのに。
「生徒を庇うことしかできなかった。怪我して、動けなくなって、気を失って……。あとは何も……」
「いや……。お前はよくやったよ……。生徒たちに大きな怪我がなかったのも、脳無を捕縛したのも、俺たちがあの場で戦ったからだ。決め手はオールマイトだったかもしれないが、A組の生徒と、俺たち教師で、勝ち取った結果だ」
「……」
はい、と私は小さく返事をした。
大怪我しているイレイザーさんに気を遣わせてしまった。
私の悪いところだ。ネガティブモード、やめろ。
パシパシと頬を叩く。切り替えろ、私。
「イレイザーさん」
「うん?」
「私、もっと強くなりたいです……」
「そうか」
「守りたいものがたくさんあるから」
「ああ……そうだな」
涙が零れそうになり、慌てて上を向く。鼻がつんとしてきた。
ああ、気分切り替えたはずなのに。もう、本当にダメだな……。
「わ、私……、その……。ここからは、ヒーローの・じゃなくていち個人のとして聞いてほしいんですが」
「どうした」
ゴクリと唾を飲み込む。
「よかったです! イレイザーさんが――消太さんが、生きててよかった……!」
だって、あのとき、あんなに脳無に顔面を叩きつけられていたのに。生徒のために“個性”を使ったんだ。文字通り、身を挺して。
消太さん、私、あの一瞬思ったんです。
「し、死んじゃったら……、消太さんが死んじゃったら、どうしようって……。私、あの時ヒーローとして、生徒として、戦っていたはずなのに……。あなたがあんな目に遭っていて――あの一瞬、あなたを恋人に持つになってました」
だから、後悔した。
「――ハグでも何でもすればよかった。本当はしたかったのに……。あなたが好きなのに、変な遠慮して、この関係を崩したくなくて……。消極的な自分を呪いました……」
涙で視界が滲む。溢れないように、私は目尻を拭う。
私たちヒーローは、いつどうなるか分からない。一般市民よりも危ない仕事をしている。
いつか言おうとした言葉が、もう二度と相手に届くことはない。そんなことがこれから先、起きるかもしれない。
だからこそ、後悔はしたくない。
ネガティブになっていたけど、それももう終わり。これからは、やらなかった後悔より、やった後悔をしていこうと、そう思うんです!
「だから、その……。ええと……これからは、仮の恋人としても手を抜かないでいきます……」
「……つまり?」
「仮が取れるようにします。本当の恋人になれるようにします。今はお試し期間ですけど、その、お試し期間が終わったあと、消太さんが自信を持って『のことが好きだ』と言えるように!」
私はスツールから立ち上がった。
「見ていてください! 私から、目を離さないでいてくださいね! もっと強くなって、生徒を、あなたを守れるくらいに強くなって――それで――ええと、あなたを惚れさせてみせます!」
つまりは、受け身はやめます! という宣言である。
「――」
消太さんは微動だにしない。包帯しているから、彼が今どんな顔をしているのかが分からない。
お互い、じっと見つめあっていた。
病室は水を打ったように、しんと静まり返っている。
私は急に、この状況が恥ずかしくなってきた。
いや、そうだよね!? 急に「惚れさせてみせます」って言われても困るよね!?
消太さん、全然完治していないのに! 怪我の痛みで大変な時に!
「……あ……す、すみません」
しどろもどろになる。冷や汗が吹き出す。
独りよがりじゃん! あ、もう突っ走って恥ずかしい!
「その、ええと……」
い、いたたまれなくなってきた!
――に、逃げよっ!
私はスツールを元の場所に戻すと、そろりそろりと入口へ移動する。
「お、お邪魔しました!!」
私は逃げるように消太さんの病室から飛び出した。
後ろから呼び止める声がしたけど、無視だ無視! 顔から火が出るってこのことじゃん!
「あー、もう! もうちょっと思慮深くなってよ、私!」
次、どんな顔して消太さんに会えばいいんだ!?
とりあえず、平常心でいられるようにイメトレしておこう!