変化する私たち①
消太さんが退院した。
包帯ぐるぐる巻きでミイラ男みたいだった。捕縛布も包帯のようだから余計にそう見える。
とはいえ、それ以外はいつも通りの消太さんだった。早く包帯取れて全快してくれたらいいな。
さて、前回消太さんに「好きです」「惚れさせてみせます」と告白して逃げた私ですが。
「おい」
「さーて次の授業の準備しよー」
「、」
「お腹空いたなー。今日は何食べようかなー」
「おい、」
「あっ! そういえば生徒から相談があるとか言われてたな〜」
「いい加減にしろよ、」
消太さんを避けていたら、とうとうとっ捕まりました!
消太さんによって壁際に追い詰められてます! 壁ドン再び!
ねえここ廊下ですよ!? 放課後で生徒も先生も少ないですけど!? いつ誰が来るか分からないじゃないですか!?
「……で、お前。何で逃げるんだよ」
消太さんはものっすごく低い声で訊いてくる。包帯の隙間から微かに覗く目は、私を非難しているようだ。
「いやそんなことはないですよ?」
嘘です。そんなことある。
「明らかに避けているだろ」
「え? エー、ソウデシタカネー」
目が泳ぐ。冷や汗が出る。
「――、まさかと思うが俺に『好きだ』と告白して気まずいから避けているとかじゃないよな?」
「!」
何で分かるんですか!? いや、それしか理由ないもんね!? 当たり前か!
言い訳を必死に考えるが、何も思いつかない。というか誤魔化してどうするのかって話で。
「……どうしてやろうか、お前」
「ひぃぃぃ……」
地を這うようなそれにすくみ上がる。宿題忘れて叱られる生徒みたいな心境だ!
「…………ここだとあれだ。仮眠室」
くいっと親指を向こう側に向ける消太さん。はい、行きます。逃げません。
「はい、大人しく行きます……イレイザーさん」
消太さんは一瞬動きを止めたが、何も言わずに歩き出した。
警察に連行される敵ヴィランの心境ってこんな感じなのかな……。
◆◇◆
「お前、俺に何て言ったか覚えてるよな?」
「……はい」
「俺のことが好きだって?」
「……はい」
「惚れさせてみせるって?」
「うぅ……はいぃ……」
「そう宣言しときながら逃げ回るってどういうことだ。消極的な自分呪ったとか言ってただろ?」
「そ、そうですけどぉ〜!?」
仮眠室のソファの上で、私は縮こまっていた。肩身が狭い! 向かいに座る消太さんから逃げたい!
なんなんだろう、これ。何で説教されてるんだろう? こんなことある?
「は、恥ずかしくなりまして……。怪我人にいきなり何の告白かましてんのかと我に帰って、その……気まずくなりまして……」
「俺もいきなり何かましてんだ、と思わなくもなかったが」
「ですよね!?」
動揺のあまり腕がどろりとスライムに変化する。あ、“個性”が!
「いいか、」
消太さんが“個性”を発動する。スライムになりかけた腕は元の人間のものになる。
「お前が俺のことが好きだというなら、この関係に見直しが必要だ」
「……え」
見直し?
「どういう、ことですか?」
すると消太さんは溜め息をついた。
「どうもこうも……。俺はてっきり、お前は俺に恋愛感情を抱いてないだろうと思っていた」
「え」
「なあ、。そもそも俺は、お前に抱く気持ちが本当に『恋愛感情』なのか確かめるために仮恋人を持ちかけたんだ」
うん、そうでしたね。
「仮に『恋愛感情』ではなかったとしても、お互いに好意がなければ双方傷つかずに済むだろう? なのに、お前が俺に恋愛感情を持っているんだったら……、話は違う。お前、失恋することになるんだぞ」
消太さんは“個性”を解いていた。
それでも私をじっと見つめている。
「いいのか、。それで」
なんだ、そんなことか……。
「そんなの、もう、とっくに承知してます」
私はへにゃりと笑った。
消太さん。
なんというか、恋愛事になると、とてもとても非合理的なんですね。
でも、優しいですよ。私を傷つけたくなかったんですね。
そっか、私が消太さんのこと好きだと思わなかったから、誤算が生じたんですね。
「大抵の人は、仮恋人なんてまどろこしいことしないんです。『好きかも』『気になるかも』とか。『傍にいたい』『独り占めしたい』とか。色んな理由があるけれど、そんな予感に駆られて、気持ちに従って、告白して、恋人になったりするんです。非合理的なんです、多分。恋愛っていうのは。
それに、大抵の人は仮恋人を承諾しません。しかもそれが恋愛感情を確かめるためって……。何言ってんだって引かれるのがオチです。私がお受けしたのは、イレイザーさんが好きだからですよ」
大きく息を吸う。
「あなたが好きだから、仮の恋人でもいい。傍にいれたらいい。そう思ったんです」
確かに最初は傷つくのが怖かった。仮の恋人ならダメージも少ないかな、とか思ってたりして。
「でも、先日言ったじゃないですか。イレイザーさんを惚れさせてやるって。だから、傷つくとかそんな心配しなくて大丈夫です! 逃げたりしたけど……、うん、大丈夫です! 恋する女性は強いので! ましてやヒーローやってんです! 失恋で傷つくヤワな心してませんし!?」
何より、
「イレイザーさんは私を好きになってくれます! だから失恋するなんてないです! だから、この関係の見直しは必要ないです!」
消太さんはソファの背もたれに寄りかかって――はぁぁぁ、と深い溜め息をついた。
「――」
「はい?」
「いいのか。未だに俺は、分からないんだぞ」
「いいんですよ」
「ハグも嫌がってたのに?」
「あれは恥ずかしいからです。好きなので」
「……ハグ以上を望んだらどうするんだ」
「キス、とか?」
「ああ」
「思うんですけど、嫌いな人にはできなくないですか? 恥ずかしいけど、したいですよ。……イレイザーさんを惚れさせるチャンスですし!」
そこからポンポン質問が飛んでくる。私と消太さんは長いこと一問一答を繰り返して――。
「だから、『恋愛感情』なのか証明するための仮恋人ではなく、『に惚れるため』の仮恋人になってくれませんか」
「ああ……。逃げ回ってたお前がどう立ち回るか見物だけどな」
「そ! それは……、覚悟決めたので!」
うん、そんなわけで、私たちの関係は、多分一歩進んだ……のではないだろうか。
「期間を決めるか。来年の4月まで、でどうだ」
「了解です! それまでにイレイザーさんを落とします」
消太さんはふっと笑った。
「――」
「え、何ですか」
「いや、何でも」
小声で呟いたから、聞き取れなかった……。
「で、早速だが。訊きたいことがあるんだが」
「はいはい、何でしょうか」
消太さんがぐっと前のめりになる。
「お前はもう俺のこと、『消太さん』って呼んでくれないのか?」