初めましての日

 初めてに出会った日のことは、今でも鮮明に覚えている。

 というより、忘れたくても忘れられない。

 あの記憶の中のは、随分と――「ラブコメのヒロイン」であったし、俺は所謂「ラブコメの主人公」で、「ラッキースケベ」というものを体験したのだろう。


◆◇◆


 約1年前。

「今日来るはずの教師がまだ来てないのさ! 連絡は5分前で途切れていて、まだ返事が返ってこないんだ」

 根津校長曰く、その新人はとても緊張に弱い。赴任初日にプレッシャーを感じて“個性”を発動させた可能性があるという。
 どこかでスライムを見つけたら、保護して連れてきてほしいと言われた。

「もしスライム化しているなら、相澤くんの“個性”で助けてほしいのさ」
「まあ、校内の見回りのついでだからいいですけど……」

 とはいえ、だ。曲がりなりにもプロヒーローなのだから、新人がやるようなミスをするなと言いたい。
 緊張しやすいのならば、いくらでも対処のしようがある。まったく、合理性に欠ける新人教師だ。

「ヒーローむいていないんじゃないですか」
「まあまあ。頼むよ!」

 俺と、その他数人の教師が校内の見回りがてら新人捜しに駆り出されたわけだが……。



「……あれか」

 捜索から10分も経たないうちに、例の新人を見つけた。

 校舎からそう遠くない、木が植わっている所に鞄やら靴やら服やらが散らばっていた。事件かと思ったものの、セキュリティーがしっかりしている雄英だ。部外者はそうそう侵入できない。そもそも、プロヒーローが滞在しているこの学校で、騒ぎを起こそうとする命知らずな馬鹿はそうそういないはずだ。

 これらは新人の物か? どうしてこんなことになっているんだ? 疑問は膨らむが、答えは見つかりそうにない。

 恐らく新人の持ち物と思われるそれは、茂みの手前で途切れていた。

か?」

 茂みを掻き分ける。

 そこにいたのは――、まるで水まんじゅうのようにぷるぷると透き通ったスライムだった。

『そうです。雄英の方でしょうか』

 スライムが喋った。さすがの俺も少し面食らう。こう例えるのも何だが、ゲーム画面の向こうでよく見るような「例の姿」をしたスライムが、俺と同じ言語を話すというのは不思議な気持ちになる。まあ、元は人間だから当たり前なのだが……。マイクあたりがいたら、もっと騒ぐんだろうな。

「ああ。“個性”のことは校長から聞いている。すぐ戻れるか」
『すみません。まだ緊張していて、上手く人型に戻れなくて……』

 俺は溜め息をついた。正直、この新人の印象はよくない。

「俺の“個性”でスライム化を解いて校長室まで案内してやる。いいな?」

 こういうことはさっさと終わらせたい。時間が無駄に消費される。

『“個性”で? そんなことができるんですか』
「ああ。抹消でお前の“個性”を一時的に消す」
『抹消! じゃあ、あなたがイレイザーヘッドなんですね』

 そういえば名乗ってなかったか。いや、どうでもいいか。あとで自己紹介の時間があるはずだ。校長ならきっとそういう時間を設ける。

「時間が惜しい。さっさと済ませるぞ」
『え!? ちょっと待って!』

 “個性”を発動させた瞬間、事件は起きた。

「!」
「わ、わあああああああああああああああああっ!? 見ないで!! 見ないでくださあああああい!!!!!!!!」

 俺はすぐに目を覆った。

「悪かった……」
『あわわわわわわああああっ!? あ、もう、ごめんなさい! お目汚しすみませんんんんんっ!!』

 は涙声だった。

 彼女は全裸だった。

 女性的な身体つきではあるが、よく鍛えられていた。

 真正面だったので、色々見えた。

 目に焼き付いて離れない。
 忘れてやりたいが、当分無理だ。

 今まで様々な経験をしてきた。凶悪な“敵”に立ち向かってきた、死線だって越えてきた。いや、でもさすがにこれは想定外だろ……。

「……何で服を着ていないんだ……」

 動揺を悟られないようにする。落ち着け、落ち着け。故意ではない。たかが異性の裸に動揺してどうする。思春期の学生ガキじゃあるまいし。

『スライム化すると服が脱げてしまうんです……』

 俺は服が散らばっていたことを思い出した。

『コスチュームは私の細胞でできた特別製で、全裸になることはないんです、普段は』
「何で今日それで来なかった」
『機能の改良申請をしていたんです。コスチュームは雄英に送ってもらって、そこで受け取る予定だったんです……』

 俺は再び溜め息をついて、目を覆うのをやめた。
 相変わらず、目の前にはスライムがいる。
 ぷるぷる、ぷるぷる。ゼリーのような弾力で小刻みに震える。
 ……泣いているのか、あれは。

「分かった。服を回収して、お前をスライムのまま校長室まで連れて行く。それでいいか?」
『お、お願いします……』

 しおらしい返事がきたところで、俺はスマホを取り出す。ここは女性陣に来てもらった方がいい。ミッドナイトを呼び出すことにする。

「手のかかる新米教師が来たな……」

 まさかこの後、「その“個性”でフォローしてくれかな、相澤くん!」との教育係になるとは思ってもみなかったが。