初めてのメール
『です、イレイザーさん。今日もお疲れ様でした! 明日もよろしくお願いします!』
ケータイから鳴った、耳慣れない着信音。それがメールの通知音だと気付くのに数分を要した。普段、あまり使わないからな。そうか、こんな音だったか。
届いたメールはからのもの。実にあいつらしい文面だ。ふっと笑みが零れる。
「たった一文なのに、不思議だな」
気持ちが休まるというか、癒やされるというか。
これが恋人からのメール、か。
なるほど、悪くない。
椅子に座って数分、そのメールを眺めていた。
ああ、そうだ。から貰った、記念すべき最初の一通だ。消さないようにしなければ。……どうやるんだ? 保護機能を使えばいいのか? それとも、新しいファイルを作って移動させればいいのか……。
「いや、先に返信するべきか」
これが以外の人間ならば、返信はせずに放置か「了解」くらいの一言で終わるのだが。返信しなかったらしなかったで、は落ち込むかもしれない。しゅんと肩を落とす姿を想像すると笑いがこみ上げてくる。
可愛い。
俺は片頬を叩いた。
この気持ちはあれだ。2月の一般入試の時に抱いたものと同じだ。
――何か言ってくださいよう!?
――……筋肉ないな、お前。
――そこですか!? えー。これでも一応毎日、筋トレとかしてるんですよ。
――鍛えているようには見えないな。
――そんなことありません。私、脱ぐとすごいんですからね!
そうやって力こぶを見せつけてきたが、あれは……。
可愛い。
俺は再び頬を叩いた。何だどうした、俺。
可愛かった。それは間違いない。ただ、それを無防備に俺の前でやるのはいただけない。
というか、他の奴の前でもあんな感じで接しているのか?
そう思うと、少し意地悪をしてやりたくなって、との距離を縮めたが……。俺は、どうしたかったのだろうか。
戸惑いつつ、目を逸らさなかった。
ああ、あの瞬間も可愛かった。
パアン!!
今度は両頬を叩いた。痛い。何をしているんだ、のことになると変だ、色々。
気を取り直して、メールを打つ。
ともかくだ。は俺の提案に乗ってくれた。律儀にも、恋人らしいあれやこれやを実践してくれている。ならば、俺も少しはそれに応えなければ。
に抱いているのは恋愛感情か、否かを。
「……『お疲れ。また明日』これでいいか」
たったこれだけの文章を考えるのに1時間もかかってしまった。
……おかしいだろ。
まったく、合理的ではない。
時間は有限だ。日頃から生徒に指導しているにも関わらず、俺ができていないとは。
これも恋愛感情を抱いたことによる弊害なのだろうか。いや、しかし案外悪くないと思うのは何故だろうか。
の一挙一動から目が離せない。いや、何かミスをやらかすのではないかと心配にはなるのだが、またそれとは違うような。
言葉で言い表せないこの気持ちが「恋愛感情」なのかどうか。
これを検証するには、その対象であるの協力が必須だろう。
「……案外、悪くないかもしれないな。恋人ってやつも」
そうしてすぐに、自分らしくない台詞に苦笑を浮かべた。