聞き間違いじゃない

「チッ、あいつマジで帰りやがった……!」

 俺は病室の天井を睨んだ。ほとんど治ったとはいえ、無理に動くわけにはいかない。明日は学校に復帰するのだ、悪化を招くのは合理的ではない。

「あいつ、さっき好きって言ったよな……?」

 しかも、「あなたを惚れさせてみせます!」とも言ってたよな? 聞き間違いじゃないんだよな?

「……」

 にこう言われると悪い気はしない。
 だが、

「何を根拠に判断したんだ、

 恋は分からない。人を好きになるとはどういったものなのか、分からない。

 波長が合うとか、馬が合うとか。あるいは仕事相手として、友人として好ましいとか。そういったものなら分かるのだ。

 だが、それが恋愛になると途端に分からなくなる。
 学生時代を振り返ってみるが、俺にそんな浮ついた話はなかったのだ。

 のことは好ましいと思う。1年前よりはあいつも成長したし、自分なりの「教育論」というやつができ上がってきたのだろう。生徒と向き合うあいつは自信がついてきているように思う。あとは、あの緊張癖、もといあがり症を克服するだけだな。

 あいつから目を離したくない。
 昔は心配だったから。
 今は夢中だから。

 ああ、そうだ。俺は、あいつを傷付けたくないんだ。
 恋が分からない以上、間違えたくないんだ。

 お前に「好きだ」と告げて、やはりそれが間違いだったら?
 お前の悲しむ顔を見たくない。

 俺のこの気持ちが本当に恋なのか。
 それを確かめたいから、に「仮恋人」として付き合ってもらっていたが……。

「俺のことが好き、だと?」

 改めてこの言葉を反芻する。

 予想外だ。ああ、悪い気はしない。これは本当だ。
 だが、が俺に好意を寄せているなんて、全く夢にも思わなかった。

 俺は――あいつの気持ちを利用しているだけなのではないか?

「……まずは退院して、あいつと話し合うしかないな」

 この関係に、まずは見直しが必要だ。

 これから体育祭もある。忙しくなるのは目に見えているから、早いうちにあいつと話す機会を設けようじゃないか。


***


 退院して3日程が経った頃、

「……で、お前。何で逃げるんだよ」
「いやそんなことはないですよ?」

 俺はを壁際に追い詰めていた。

「明らかに避けているだろ」
「え? エー、ソウデシタカネー」

 目を泳がせるに、俺は少し苛立ちを覚える。

「――、まさかと思うが俺に『好きだ』と告白して気まずいから避けているとかじゃないよな?」
「!」

 が「何で分かるんですか!?」と言わんばかりに目を丸くした。

 俺は脱力した。

 ああ、そんなことだろうと思ったよ。

「……どうしてやろうか、お前」

 ひぃぃぃ……とが小さく呻いた。