
これはデートだから、④
小腹を満たしあと、オレたちは電車に乗り、スカイツリーに到着した。
スカイツリーは、高さ634メートルもある、世界で1番高い電波塔らしい。下から見上げたツリーは首が痛くなるほど高かった。
そういえば夜間飛行をしたとき光り輝くタワーが2つほどあったが、そのうちのひとつがこのスカイツリーだったのだろう。
「ガラルにもあるんだぜ。ローズタワーっていう高いタワーが」
「あー。そういえばゲームマップで見たかも。シュートシティにあるんだよね」
「ローズタワーは300メートルだったが、スカイツリーはその倍もあってすごいよな。どうやって建てたんだ? こっちにはポケモンがいないだろ?」
「……私も詳しくは知らないかも。あ、でもそういう説明があるのがこの場所だからね」
スカイツリーの1階団体フロアには、スカイツリーの構造や建設当時の写真、そして最頂部にある避雷針の実寸大が展示されていた。
「へえ、ただ高いだけじゃないんだな。あ。、タワークレーンなんてあるらしいぜ。そうか、これでツリーを建設するのか」
「え、クレーンって解体できるんだ……?」
展示を見た後は、エレベーターで展望台へ向かう。外から見たらすり鉢型に出っ張っているあの部分だ。
エレベーターは約50秒で350メートルに到達するらしい。エレベーターの扉の上に取り付けられたモニターには、オレたちが今どの地点にいるのかが映し出されていた。みるみるうちに数字が増えていく。分速600メートルで頂上に行くのか。なんだかワクワクするぜ。リザードンとどっちが速いだろう? いや、本気を出したアーマーガアの方が速いのか? あとで調べてみたい。
ちなみにローズタワーのエレベーターはポケモンバトルができるくらい広くて頑丈だ。高さや速さでは負けてしまうが、バトルができる上に頂上ではダイマックスできる点は勝っているんだぜ。
「ダンデ、着いたよ」
「本当に早いな。1分もかからない」
エレベーターの扉が開く。「こちら東京スカイツリー天望デッキフロア350でございます。どうぞ、右手にお回りくださいませ」とガイドの声に従い、オレたちは天望デッキに足を踏み入れた。
東京のシンボルというだけあって、天望デッキはたくさんの人で混みあっていた。ほとんどが窓の前で立ち止まり、向こうの景色に釘付けになっている。
「360度、全部窓ガラスなのか」
「うん。たまに窓の清掃してる様子が見られるらしいよ」
ちょうど前方のスペースが空いたので、オレたちも外の景色を眺めることにする。
「ああ、いいな。いい景色だ」
「今日、晴れててよかったね」
澄み渡る青空の下、たくさんのビルがひしめき合って建っている。ビルや建物を挟まれているあれは、川か? 道路には車が走っている。まるで巨人になって、街を見下ろしているかのようだ。
「まるでミニチュア模型みたい」
が感動したように呟いた。
「あの向こう、東京ドームかな? あ、すご、すごーい! ねぇ、ダンデ!」
がはしゃいでいる。オレの腕を引っ張って「ほらほら!」と窓の向こうを指差す。
が楽しいと、オレも楽しい。デートって悪くないな、と思う。
それにしても……。
ガラルにいたとき、オレは、ローズタワーに登って景色を楽しんだことはあっただろうか。いつも急いでいた気がする。チャンピオンとしてやることがたくさんあったからだ。
あちらに戻ったら、ローズタワーにも行ってみよう。景色を見る時間くらい、作れるさ。
オレはと手を繋ぎ直し、様々な場所から東京の景色を堪能した。今日は本当に天気がいい。青空が目に沁みるくらい眩しい。どんなに適当に写真を撮ってもベストショットになりそうだ。
「あ、東京タワー見えるよ」
「どれだ?」
あれだよ、とはタワーを指差した。オレはよく目を凝らし、遠くにポツンと建っている、赤と白のタワーを眺める。
そうか。あれが、東京タワーなのか。
「東京タワーはね、このスカイツリーができる前、日本で一番高い電波塔だったんだ」
そうだ。夜間飛行で見かけた、もうひとつの高いタワーがあれだ。
赤が好きだから、スカイツリーよりずっと熱心に見ていた。
「なるほど。スカイツリーに役目を譲ったわけだな」
「そういうことになるね」
スカイツリーができる前は、東京のシンボルだったらしい。観光客もたくさん訪れていたそうだ。
「まるで見守っているみたいだな」
「ちょうどスカイツリーと向き合って建ってるよね」
オレは――、オレは東京タワーに、歴代のチャンピオンや師匠、ローズ委員長を重ねた。
皆、オレを見守ってきてくれた人たちだ。
彼らが東京タワーなら、オレはスカイツリーなんだろうか。
大勢の人たちに囲まれ、慕われ、称えられ、新たなシンボルとなったスカイツリー。
いつかオレより高いツリーができあがり、オレも見守る立場になるのかもしれない。
その「いつか」がいつになるかは分からないが。
「前よりは注目されることも少なくなったのかもしれない。けど、皆の心の中にはちゃんとあるんだよね」
「そうだな」
の言葉にうなずく。
「そうだと、いいよな」
こちらに来て、オレは「ただのダンデ」になった。
家事をするようになった。
ゆっくりご飯を食べるようになった。
好きなもの、苦手なものを思い出した。
友情の尊さを知った。
家族を想う気持ちを知った。
やきもちを知った。
――キミを、好きになった。
明日になれば、その日々は終わる。
オレは「チャンピオンのダンデ」になる。
今度、いつ「ただのダンデ」になるだろうか。
オレはバトルに手を抜かない。
ホップのライバルとして旅立ったあの子――マサルくんと、オレはバトルする。
最後の壁として。
チャンピオンが全力で相手をしよう。
玉座は簡単に明け渡さない。
なあ、。
キミの隣にいるとき、オレは「ただのダンデ」になるみたいだ。
まだ、キミを連れていけない。キミのいないガラルでは、オレは多分、常に「チャンピオンのダンデ」でいるんだろう。
もしかしたら、家族や幼馴染みの前では「ただのダンデ」になるのかもしれない。
でも、キミと過ごした「ただのダンデ」とは、しばらくお別れだ。
「今日、キミとデートができて、本当によかった」
この思い出を抱いて、あちらに帰る。
キミを迎えに行くまで。
宝物にする。
オレだけの、輝く人。
***
帰ってきたのは夜の9時過ぎだった。
久しぶりにたくさん歩いた。特にふくらはぎの辺りが疲れてる気がする。これは明日筋肉痛かもしれない。
ダンデは疲れた様子もなく、テキパキとお風呂の準備をしている。さすが、リングフィットを買ってから毎日欠かさず運動しているだけある。私も見習おう……。
「準備できたら先に入ってくるといいぜ」
「うん。いつも一番風呂譲ってくれてありがとう」
ダンデはリザードンの手入れをするらしい。牙や爪を磨いて、翼に異常がないか確認するのだそうだ。
今更だけど、リザードンが怪我や病気に罹らなくてよかったと思う。ダンデが風邪をひいたとき、保険証がないから診察料は全額負担になったけど、人間だから病院に行くことで解決できた。でも、リザードンはポケモンだ。こっちの世界では未知の生き物。動物病院に診せることもできない。本当、何もなくてよかったよ。
「ふう。つっつかれたあ……」
湯舟に浸かり、ほうっと溜め息をつく。
今日のデート、楽しかったなー。 浅草には何回か遊びに行ってるけど、デートってだけで見えてくる景色が違った。世界が輝いているみたいだった。
世の恋人たちは、デートの度にあんな楽しい思いをしているのだろうか。あんなときめき、乙女ゲームでしか味わったことがなかったから、新鮮だった。
でも、ちょっと困ったこともあった。実は手を繋いでる間、ずっとドキドキしていたんだよね。ダンデの顔をまともに見れなくて、視線彷徨わせちゃったな。
そういえば、こんなこともあった。ダンデの横顔を眺めていたら、ふいにこっち見て「楽しいな」って笑うものだから、なんかもうキャパオーバーで「無理ぃ……」って呟いちゃったよね。ダンデが「大丈夫か」って覗き込むからそれが追い打ちになった。私、ダンデ耐性がダメダメだった。紙だったよ紙。
「はあ……。そして人前でキスするし。なんなの……」
実はダンデ、スカイツリーの天望デッキで、帰り際にキスしたのだ! まさに顔から火が出るってやつだった。 心臓がいくつあっても足りない。
何が「景色を見ているから、皆こっちなんて気にしてないぜ」なのか。小さい子が親に「ちゅーしてた」って私たち指差してたんだよ? 見てる子いたよ! 人前でイチャイチャするのは自重したいタイプなの、私は!
あれかな。喫茶店で笑ったこと根に持ってるのかな。抹茶飲んでしわしわになってるの面白かったんだから仕方なくない……?
「……。信じられない。ダンデ、帰っちゃうんだな……」
私、迎えに来てよって言ったけど……。絶対に来てくれるかな?
不安という感情に支配されかけ、慌ててお湯を顔にかけた。
ダンデなら絶対に成し遂げる。
信じよう。
それに、浅草寺で引いたおみくじには「時後れて必ず来る」と書いてあったじゃないか。
どのくらい時間がかかるか分からないけれど、ダンデは必ず来てくれる。それを裏付けてくれるかのような文面だった。
「そうだよ。絶対に、来てくれる」
嬉しいことに、ダンデのおみくじには「来る。驚く事あり」と書かれていた。「驚くこと」が何かは分からない。でも、それが私のことだったらいいと思う。
ううん。絶対に、私のこと。
私は、絶対に、ダンデと再会できる。
願い事が、叶うように。
約束が、果たされるように。
私はぎゅっと目を瞑って手を合わせ、もう一度お願いするのだった。