
これはデートだから、⑤
***
お風呂を済ませたあとはテレビを見たり、リザードンを撫でたり、ダンデとお喋りしたり、いつもと同じようなことをして過ごした。
「あ、もうこんな時間だね」
バラエティー番組が終わりCMに切り替わった。
「そろそろ寝よっか」
ダンデはソファベッドを使っているので、私が退かないと寝られない。
立ち上がろうとしたら、
「、待ってくれ!」
ダンデに腕を掴まれた。心拍数が跳ね上がる。
「な、なに!? ダンデ!?」
ちょっと声が裏返ってしまう。口の中がカラカラだ。今日の私、必要以上にダンデを意識してしまっている。
「あー。その」
ダンデは一瞬目を伏せた。
「一緒に寝ないか」
イッショニネナイカ?
「えっ」
日本語?
「――あ、ごめん。もう一回言って?」
ダンデがゴクリと唾を飲み込んだ。喉仏が上下に動く。
「もしよかったら、今日は、一緒に、寝ないか?」
「イッショニ、ネル」
「キミを抱いて寝たいんだが」
「ダイテネル? ああ、抱いて――だ、えええええっ!?」
頭から湯気が出ているんじゃなかろうか。逃げ出したくなったが、ダンデに腕を掴まれているのでそれも叶わない。
「だ、抱くぅ!? 確かに最後の夜だし気持ちも分かるけどさすがにまだそういうのは早いというかでもダンデがどうしてもというならやぶさかではないっていうか」
「大丈夫か? やはり抱きしめて寝るっていうのは無理だよな? キミを潰してしまうかもしれないし……」
「……あ」
あー。
抱くって、そういう……。
……だよね? ダンデだもんね?
私の10倍は純粋だもんね?
「ごめんなさい。私が穢れていました……」
「急にどうしたんだ? 大丈夫か?」
「大丈夫! 大丈夫です!」
ダンデが困惑している。
あー、もう下心を微塵も感じないこのピュアさ。今つけている下着が上下揃ってたか焦った私を誰か殴ってください。経験もないっていうのに……。これじゃあ耳年増じゃないか!
「」
心の中でパニックになる私の手を、ダンデが握る。
「最後の夜だから、少しでも長く隣にいたい」
微かに首を傾げて「ダメか?」 なんて訊かれたら、ダメって言えないよ。
胸の奥が甘く疼く。抱きしめて寝たいなんて、可愛すぎる。ダンデ、本当に成人してる? 幼女とかじゃないの?
「ダメじゃない。ダメじゃ、ないよ」
私はダンデの手に自分の手を重ねた。
「一緒に、寝よう?」
そして、リザードンと、眠り繭状態のジラーチへ声をかける。
「また明日ね。おやすみなさい」
「明日もよろしくな。リザードン、ジラーチ、おやすみ」
「ぎゅあ」
私はダンデを寝室に招いた。
「ここに入るのは、こちらに来たあの日以来だな」
ダンデがきょろきょろと部屋を見渡す。
「懐かしいね。朝起きたら、ダンデがすぐ隣にいて驚いたよ」
「オレも驚いた。キミが叫んで、物を投げてきて」
「うっ。申し訳ない。あのときはごめんね」
「いや、しょうがないさ。当然の行動だと思うぜ」
「……」
「……」
沈黙が訪れる。お互い見つめ合ったまま、次の言葉を探している。
ここからどうしたらいいんだろう。いや、横になればいいのは分かるんだけどさ。ダンデの前でベッドに入るの、なんか、こう、は、恥ずかしい……。
いや、その、――するわけでもないし、ね? うん。抱き合って寝るだけ。やましくない。いやらしくない。
「あ、えと。私、壁際でもいい?」
「も、もちろんだぜ!!」
ダンデの声量がいつもより大きかった。向こうも緊張しているのかもしれない。
「じゃあ、うん」
私は恥ずかしさを押し殺してベッドに横たわる。そして、ぽんぽんと隣を叩いた。
「隣、来て」
「……、あ、ああ」
一瞬、ダンデが息を飲んだ(ように見えた)。
「ダンデ?」
「ん? いや、なんでもないぜ。そうだ、電気消そうか」
「うん。お願い」
寝室に暗闇が訪れる。ダンデはそっとベッドに入ってきて、私と向かい合わせに寝転がった。
ベッドはちょっと狭かった。当たり前だ。シングルベッドなんだから。
「ダンデ、狭くない?」
「こそ窮屈じゃないか?」
「正直、窮屈かも」
でも、と私はダンデの腕に触れた。
「いいの。ダンデだから。好きだから、もっとくっついておきたいの」
「そう、か」
ダンデが微かに目を見開いた。
「……オレも、もう少し、キミとくっつきたい」
「抱いて寝たいって言ったもんね」
「好きだからな、キミのこと」
紅茶に角砂糖を10個くらい溶かしこんだくらい、甘い響きだった。
「好き?」
「大好きだ」
「……大好きだよ、私も」
綺麗で力強い瞳が、私だけを見つめている。私だけを、彼の世界に映してくれている。
「おいで、」
その声は、微かな熱を孕んでいた。
「うん」
私は素直にうなずき、ダンデに抱きついた。お風呂上がりなのを差し引いても、やっぱり体温が高い。胸に顔を埋め、息を大きく吸い込む。ボディソープの香りに混じって、微かにダンデの匂いがした。
「はあ……。好き」
「あ、あまり嗅がないでくれ」
「好きだから嗅ぎたくなるんだよね。私、匂いフェチじゃないんだけどなあ……」
「仕返しにオレも嗅くぞ?」
「あ、ごめん。それはやめよう」
慌てて顔を離した。反省した。やっていいのはやられる覚悟がある奴だけだって言葉、真理かもしれないね。
ダンデは笑いを堪えるように唇を噛み締めていた。
「キミの温もりを感じるのも、今日が最後なのか……」
「信じられないね」
「まったくだ」
ダンデは私の前髪をそっと払うと、おでこにキスをした。
「!」
唇が触れたところが、じんわり熱を持つ。
「ダ、ダンデ」
「はは。キミの体温、少し、高くなったな」
今度は頬にキスされる。
「ちょ、」
「ああ。ここも忘れていた」
今度は耳に。
「ここも」
今度は首筋に。
「ここも」
今度は手に。腕に。頭に……。
ダンデからのキスが止まらない。
「や、ダンデ……、は、恥ずかし……」
心臓が爆発してしまいそうだ。発火するんしゃないかってくらい顔も熱い。逃げようと身を捩っても無理だった。ダンデが私を離すつもりがないから。
「や、やめよう? もう、いいってば……」
「やめる? 本当に、やめていいのか?」
ダンデが耳元で囁いた。
「ん、くすぐったい……」
「」
ダンデの体温が声にも篭っている。
熱くて、強くて、優しい熱。
欲が金色の瞳に溶けて、私を捕まえる。
「ダンデ」
本当は、やめてほしくない。
まだ、肝心なところ、キスしてない。
人前が嫌なのであって、ダンデとキスするのは、好きなのだ。
「ねぇ、ダンデ」
私は――私は、ダンデの右手を掴んで、私の唇に近付けた。
ダンデの体温が私にも移って、熱に浮かされたみたいに、理性が溶け出す。
「ねぇ……、ここ。ここには、……し、してくれないの……?」
ダンデはここを避けていた。わざとなのかもしれない。
今日のダンデはちょっと意地悪だと思う。
「キス、して?」
途端、ダンデの瞳がギラリと光った。
ぐうぅ、とダンデの喉が鳴る。
まるで獣みたいだ。
――あれ。私、これ、大丈夫、なの?
ピュア? 誰が? ダンデだからって、私、油断して……?
「」
「ダン、」
待っての言葉は、ダンデに飲みこまれた。
飽きるくらいキスをして。
飽きるくらい抱きあって。
お互いが元からひとつの生き物だったんじゃないかってくらい、ぴったりとくっついて――眠くなるまで思い出を語り合った。
眠気がやってきたのは明け方だった。
恋人繋ぎをして、瞼を閉じる。
眠っている間も離れたくなかった。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
こうして私とダンデは、最後の夜を過ごしたのだった。