
さよならは言わない①
瞼の向こうに光を感じる。眩しい。
「んー?」
朝?
ああ、眠いなあ。まだ起きたくない。だって今日は休日。夜更かししたからその分睡眠が必要だ。
「?」
春の陽光のような声が、私を呼んでいる。
「まだ寝てていいんだぜ、」
「……でも、ダンデと、1秒でも長く話してたいし……」
「んんっ」
ダンデが咳払いをした。
「可愛いな。……キスしていいか」
え? 昨日散々キスしたじゃん? まだ足りないっていうの? 私の唇、ふやけちゃう!
私は重い瞼を「えいやっ」と押し上げた。
「あ」
ちょうどダンデがキスしようとしていたので、私はダンデの唇を掌で覆い隠した。
「ダメ。おあずけです」
「ダメなのか、唇以外も?」
「ダメ」
そうか、とダンデが目を伏せた。しゅんとなってもダメなものはダメである。
「別に一生ダメってわけじゃないんだからさあ……。それに、朝のあいさつがまだでしょ」
私は手を離し、「おはよう」 と微笑んだ。
「そうだったな」
ダンデもゆるりと眦を下げて微笑んだ。
「おはよう、」
なんだか変な感じだった。起きたらすぐ隣にダンデがいるなんて。
眠ったのは明け方だから、私は未だに目をぱっちり開けない。一方でダンデはいつも通り。元気そうだ。でも、それはそれでなにかおかしいような? 寝起きなんだよ? 髭が整っているのも、頭に寝ぐせがないのもおかしくない?
「……ダンデ? もしかして身だしなみを整えたあともう一度ベッドに入ってきた?」
「そうだぜ! といっても、キミが起きる30分前に目が覚めたんだ。オレたち、今日は2人揃って寝坊だぜ」
今の時刻は午前11時らしい。そっか、ダンデも寝坊したのか。
「寝起きのダンデ、見たかった。あと30分早く起きれば見れたのに……!」
「ははは。残念だったな、。でも、オレの寝起きなんて見ても面白くないだろ?」
「そんなことない!」
ダンデのちょっと抜けてる姿、見てみたかったな。あ、風邪のときはノーカン。あれは弱ってる姿なので。
私は欠伸をしながらゆっくりと起き上がった。
「ねえ、髪ぐっしゃぐしゃじゃない?」
「ぐっしゃぐしゃというほどではないが、可愛いぜ」
「かわ……。そういうことではなくて」
ダンデがくすくす笑い、私の髪を手櫛で整え始める。その手つきが気持ちよくて、私は目を細めた。
「よし、これでオッケーだ――隙あり」
「んむっ」
結局私はダンデにキスを許してしまい、「ダメって言ったじゃん!」とダンデのたくましい胸をポカポカ叩いて抗議したのだった。
***
ダンデの作ってくれた朝食兼昼食を食べたあと、私たちはゲームをしていた。ダンデが帰る前にキバナ様に勝つところ、見届けてほしいからね。
いつものソファに座って、私はswitchを操作する。
キバナ様は「ドラゴンストーム」の2つ名を持つドラゴンタイプの使い手。しかも、ガラルのトップジムリーダーだ。
「ジムチャレンジってさ、順番決まってるじゃない? あれって、ジムリーダーの強さ順なんだっけ?」
「そうだぜ。最後になればなるほどバッジをゲットするのは難しい」
「しかもダブルバトル、馴染みないんだよね。上手くできるかな」
ナックルジムのジムミッションは、今までのジムと違っていた。ウールーを追いかけないし、乗り物でぐるぐる回転しないし、クイズもしない。
キバナ様が鍛えた3人のジムトレーナーにダブルバトルで勝つ。ただそれだけだ。
「なーんだ! 簡単じゃん!」というわけにはいかなかった。さすがトップジムリーダーが鍛えたトレーナー。なかなか手強い相手だった。ダブルバトルに慣れてないし、考えることが多かった。
まあ、なんとか勝てたけども。
「なるほど、天候を変えるのもひとつの戦法なのね」
3人のジムトレーナーとのバトルを終え、ちょっとひと休み。用意していた紅茶を飲んで、私はふうと息を吐き出した。
どのジムトレーナーも、ポケモンに天候を変える技を覚えさせていた。バトルフィールドを自分に有利なものに変える。なるほど、勉強になるな。
「そういうキミも使っていたじゃないか。ほら、カブさんとのバトルのとき」
「あ。うん、そうだった! ヌオーに【あまごい】覚えさせてみずタイプの技使ってた。今は忘れさせちゃってるから使えない……」
ちなみに、フィールドが「雨」の状態だと命中率70の【かみなり】が絶対当たるし、「晴れ」だと技を繰り出すのに2ターン必要な【ソーラービーム】がすぐ出せるらしい。ポケモンバトルって奥が深いな。
「うーん。このままキバナ様とバトルか。しょうがない。モスノウとヌオーで様子見で」
「弱気になるな、。自分の育てたポケモンたちを信じろ」
ダンデに背中を力強く叩かれた。加減してくれてるみたいだけど、ちょっと痛かった。
「バトルは気力や気持ちといった願いで勝てるものではない。今までのトレーニング、戦法、ポケモンのコンディションといったものが必要だ。だが、勝利を引き寄せるためにも『勝つ』という闘争心だって大事なんだぜ」
ダンデはトレーナーの――チャンピオンの顔をしていた。あらゆるバトルに勝ってきた強者の瞳が私を射抜く。
「うん!」
よし、勝つぞ。
気合いを入れ直す。
キバナ様とバトルだ! 絶対ににバッジ貰う!
と、キバナ様の顔つきが変わった。闘志を剥き出しにしたポケモントレーナーのそれだ!
「――ひぇ、顔がいい」
「」
ダンデが窘めるように名前を呼ぶ。
「ごめんなさい! でもやっぱりこの人もギャップがすごすぎ!」
ネズさんの時は我慢できたけど、これはダメだ。キバナ様はダメだ。
事前に動画を見せてもらっていたけどね、たれ目からつり目になって闘争心剝き出しになるこの瞬間でね、大抵は堕ちちゃうと思うんだわ。わ、ガオーってしてポケモン出した! これは、これはダメ。下手したら私も沼にハマるやつー!!
「うわあ、キバナ様すご……」
「」
冷ややかな声に一瞬ドキリとする。あ、ダンデが口をへの字にしてる。ついでに言うとジト目になってる。
「キバナじゃなくて」
「バトルに集中しろ、でしょ? 分かってるよ! それにね、私の中ではダンデが1番カッコいいから!」
「かっ……それは嬉しいが、今言うことじゃないだろ」
「ごめんね!」
キバナ様が最初に出したポケモンは、フライゴンとギガイアス。ギガイアスの【とくせい】は【すなおこし】でバトルフィールドの天候が「砂あらし」になった。
「吹けよ風! 呼べよ砂あらし!」
なるほど、「ドラゴンストーム」の「ストーム」ってここにかかってるのね?
「ヌオーはみず・じめんタイプだから『すなあらし』のダメージはないけど、モスノウが……!」
一旦モスノウを引っ込めるべきかな。ギガイアスに狙われたら、すぐに「ひんし」になるかも。後半に温存しておきたい。ヌオーはみずタイプ技を使えるし、このままで。
「ええと、じめんタイプか。エースバーンとストリンダーはダメ。あ。ダーテングはどうだろう?」
ドラゴンタイプへの有効打がないので、バトルが長引いてしまう可能性大だ。5ターンで天候の効果は終わるけど、それくらいキバナ様だって分かっている。天候を操るポケモンはまだいるはず。それなら、先にそのポケモンを全部倒すべきでは?
これは長期戦? 耐久戦? とにかく勝つ!
「キバナの切り札はジュラルドンだ。彼を引きずり出せるか、」
「頑張る!」
ドラゴンタイプはやっぱり手強い。ダーテングの【リーフブレード】やヌオーの【アクアテール】で立ち向かう。途中、フライゴンの【ワイドブレイカー】でダーテングが戦闘不能になってしまい、私はアーマーガアを繰り出した。
「つ、強い」
フライゴンをアーマーガアの【ドリルくちばし】で倒す。次に出てきたのはサダイジャ。……サダイジャって、ドラゴンタイプじゃないよね? じめんタイプ? ヌオーの【アクアテール】が結構効いてるから、多分そう。
「うわ、【へびにらみ】でアーマーガアが「まひ」になった……」
搦め手まで使ってくるなんて……。
こっちのポケモンがどんどん戦闘不能になっていく。不慣れなダブルバトルで気持ちが挫けそうになる。
だけど、ダンデが言ってた。勝利を引き寄せるためにも『勝つ』という闘争心だって大事だと。
これはゲームで、ポケモンと実際に触れ合うことも言葉を交わすこともできないけど、私はこの子たちと旅をしてきた。バッジをゲットしてきた。困難を乗り越えてきた。
「あと、もうひと息!」
ジュラルドンが出てきた!
私はアーマーガアとモスノウを交代させる。
キバナ様側はジュラルドンのみ。
私の方はヌオーとモスノウの2体。
「ダイマックスが来るぜ」
「なーんなのこの人! ズシがいたらここで叫んでたんだろうな」
自撮りしながらダイマックスとは、また器用な……。でもその表情とか、スマホロトムと息ぴったりのとことか、カッコ可愛い。
「」
「ごめんなさい!」
このやりとり3回目!
「バトルに集中だぜ」
「もちろん! やりますとも!」
ジュラルドンはキョダイマックスで姿が変わった。超高層ビルみたいになってる。
「あ、やられた! モスノウ!」
ジュラルドンの【キョダイゲンスイ】でモスノウが戦闘不能になってしまった。ごめんね、モスノウ!
「ジュラルドンは、はがね・ドラゴンタイプ。なら、ヌオーをダイマックスして迎え撃つ!」
私の判断は間違ってないはず! ここでダイマックス使わないでいつ使うの!
「お願いヌオー!」
ジュラルドンに【ダイアース】をぶつける。
――効果はバツグンだ!
「やったー!!」
私は思わずダンデに抱きついた。
「勝ったー!」
ダンデが私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「よくやった、。これで全部のバッジゲットだな」
「うん! まだチャンピオンカップがあるけど、これでダンデにまた一歩近付いた! ダンデと戦えるまであと少し!」
うんうんと笑顔でうなずいていたダンデだったけど、急にジト目で「それはそれとして、キバナに見惚れていたのはいただけないぜ」と再度私を窘める。
「オレがいるのに」
「え。いやあれはそのー。オタクというか夢女としての気持ちがそのー」
あ、これやきもち。やきもち再び。
「キミがキバナに見惚れているの、面白くないぜ」
「ご、ごめん。ごめんね?」
「うーん。……こちょがしの刑だぜ」
こちょがしの――え?
「え、やだ、ちょ、あ、あはははっ! くすぐった、ひゃああああ!!」
ダンデにあちこちくすぐられて息も絶え絶えになったところにキスが降ってきた。
私は最後までダンデに翻弄されっぱなしだった。