
おしまいは、あなたの隣。③
日が暮れていく。
薄紫色のヴェールで覆われていく空には、空飛ぶタクシー。ココガラ、マメパトといったとりポケモンが森に帰っていく。
オレンジ色に染まる街並みは、今日も美しい。
ようやく見慣れた景色を、私と子どもとエースバーンとで、ゆっくりと歩いていく。
「ママー」
「うん?」
「きょうのごはん、なに?」
私より遥かに小さな手を、私はしっかりと握った。
「んー? なんだと思う? ヒントは、パパもママもリザードンもエースバーンも好きなもの。キャンプで作って食べると更に美味しいもの」
「! カレーだ!」
「大正解!」
「やった! カレーだいすき!」
ヒバニーのように飛び跳ねる我が子を微笑ましい気持ちで見つめる。
笑い方が本当、ダンデにそっくり。小さな太陽みたいで愛らしい。
「ファイニー!」
「荷物持ってくれるの? ありがとう、エースバーン」
食材の入った袋を私から受け取ると、エースバーンは走り出した。カレーと聞いて待ち切れなくなったのかもしれない。
「エースバーンずるい。ぼくらもはやくいこう、ママ」
「ああ、待って。あまり引っ張らないの。ママは今、走れないんだから――」
「――おーい!」
遠くから声が聞こえる。空からこちらに向かってくるシルエットは――、
「あ、パパ! リザードン!」
大きく手を振る。リザードンが徐々に高度を落とし、私たちの数メートル先に着地した。
「パパー!」
私の手を解いて走り出した我が子にハラハラしてしまう。ああ、急に走ったりして。まあ、行先はパパの方だから大丈夫か。車道に飛び出したわけじゃないのだから。
「おしごとは?」
「今日は早めに終わったんだぜ! 一緒に帰ろうな」
「うん! きょうはね、カレーだよ!」
「そうか! 楽しみだな! ――ああ、」
バクをして頭を撫でていたダンデが私に気付き、「ただいま」と言った。
「おかえり。今日は早いんだね」
「早く帰って、奥さんと子ども会いたかったからな」
「ここ最近忙しかったものね」
「もうすぐジムチャレンジのシーズンだからな。準備に追われていたんだ」
「もうそんな時期かあ。今年は誰がマサルくんに挑むのかな。楽しみ」
シュートシティの電子看板には、チャンピオンを防衛し続けるマサルくんの姿が映っている。かつて、ダンデが羽織っていたマントを手に、きりりと表情を作るマサルくん。
……あの子が私の親友の記憶を持ってるのは、5年経った今でも少し信じられない。でも、日本の記憶を持っているのが私だけではない、というのは心強いものがある。
「さあ、帰ろう」
ダンデが、私のお腹をそっと撫でた。
「ゆっくり歩いて帰ろう。家族がもう1人増えるんだから。身体、大事にしないとな」
「うん」
「パパー! ママー! 帰ろー!」
リザードンに遊んでもらっていたあの子が息を弾ませ手を振る。いつの間にかエースバーンも戻ってきていて、私たちを待っていた。
「今行くよ」
ダンデと手を繋ぎ、歩き出す。
ねえ、おばあちゃん。おばあちゃんは、私の幸せを願ってくれたよね。
私の幸せは、家族ができること。
かつて流れ星に願ったものは、今、こうして、叶ったよ。
幸せを紡ぎながら、私はこの人と、この子たちと、ポケモンたちと、一緒に歩んでいくよ。
この手がしわくちゃになって、おしまいを迎える、その日まで。
【終】