あなたと暮らすためのアレコレ①


  

 リザードンとは。

 ほのお・ひこうタイプのポケモン。高さ1.7メートル。重さ90.5キロらしい(さっきスマホでググった)。

 身体はオレンジ色。背中に大きな翼が二つ。尻尾の先には炎が灯っている。物語に登場する、ドラゴンっぽい見た目のポケモン。

 あまりポケモンに詳しくない私でも、このポケモンは知っている。あとは、フシギバナとかカメックスも分かるよ、うん。
 いや、でも170センチ・90.5キロが翼を広げても大丈夫な場所かあ。

「屋内は無理。となると、外だわ。……外かぁ……」

 公園、近くにあるけれど。リザードン出して大丈夫なんだろうか。

 いや、出してあげたいよ? ご飯食べさせてあげたいよ? 正直、ポケモン見てみたいよ?

 だけど。だけど、ねぇ?

「まだ夕方だから、リザードンを出すのは深夜にしてもらってもいいでしょうか。この辺り、夜は人があまり通らないんです。ポケモンが存在しない世界なので、今出たら絶対騒ぎになるんですよ」

 なるべく目立ちたくない。警察とか自衛隊とかが出動する事態になったらヤバい。絶対ヤバい。

「分かった。キミの意見に従おう」

 ダンデが素直にうなずいてくれたところで、だ。

「ところでリザードンって、普段何を食べているんですか」
「ポケモンフーズや、きのみだな。オレンやオボンは体力の回復が……」

 ダンデは口を噤んだ。今、私もダンデも同じことを考えていると思う。

 世界が違うんだから、ポケモンが食べているものは売ってないってことに。

「う〜ん。人が食べてる食事ってあげたらダメなんですか」
「きのみから作ったカレーはあげているが、基本的に人が食べる物はあげないな。味付けがポケモンにはあまり合わないらしい」

 どうしたらいいんだ。

 私とダンデは(ダンデ曰く頭痛を引き起こしたコダックのように)リザードンの食事について頭を悩ませる。

「きのみに似たものはないのだろうか」
「あー? ……果物! バナナとか、リンゴとかはどうでしょう? あっちにはありました?」
「果物か。それなら、良いかもしれないな。一時的にそれをリザードンにあげよう」

 その場しのぎだけど、食事の問題は片付きそうだ。

「じゃあ、買ってきますね。家に買い置きがないので」
「何から何まで世話になる。すまない」
「しょうがないですよ。いきなりこっち来たわけだし。ひと通りの生活基盤を整えて、それから帰る方法探しましょう?」

 2時間以内に戻りますと声をかけ、私は再び出かけることになった。

 あ、そうだ。

「ダンデさんって服のサイズ、何ですか?」
「服のサイズ?」
「着替えて欲しいんです、普通の服に」

 そのユニフォームとマントは目立つ! 絶対に!

***

 時刻は深夜。

 私はダンデを連れて、近くの公園を訪れていた。

 ダンデには、私が買ってきた服に着替えてもらっている。

 あってよかった、ファストファッション。手頃な値段で服が買えるなんて、世の中便利になったよね。

 まあ、メンズ服はどれを買えばいいか分からなくて、1時間くらい悩んだけどね。

 最終的に、もう色の組み合わせさえおかしくなかったら何でもいいかと思って、白のケーブルニットセーターと黒のスキニーパンツを買ってきた。あとはルームウェアと下着なんかも買ってある(ちなみに、サイズや単位なんかは、あっちの世界とこっちの世界では共通だった)。

 いや、それにしても……。適当に選んだにしては、似合ってるんじゃないだろうか。

 この人、元がいいんだな。
 背も高いし、顔も整ってるし、体型だって悪くないし。
 モデルにも負けないんじゃないだろうか。

 上から下まで遠慮なく眺めていたら、ダンデに気付かれてしまった。

「オレの顔に何かついてるか?」
「! いや、何も!」

 ごめんなさい。見とれていただけです。イケメンって得だな、と。そう思っていただけなんです。

「私のことはいいんです! リザードンにご飯あげましょうね!」

 正直、公園でリザードンを出してもらうことに抵抗はある。最近は至る所に監視カメラが設置されているので。

 でもほら、ポケモンだって生きているわけだし。食事を抜くなんて可哀想だ。とりあえず、1回。ここでリザードンを出してもらおう。

 まあ、悪あがきはしとくわ。なるべく死角になりそうな所を選んで、っと。

「ここら辺かな。よし、どうぞ!」

 ダンデはうなずき、ハイパーボールを取り出した。

「リザードン」

 投げたボールが上下に開き、光を放つ。

 それはどんどん大きくなって、はっきりとした形を取った。

 オレンジ色の身体に、翼竜のような大きな翼。そして、炎が灯った尻尾。

「わあ……」

 私はぽかんと口を開けていた。多分、マヌケな顔をしていると思う。でも、しょうがないじゃないか。目の前にあのリザードンがいるんだから!

「迫力がすごい」

 どう表現していいか分からないが、リザードンはゲームやテレビで見た通りの姿をしていた。

 ああ、本当に語彙力が乏しいな。未知の生物を前にして、どんな感想を述べたらいいのだろう。悔しい。小説家だったら、もっと上手くこの感情を表せたのだろうか。

 いや、しかしゲームやアニメのリザードンが三次元にくるとこんな感じなんだね……。迫力があってちょっと怖い。私は少しだけ後ずさりした。

「はは、すごいなあ……。ポケモンっているんだね……」

 白状しよう。実は少し、半信半疑だった。二次元のキャラが本当に逆トリしてくるわけあるか、と最後の最後で信じきれない自分がいたのだ。

 でも、リザードンをこの目で見たことで確信した。本当に、正真正銘、ポケモンの世界からダンデとリザードンはやって来たんだと。

「リザードン、しばらく出してやれなくてすまなかった。オマエも異変は感じていただろう? どうやら異世界に来たらしい」

 リザードンはスンスンと外の空気を嗅いで辺りを見回したあと、ダンデの頭を鼻先で軽く小突く。そして、そのままスリスリと甘え始めた。

「しばらく彼女の世話になる。くんだ」

 リザードンは細めていた目を開いた。

 あ、じっと見つめられてる……。

 私をじっと見てくる視線にどんな感情が含まれているのかは分からない。だけど、黙っているのも良くはないか。

「です。元の世界に帰れるまで、ダンデさんとあなたを助けるつもり。よ、よろしくね」

 リザードンは「ぎゅあ」と小声で鳴いた。返事してくれた?

「リザードンも『よろしく』だそうだ」

 ダンデがリザードンの頭を撫でる。

「キミも撫でてみるか?」
「え、いいんですか」
「もちろんだぜ! な、リザードン」

 リザードンはまたひと声鳴いた。マジか。許可降りちゃったよ。

 ……まあ、ポケモン触る機会なんて、もう一生ないだろうから、お言葉に甘えて撫でさせてもらおう。

 ダンデから「キミに触られるのは初めてだから、顎の下辺りを撫でてやってくれ」とアドバイスを貰ったので、その通りに撫でてみる。

 不思議な感触だった。爬虫類っぽい。いや、トカゲとか触ったことはないんだけど。多分こんな感じなのかな。それに、ほのおタイプだからか、人より温かい。

 リザードンは瞬きを繰り返してはいたけど、暴れたりはしなかった。

 お利口さんだ。なんかこうして見ると、可愛く見えてきたかも?

 撫で終わったあとは、リザードンのご飯タイム。結構な量のバナナやリンゴなんかを買ってきたけれど、ちょっと物足りなさそうな顔をしていた。

 うん、早急にこれは対策が必要だな。

 ダンデとリザードンと私。2人と1匹が住むにあたって、問題は山積みだ。