あなたと暮らすためのアレコレ④


  

 ソファにダンデが座ってらあ……。
 二次元のキャラが座ってらあ……。

 朝六時。私は不思議な気持ちでダンデを見つめていた。顔を洗おうと寝室から出たら、いるんだもんなあ、ポケモントレーナーが。いや、チャンピオンが。

 住んでいいよと言ったけど、未だに現実味がないわあ……。

「おはよう、アカツキくん!」
「おは……よーごさいま、す……」

 ダンデは私が買ってきた服を着ていた。身支度ばっちりだな。しっかりした大人だな……。

 重たい瞼を擦り、洗面所へ向かう。眠い。

 顔を洗ってタオルで拭きながら、あの人朝から元気いっぱいだな、太陽の化身かよという感想を抱く。朝から焼肉出されて胃もたれする感じの眩しさなのよね。

 リビングとして使っている部屋に戻る。うん、ダンデだわ。ダンデいるわ。

「ダンデさん、昨日ちゃんと眠れました?」
「眠れたさ。いいな、ソファベッド。オレもあっちに戻ったら買いたいくらいだぜ」

 ダンデがポンポンとソファの縁を叩く。

「えへへ、そうでしょう?」

 自分が褒められたみたいで嬉しくなる。これからそのソファベッドはダンデ専用になるのだ。快眠してほしいからね。就寝が最悪なのは嫌でしょ、誰でも。

「そういえば、ダンデさんは朝食べる人なの?」
「そうだな。軽く」

「成人男性の軽くって、どのくらいなんでしょう? あ、それに朝はパン? お米? それともシリアル?」

 私とダンデは育ってきた環境――世界が違う。

 私にとっての当たり前と、彼にとっての当たり前は違う。

 おばあちゃんと暮らしたことはあるけど、それは身内だったから気安いもので。他人との生活は、また違うものだ。少しばかり緊張が伴う。

 上手くやっていければいいな。

***

 ダンデは、なんというか圧倒的「光属性」だ。陽キャとはまた違うのだ。

 うーん、何だろう。あれ、勇者と魔王なら「勇者」ポジション。圧倒的主人公感。性善説を信じてそう。そんなイメージ。あくまで、私から見たイメージだ。実際は知らない。

 で、何が言いたいのかっていうと。

「アカツキくん、おはよう」

「アカツキくん、夕食を作ったから食べるといい」

「アカツキくん、風呂の準備ができたから入るといい」

「アカツキくん、そろそろ寝る時間だろう? 夜更かしはよくないぜ」

「アカツキくん」

「アカツキくん」

「アカツキくん!」

「…………何だあの人。あの人は私の保護者なの!?」

 ダンデが家事をするようになって1週間経った。

 私の生活は、ダンデのお陰で非常に潤いのあるものになっていた。

 だって、帰ってきたらご飯できてる。お風呂は準備できてる。掃除もしてくれる。宅配だって受け取ってくれる。「家にいる時間が長いからやることがないんだぜ」とか笑ってたけどさ。

「ダンデ、専業主夫になってるよね……?」

 風呂場だから声が反響する。温かいお風呂、最高……。
 忙しいと掃除もしたくないからシャワーで済ませちゃうんだよなあ。はあ、疲れが取れる。

 湯船に浸かってのんびりする時間ができるとは思いもしなかった。休日だって、何もしたくなくてベッドから出られない時もあるというのに……。やっぱり家事やってくれる人がいると助かるなあ……。

「ポケモンチャンピオンやってる人に家事させてよかったのかな?」

 あんな溢れ出る主人公オーラの人に家事全部任せちゃってよかったのかな。

「でも、私が稼いでダンデが家のことやってくれてると、正直めちゃくちゃ助かる」

 助かるが、彼はチャンピオンである。
 私はポケモンのゲームは詳しくないが、チャンピオンというからにはポケモンバトルが強い人なのだ、ダンデは。
 箱入りお嬢様に庶民の生活させるような感覚なんですが。

 罪悪感……。謎の罪悪感が私を襲う!

「だけども! 本当に助かるんだよなあ……」

 結局、この結論に辿り着く。助かる。マジで。家事負担が減って楽。これに尽きる。

 懸念事項だった洗濯もちゃんと分けて洗ってくれてるし(あ、下着類は別にしてる。さすがに任せられない)、料理もメキメキ上達している。今日なんか、醤油、味噌、みりんなど、日本独自の調味料を使いこなして美味しい煮物を作ってくれた。そのうち私が教えられることなくなっちゃうよ。ダンデ、物覚えがいいみたい。

「でもなあ、なあんか引っ掛かるんだよなあ……」

 そう、引っ掛かる。

 家事スキルは問題ないのだけど、ダンデって、その……。本当に人間なんだろうか? 何でもソツなくやってしまうから。

「完璧過ぎて、逆に不安なんだけど。上手く言えない-! 壁を感じる? うーん、分からん」

 私より早く起きて、完璧に身支度整えた姿を見ていると、一層距離を感じてしまう。

 しかもあの人、いつも笑顔なんだよ。

 人って喜怒哀楽のある生き物だからさ。

 笑顔を絶やさないのはいいことだけど、「喜」と「楽」しか感じない人はいないじゃないか。

 いつでもこの人は、私の前で機嫌よくいようとしていて……。ううん、「完璧」でいようとしていて。それがちょっと、気がかりだった。

 毎日仏壇に向かって拝んでくれるし、いつも私のことを気遣ってくれている。まあ、保護者みたいな態度は気になるけど、基本的に悪い人じゃないんだ。

 今のところ、男の人特有の下心も感じないし……。信じてもいいとは思うんだ。

 この違和感を無視してもいいのかもしれないけどさ。

 でも……、うーん……。

「上手くいってるのかもしれないけど、なんか、このままじゃダメな気がする」

 もやっとした気持ちを抱えながら、私は湯船から出た。頭、洗おう。そろそろ出なければ。考え続けてたらのぼせてしまいそうだ。

「はあ……、お酒飲みた、い……」

 やっぱり風呂上がりは飲み物欲しくなるよね。なんて思って脱衣所に出たら、

「アカツキ、くん」

 何故かダンデがいた。

 彼の大きな瞳が更に見開かれる。

「あっ、」
「あっ、」

 何でここにダンデが?
 ――って、私、裸!!

「ひっ」
「違うんだ! オレは決して!」
「ひゃあああああああああああっ!?」

 私は光の速さで風呂場に逃げ戻った。

 ドッドッドッと心臓がおかしな悲鳴をあげている。

 見られた!?

 こんなヤバい身体を!?

 お腹の肉とかヤバいこの身体を!?

 わああああああっ!! ツラいっっ!!

 私は必死に呼吸を整える。吸って吐いてを繰り返してみるが、まだまだ心臓は落ち着かない。

「すぅー……はぁ……すぅ……はぁぁぁ……」

 落ち着け。あかつき。落ち着け。

 事故。多分、事故。話を聞こう。事情を聞いてからでもね、怒るのは遅くないと思う。

 ……。

 …………よし。

 風呂場のドアの向こう。磨りガラス越しに様子を見るが、ダンデはまだいるようだ。

 私は少しだけドアを開けた。

「……ダンデさん」
「アカツキくん、すまない……」

 ダンデは背を向けていた。

 声の感じからして、狼狽えているようだ。

「キミがタオルを忘れていたから、届けに来たんだが。タイミングが悪くて……」

 借りてるアパートは独立洗面台だ。歯磨きのタイミングで、私がバスタオルを持ってきてないと気付いたらしい。

「あ、ですよね……。ダンデさん、覗くような感じの人じゃないし」
「当たり前だ! アカツキくんにそんな、不埒な思いは抱かない!」

 清々しいくらいにはっきり言うなあ!

 これ、捉えようによっては「女として見てません」では? ……それはそれでちょっと悲しいのでやめてくれ。

 でも、よかった。ダンデはやっぱりそうだよね! 覗くような人じゃないよね!

「ダンデさん、分かりました。大丈夫です。事故なので。私がうっかりしてたので。水に流しましょ」
「気にしないのか?」
「気にはします」
「そうか……」
「むしろ、こんな見苦しい身体見せてすみません」
「そんなことはなかった!」
「はっきり言うなあ!?」

 バッチリ見られてしまったか。体感だけど、10秒くらい見つめ合ってたもんなあ。

 小さく縮こまってしまったダンデの背中を見ていたら、妙におかしくなってきた。
 ふふ、あのダンデが。完璧に何でもやるダンデが! こんなに焦ってるなんて!

「っ、ふ。ふふ、はははは!」
「突然笑い出して、どうしたんだ」
「いや、すみません。ふふふ、大したことではないので。こっちの問題です」
「そうなのか? 気になるんだが……」
「とりあえず、この話はおしまいにしましょうね。タオルありがとうございます」

 ダンデは再び「すまなかった」と弱々しく謝り、脱衣所から出て行った。

 私は安堵の溜め息を吐く。

 あー、よかった。ダンデ、人間だった。

「ふふ、人間だよね。そりゃね」

 ダンデが見せてくれた人間らしい「隙」が見れたので、少しだけ安心してしまった。

 まあ、そのあとタオル一枚でダンデのいるリビングを通らなくちゃいけなくて、ひと悶着あったんだけど。

 こういうことくらい、あるよね……。一緒に住んでるんだし……。

「これも逆トリのセオリーだと思えば、まあ、うん。乗り切れる……。恥ずかしいけど! とっても恥ずかしいけど!」

 妙に悟りを開いた出来事だった。