
これはデートではなく、①
「ただいまー」
「おかえり、アカツキくん」
今日はちょっと残業した。ダンデには昔使っていたスマホをあげているので(SIMを抜いてるがアパートにはWi-Fiが通ってるからスマホが使える)、遅くなることは連絡済みだった。
私を玄関まで迎えにきてくれたダンデは、紺色のエプロンをしている。……主夫だ。完璧に主夫だ。
「今日の夕飯は野菜たっぷりのポトフにしてみたんだぜ!」
「やった、今日は寒かったのでありがたいです」
「風呂はどうする?」
「先に入ります!」
家に誰かいるっていいな。
「ただいま」と言えば「おかえり」と返してくれる相手がいるの、安心するんだよね。……私には、おばあちゃんしかいなかったから、そんな人。
着替えとバスタオルを忘れずに持ち、風呂に入った。この間のような失態は演じない。
お風呂を終えてリビングに戻ると、夕飯の準備が整っていた。ほかほか湯気が立ってていい匂い。彩り豊かなポトフと、トウモロコシのご飯だ。バター使ってるのかな、いい匂いで美味しそう。
「いただきます!」
「いただきます」
まずはポトフを食べてみる。
「美味しい!」
疲れた身体に美味しさが染み渡る……。
帰ってきたら風呂沸いてご飯もできてるとか、本当、最高……。
ふと、向かいに座るダンデを見る。彼は頬杖をついて何故か私を見つめていた。
乙女ゲーに出てくるスチルかな?
「た、食べないんですか」
「ん? ああ、食べるよ。キミを見ているとホップを思い出して」
「ホップ?」
「オレの弟だ」
「へぇー。弟、いるんですね」
そういえば、サイトで見たかも。ホップ。ゲーム主人公のライバルポジションの子。ダンデに顔が似てたような。さすが兄弟。
「昔はホップもつけてたな……。オレの真似して早食いをするから」
すっと腕を伸ばし、私の口――の横に触れる。
……え?
「取れた」
「えっ」
私、ご飯粒をつけてたらしい。いい歳して何してんだ。恥ずかしい……!
なんて思ってたら、ダンデはそれを食べてしまった!
「えっっっ!?」
一気に顔へ熱が集まる。
ダンデ。ちょっと、
「なっ!? ダダダ、ダンデさん!? 何してんですか!? たべ、嘘でしょ!?」
「…………?」
ダンデはキョトンとしていた。何故? 何故なの? 何故そんな顔をするの。私の反応がおかしいの!?
「食べなくていいですから。捨てていいですから!」
「……ああ。そうか、ホップとキミを重ねて。つい」
なるほど。私が弟と同じようなことをしてたから、ついついご飯粒を取って食べたと……。嘘でしょ。前々から思ってたけど、この人たまに天然発揮するね? いやこれ天然なの? ワザとじゃないの?
裸見られた時より恥ずかしい。いや、でもあの時は一瞬(体感10秒)だったし、ダンデが取り乱してたから、逆にこっちが冷静になったんだよね。
今は、子どもみたいにご飯粒つけて恥ずかしいって気持ちのところにダンデが予想外なことしたから、余計に羞恥心を刺激されてしまった。
「……あと、許可なく触れるのはやめてくださいよ本当に」
人によっては「セクハラ!」って叫ばれるぞ、まったく。ダンデはイケメンだから許されてんだぞ、さっきの行為。
「すまなかった」
「うぐ、捨てられた子犬のような顔をする……」
しょぼんと眉下げた顔文字みたい。
きつく言い過ぎただろうか。その顔されると弱いからやめて。
「ま、まあ。私が気を付けてご飯食べればいい話ですし。親切で取ってくれたんですから、ダンデさんはそんなに謝らなくていいです」
「気を付ける」
「お互い気を付けましょ。はい。この話終わり」
ポトフ冷めるから食べましょう。そう言うと、ダンデはうなずいた。
とはいえ、会話がない。うーわ、気まずいー。
ズシよ、やはりお互いがお互いのことをまだよく知らないから、会話も弾まないのだろうか。
ゲームだったら選択肢が出て楽なのにな。……なんて、言ってもしょうがないわ。
ふう。ここはやはり、買い物に誘って、飲み明かすしかない?
「……ダンデさん」
「うん?」
「あのー、今度の休み買い物付き合ってくれませんか」
「買い物? いいぜ。どこに行くんだ?」
「新宿辺りに行こうかなと」
「シンジュク?」
ダンデはこちらにトリップしてから、日中家に籠もっていた。そろそろストレスが溜まるのではないだろうか。日本にいるんだし、観光とまではいかないまでも、私が住んでいる所を見せてあげたいと思う。
「テレビで聞いたことがあるな? 近くなのか」
「私が住んでるアパートからなら、近いかなー。電車で30分も乗らないと思いますけど」
渋谷、池袋、新宿。家から1番近いのは新宿だ。
「荷物持ちくらいなら、いつでもオレを使うといい。付き合うよ」
「よし、じゃあ決まり。土曜日にしましょ。3日後ですね。夜ご飯はいらないです。お店で食べて帰りましょうね」
「ああ、分かった」
よし、これでいい。頑張るわ、私。ほっとひと安心。
大きな達成感に包まれ、私はポトフを食べる。うん、あったまる……。トウモロコシのご飯も粒々の食感が癖になる。ああ、美味しい。
「ダンデさんはどんどん料理が上手くなりますね」
「ああ。オレも、自分がここまで上達するとは思わなかったぜ」
あっちにいる時は、手間暇かける時間が惜しかったから、とダンデは呟いた。
「時間があるなら、ポケモンのために使いたかった。チャンピオンとしての時間ばかりが多くて、――いや。この話はよそう。長くなるからな」
ダンデは何か言いかけて、やめた。気にはなったが、詮索はしない。スープを啜るダンデをこっそり盗み見ながら、私は思う。
……やはり私たちには壁がある、と。