これはデートではなく、④


  

 あの上品なご婦人を大江戸線まで送り届けてきた。私、偉い! 偉いぞ、私!

「はあ~。あの人、話長かったなあ……」

 お孫さんに会えるのが嬉しいのか、スマホの写真まで見せてくれて話が盛り上がってしまい、想像以上に時間をロスしてしまった。

 はあ……。ダンデ捜そう……。

「駅って迷子アナウンスしてくれるのかな? ……アナウンスしたところで、ダンデが迷わず来てくれる可能性は低そうだわ」

 どうしよう、詰んでない?

 溜め息が出てしまう。もっと私がしっかりしていればよかった。だって急にいなくなるなんて、思うわけないじゃないか。

 急にね。……もしかして、

「もしかして、帰った?」

 元の世界に帰ったとか? そういう感じだったりする? だってこっちに来たのも急だったし。ベッド隣にいたし。そういう感じ?

「その可能性は低いか。もしそうだとしても、捜さない理由にはならないし」

 ダンデが帰ったら、それはそれで「よかったね」とお祝いすることではあるのに。どうしてだろう、ちょっと寂しい。
 ううん。ちょっとどころではない。かなり寂しい。実は、ダンデがいたお陰で「おばあちゃんがいなくなった」という大きな悲しみが和らいでいるのだ。

 もちろん、大きな喪失感が心の奥の方にはある。塞がっていくのはずっとずっと先のことになるだろう。
 ダンデと暮らしていると、その穴の塞がりは早くなっていくような気がする。

 何でだろうね。あの人、太陽みたいだから?
 私の事情を知らなかったから?

 ああ、でもさあ。

 ――キミは、家族に愛されて育ってきたんだな。

 あの一言で、ほんの少し。ほんの少しだけ、私は救われたような。

 ――家族について話す時のキミは、寂しそうではあったが嬉しそうだった。限られた時間ではあったんだろうが、たくさんの思い出と愛がキミの中にはあるんだろうと。

 そんな言葉が出るこの人も、きっと家族に愛されてきたのだろう。

 あなたのことが知りたいから、もう少しだけ一緒にいてくれないだろうか。

 ……と思うのはワガママなんだろうか。

「おっ、着信……」

 カバンに入れていたスマホが震える。この着信音、トークアプリの通話の方だ。もしかして――

「だ、ダンデだ!!」

 えっマジで!? そんなことある!?
 逸る気持ちを抑え通話のボタンを押す。

「もしもし!?」
『アカツキくんか? オレだ。ダンデ、』
「ダンデさん! 今どこですか」
『ヒガシグチ、だと思う』
「よく行けましたね!?」
『人に案内してもらったんだ』

 ちなみに、道案内してくれた人にWi-Fiの繋ぎ方を教えてもらい、トークアプリで通話できるようになったらしい。案内してくれた人、ナイス判断。

『迎えに来てくれないか』
「すぐ向かいます。ちなみに東口のどの辺にいますか?」
『着けば分かると思う』

 声の感じからして、ダンデは若干困惑しているようだ。

『何故か女性に言い寄られているんだ。助けてくれないか』

 ……何だって?

***

 東口に到着した。ダンデの居場所はすぐに分かった。女性に囲まれていた。芸能人もこんな風に囲まれることあんのかな? 人垣とまではいかないけど、結構人いるわあ……。

「ダンデさん!」
「アカツキくん!」

 私を見つけると顔を綻ばせた。こう表現したら失礼かもしれないが、ご主人を待っていた犬のようで……。ごめん! そんな風に見えるんだよ!

「よかった……。合流できないかと思った」
「迷惑をかけた。すまない」

 どうしてこんなに女性がいるのか訊ねたところ、最初に声をかけたのは少女2人だけだったのに東口に着く頃にはこのくらいの人数に増えていた、と返ってきた。道中、名前やら趣味やら訊かれて驚いたらしい。

「皆、オレがチャンピオンだと知らないのに、どうして声をかけてきたんだろうか」
「それは……、ダンデさんの見た目のせいかな……」
「?」

 ダンデは首を傾げていた。頭上にハテナマークが浮かんでるね。

 私たちが話している間、周りの女性たちはそれぞれ解散していった。私が登場したせいだろう。逆ナンしたい女性もいたんだろうな。
ダンデは顔がいいからね。特に笑顔がいい。惹かれるのも分かります。顔立ちは外国人で彫りが深いし、髪色は派手だけど似合ってるし、背も高いし……。声をかけたくもなるよね。

 なんて考えていたら、「やっぱり彼女いたじゃん」みたいな言葉が耳に入ってきた。いやいや!  まったくもってダンデとはそういう仲ではないんだ! 居候なんだよー!

「すみません。私の方も他の人から道案内してまして。捜すのが遅れました。お互いごめんなさいってことで、この話は終わり。いいですね」
「ああ、分かった。それでひとつ、お願いがあるんだ」

 ダンデは右手を差し出した。

「はぐれないように手を繋いでくれ」
「…………おぁ、あ?」

 やっば、変な声出た。脳が考えるのを拒否した。
 手!? 手を繋ぐって言った!?

「また同じことを繰り返すわけにもいかないだろ?」
「そう、そうですね……」
「許可なく触れるな、とこの間言われたばかりだ。キミと手を繋ぐ許可をくれないか」

 あー、この間の夕食のやつ。「許可なく触れるのはやめてくださいよ」って言ったわ、私。

「ダメか?」

 しょんぼりの絵文字みたいな顔をするな! 罪悪感が湧くじゃないか。

 何で私こんなに動揺してるんだよ。たかが手を繋ぐだけ。迷子防止だぞ。他意はない。この人に限っては絶対ない。

「だ、ダメではない。繋ぎましょ、ええ」

 ダンデと手を繋ぐ。あ、あったかい。手が、手が大きい。待って。異性と手を繋ぐの何年ぶり? 高校で3ヶ月だけ付き合って自然消滅した同じクラスの男子以来では? はあ〜、二次元ならいつでも繋いでいるっていうのによお……。

「アカツキくんの手は冷たいな」
「ダンデさんの体温が高いのでは?」
「ははは。そうかもしれない」

 心臓に悪い〜! 新手の拷問か何かか? すっっっごい恥ずかしいんだが。くっそ! 私が社会人になっても恋愛経験がクソ雑魚過ぎるんだよなぁ!?
 手が汗ばんできた。ダンデはいつも通りなのに、私ばかり動揺してて悔しいんだが!

「ところでどこへ行くんだ?」
「え? ……ああ、まずは家電量販店に行こうかな……」

 そこでダンデのスマホを契約しよう。

 さっきの二の舞にならないように。外出先で電話ができない事態にならないように。