これはデートではなく、⑤


  

 家電量販店でダンデのスマホを契約したあと、色々な場所を回って買い物をした。

 まず、ダンデが電気シェーバーを物欲しそうに眺めていたので、それを買った。固辞されたけど無視して買った。私は女なのでそこら辺を全然気にしてなかったけど、髭って毎日伸びているらしい。それもそうか。生きてるわけだし、髪だって毎日伸びてるっていうからね。

 それに、ダンデの髭は牙っぽい形で個性的だから、整えるのが大変そうだ。前に一度頼まれて剃刀を買ったけど、電気シェーバーの方が断然楽だろう。必要な買い物だよ、これは。

 それからメンズ服が売っているお店へ足を運んだ。完全に私が専門外なのでダンデの好きなものを、と思っていたのだけど……。

「……分からないんだ」
「分からない? 何か好きな色とか、こういうテイストは着たくないとかあるでしょう?」
「いや、本当に分からないんだ」

 ダンデはセーターを手に持って困っていた。

「今までどうしてたんです、服」
「世話になっていた人から『チャンピオンプロデュースの一環』として、選んでもらったのを着ていた」
「へえ……」

 ガラルのポケモンチャンピオンって、他の地方のチャンピオンと存在が違うのかな? 上手く言えないけど、芸能人というか「国民的大スター!」みたいな扱い? 私がやったことのあるポケモンのゲームのチャンピオンは、多分そんな存在ではなかった。

 プロデュース、かあ。イメージとか色々あったのかな。イメージ崩しちゃいけないから、下手な私服は着せられないとかそんな感じかな?

 それにしても、好みが分からないとかあるんだ? 変なの。自分のことなのに。

「仕方ない。こういう時は、店員さんに訊くべきです」

 というわけで、店員さんにお任せしてダンデの服を揃えた。何を着ても似合っていたので、どれを買うべきか悩んでしまい、結構時間を取られてしまった。「えっ、本当にモデルではないんですか? そんなに格好いいのに?」って店員さんに何回も訊かれたのがちょっと面白かったな。

 そのあとは靴屋に寄って、二足ほど靴を購入した。この頃になるとダンデは諦めてもう何も言わず、神妙な顔つきでショッパーを受け取っていた。うんうん、いいぞ。私は絶対ダンデに必要な物を買うからね。絶対にだ。

 だけど、本当にこれでいいのかな。この外出の目的はダンデと距離を縮めること。少しは仲良くなれているのだろうか? 未だにダンデが何を好きなのか分かってないような気がする。

 なんて考えながら適当にフロアを歩いていたら、ダンデがとある店で足を止めた。

「ダンデさん?」

 何を見ているのだろう。視線を追ってみる。

「……帽子」

 そういえば、ダンデが初めてこの世界に来た日、黒いスポーツキャップ被ってたような。

「もしかして、帽子好き?」

 ダンデはうなずいた。

「……少し見ていってもいいだろうか」
「もちろん!」

 ダンデの目はキラキラと輝いていた。服や靴を選んでいるときよりも。

「ちゃんと好きなものあるじゃん」

 ついつい笑みが零れてしまう。

「ダンデさん、それいいね。さっき買った服に合うかも」
「しかし色はこっちが好きだ」
「あー。んー、まだこっちだといいかもしれません」
「オレは個人的にあっちが……」

 30分くらい悩んで、最終的に青色のスポーツキャップを購入した。

 ダンデは満面の笑みでショッパーを受け取る。

 まるで誕生日プレゼントを貰って喜ぶ子どものようだった。

「ふう、買った買った!」

 色々回ってきたけど、こんなに楽しいの初めてかも。手を繋いで移動したことを除けばね。

「はぐれるわけにはいかない!」とダンデが手を離してくれなかったのだ。腕を組むかと提案されたが断固拒否した。私、異性耐性が低過ぎるからさ。それをやったら死ぬ。

 とにかく、それを除けば今日の外出は楽しかったように思う。ダンデが好きなもの、一個分かったし。もう少し話すぞ。アルコールの力に頼って……!

 私はスマホで時刻を確認する。うん、そろそろご飯食べて帰ろう。

「ダンデさん、居酒屋行こうか。そこでご飯食べて帰りましょ」
「イザカヤ……?」

 あ、馴染みがない単語なのか。

「お酒と料理が楽しめるお店ですね」
「バーみたいなものか?」
「んー。近いかな。居酒屋は和風です。そして料理の数も多い」
「ワフウ?」

 はてなマークがたくさん浮かんでますね、これは。

「ま、行ってみましょうか」

 相変わらず手は繋いだままで、ダンデと私は居酒屋へ向かった。

***

 居酒屋に到着。……したのはいいんだけど、なんとカップルシートに案内されてしまった。休日のこの時間は混んでいて、案内できる席がここしかないらしい。仕方ないか……。

 カップルシートはたいてい個室か半個室になっていて、椅子が横に並んでいるものが多い。そして、広くはないから横並びに座ると密着感が出る。ちょうど今みたいに。膝が、肩が、ほんの少しだけど触れてしまう……。

「ダンデさん、これメニュ――っぐ!」
「アカツキくんどうした?」
「いや、何でも……」

 助けて。顔のいいお兄さんが近距離にいてビビったよ! あまりの顔のよさに変な声出てしまったよ!

 私の異性耐性ゼロ過ぎるだろ! 乙女ゲームのヒロインはどう乗り切ってんの? いっそ鈍感系になりたい!

 ダンデは文字が読めないから、適宜説明して食べたいものを選ぶ。

「じゃあ、それ押してください。店員さんが来てくれます」

 ダンデに呼び鈴を押してもらい、来てくれた店員さんに注文を告げる。

「ビールを一つください。あ、ダンデさんはウーロン茶だよね?」

 おっと、ダンデの様子が変だ。何で神妙な顔つきでこっち見るの?

「アカツキくん。オレのところは成人してから酒が解禁されていた。ここは違うのか?」
「ここも同じですよ。成人してからです」

 するとダンデはとんでもないことを口にした。

「じゃあ、アカツキくんはダメじゃないのか? まだキミは子どもだろ?」
「えっ?」

 場の空気が固まる。

 ……。
 …………。
 ……………………えっ?

「まさかキミ、成人してるのか!?」

「してるよ!?」

 ダンデが「嘘だろキミ!?」みたいな顔をしている。

 いやいや、こっちこそ「嘘だろキミ!?」だよ! 子どもと思われてたなんて!?

「待って待って待って! ダンデさんいくつよ?」
「オレは今年二十一になる」
「えっ、私より歳下なの!?」
「ええっ!? キミはオレより上なのか!?」

 意外な事実に2人して慌てていると、

「――お客様。注文どうされますか?」

 今まで黙っていた店員さんから至極冷静な一言が。

「あっ。――ビール2つで」

 思わずダンデの分も注文しちゃった。

「ご注文は以上でよろしいですか」
「あ、とりあえずそれで」

 食べ物はあとでいいや。新事実発覚で注文するどころじゃない。

 店員さんは「失礼します」と言って席を離れた。

「……」
「……」

 あとに残るは沈黙を保ったままのダンデと私。

 どうやら私たち、何か勘違いがあったようで。

「……アカツキくん。いや、アカツキさん」
「今更いいですよ。さん付けは他人行儀過ぎるし」
「言い訳をさせてくれ」
「そうですね。聞きましょう」

 いい機会だ。とことん話そうじゃないか!