これはデートではなく、⑥


  

 ダンデはどうやら、私を子どもだと思っていたらしい!

「ガラルの人間とニホンの人間はまったく顔立ちが違うのか……。例えばさっき注文を取りにきてくれた店員は子どもではないんだよな?」
「違いますよ。メイクしてたけど、多分20代。ダンデさんの服を買った時の店員さんは30代かな」
「じゃあ、この国は幼い子どもが働くなんてことはないのか」
「ないない! 高校生になったらバイトする人はいるけど。でも大抵は15歳から?」

 そういえば、ガラル地方は外国をモデルにしてるとズシから聞いていた。そうなるとアジア系の顔立ちの人間はあまりいないのだろう。

 実際、日本人は海外で若く見られると聞いたことがある。ダンデが勘違いするのも仕方ないのかもしれない。

「まあ、最初に出会った異世界の人間が私だけだから、勘違いは仕方ないかもしれませんね! ダンデさんは初めて今日、人が多い所に外出したから」

 いつも人の少ない夜に近所の公園に通っていたからね。

 それに、私が日本人ではなく、例えばアメリカ人やイギリス人であったならば、子どもだと思われなかったかもしれない。

「ちなみに私のこと、いくつだと思ってました?」

 ダンデがたじろいだ。うん、気まずそう。それでも目は逸らさないので大したものだ。

「15歳……」
「嘘でしょ……。もー! ホントそんな勘違いされてると思わなかった!」

 ダンデに悪気があったわけではない。それは分かっているのだけど、やっぱり割り切れない気持ちもあるもので。一言で言えばショックだった。

 思えば子ども扱いされてる節があったな……。頭撫でられたり、ちょっと過保護だったり。あー。なるほどね。なんか納得。距離があったのは年齢の勘違いのせいなのかも。

 例えばだよ。大人が子どもに衣食住を助けてもらってるって考えると、プライドが傷つくところあるよね。いくら異世界に放り出されたという事情があったとはいえ。

 これが大人であったなら……? 気まずさや申し訳なさは先行するけど、子どもに助けてもらってるわけじゃないから、いくらか気は楽になりそうだ。ダンデが色々遠慮するのは仕方なかったのかも。

 ……それはそれとしてもさ。そんなに子どもっぽく見えるのか、私? 服のコーディネートか? メイクか? それともこの胸? 胸が小さいせい?

「15。15……、かあ……」

「すまない! ポプラさんから『女性の年齢をバカ正直に答えることが正解ではない!』と言われたことがあってだな」
「確かに間違っちゃいないけど、時と場合があるのよ」

 ちなみに、ガラル地方は18歳から成人らしい。そこも日本と違うようなので、飲酒喫煙が許されるのは20歳からだと教えておいた。

「しかし、キミだってオレに常に敬語だろ?」
「それは……、歳上だと思ってたからです」
「あ、まだ敬語だ」
「しょうがないじゃないですか――あ、ビール来た」

 店員さんがビールとお通しを持ってきてくれた。よし、飲む。飲むぞ。これは飲まなきゃやってらんないわ。

「見た目で判断してたのはお互い様だったよね」
「そうだな」
「水に流しませんか」
「流すのはビールでだろ?」

 ジョッキを持ち上げてダンデは笑う。

「確かに」
「それに、敬語はいらないだろう? 歳もそんなに変わらないようだから」
「……うん、そうみたい。色々話そうよ。何が好きとか家族のこととか、些細なこと何でも」

 私はジョッキをダンデの方へ向ける。

「とりあえず、乾杯しない?」
「ああ、そうだな」
「乾杯」

 私とダンデの声が重なる。

 コツン、といい音がした。

***

 ダンデとは宣言通り、色々な話をした。家族の話、ポケモンの話、ジムチャレンジの話、チャンピオンの話等々。彼が生きてきた軌跡をなぞるのは楽しかった。でも、1番生き生きしてたのはポケモンの話のとき。本当、心の底から大好きなんだって分かった。

 私、ポケモンについては素人だから質問ばかりが多かったのだけど、ダンデは嬉しそうに何でも答えてくれた。その屈託のない笑顔を見ているとこっちまで嬉しくなってきてしまう。ある意味魔性だ。

、飲み過ぎじゃないのか?」
「いや、まだまだ。ダンデこそ飲んでないんじゃない?」

 テーブルの上には私が飲み干したグラスがズラリと並んでいた。ダンデより飲んでる自覚はある。けど飲む。美味しいので!

「ペースが早いと思うんだが」
「そうでもないよ。むしろ、ダンデってあんまり飲まないね? お酒そんなに飲めない?」

 ダンデは首を横に振る。

「酒は飲めないわけじゃない。……自分がどのくらい飲めるのか知らないんだ」
「へえ、そうなの?」
「『酒の失態はチャンピオンのイメージダウンに繋がるので飲むとしたら程々に』と言われたことがあった。それから、酒を飲むのはスポンサーとの付き合いや催事のみにして控えていたんだ。それに、酔うと眠くなって思考も鈍るからな」

 でも、たまにこうやって飲むのはいいな、と笑ってお酒を飲んでいた。よかった。楽しんでいるようで何より。

「そうか、イメージダウンかあ……」

 ダンデの話を聞いて思ったけれど、やっぱりガラルのポケモンチャンピオンって他の地方と違うみたいだ。大体、バッジの集め方が私の知っているものと違う。地方全体を挙げての一大イベント? なんていうか、こっちでいう「スポーツ」みたい。ポケモンバトル、イコール国民全員で楽しむもの、みたいな。娯楽性が強いような。

 そうなると、チャンピオンが英雄のような存在になるのは仕方ないのかもしれない。

 ダンデはチャンピオンになって10年は経っているらしい。その分人気も絶大なのかも。

「あなたがチャンピオン、だから……」

 そういえば、ダンデはことあるごとに「チャンピオンだから」と口にしていた。口癖のように。呪文みたいに。

 確かにダンデは今もチャンピオンだ。

 でも、それって――。

「……なの?」
、今なんて」
「――ううん。何でもない。私、トイレに行ってくる」

 私はダンデに断りを入れ、立ち上がった。

 本当、どうかしてる。酔ってるな、私……。

 トイレに行く道すがら、私はそんなことを思う。

 先程、つい口から飛び出た言葉が頭の中でぐるぐるしてる。

 ――別に、異世界来てまでチャンピオンらしく振る舞う必要はないんじゃないの。

「……お節介じゃん。そんなの、ダンデの自由でしょ」

 小声だったからダンデに聞こえていなかったようだ。もし聞こえていたら変な空気になってたかもしれない。今日の目的は交流を深めるものだ。余計なことは言わないようにしよう。

 トイレを済ませて席へ戻る途中、わっと歓声が湧いた。騒がしいな。何かやってる? 大学生のサークル? それとも会社の飲み会? ちょっとした好奇心で盛り上がっている席を覗く。

「あれは……」

 見覚えのある顔がいるわ。具体的に言うと、キバナの女になったうちの同僚、ズシ。

 私は何も見なかったことにして、ダンデの元へ急ぐ。まずい。2人でいるところを見られたらまずい。

「というか何で店は星の数ほどあるのに、よりによって被るのよ……。いや、この店最初に連れてきてくれたのズシじゃん……。私のバカ」
「あれー? ?」

 背後から知ってる声がした。いつの間に近くに!? 振り向きたくない!

「やっぱりじゃん! なに、どうしたの?」
「人違いでは?」
「はあ? なあに言ってんの?」

 回り込まれてしまった。ズシは赤ら顔でにへらぁ、と笑う。わあ、酔っぱらいの笑顔ー。

「よっ。休日もここで会うとはねー」
「ソウネー」
「私はね、合コン中」
「そうなの? まだいらないとか言ってなかった?」
「んー。キバナ様に狂ってる私だけど、自分の人生設計を見直した時に、そろそろここらで恋人作っておくべきだと気付いたのよ。三次元に一生推せる推しを作ると思えば、結構楽しいよ。もどう?」
「ワタシハマダイイカナ」

 ついカタコトになってしまう。まだ音声アシスタントの方が滑らかな発音をするぞ。

「そういえば、は何でここに? ひとり?」
「エッ? イヤマア、ウン」
「マジ? じゃあ一緒に飲まない? ああ、大丈夫だよ。だって今日、ひとり急に来れなくなったからさあ」
「エッ、イヤダイジョウブ」
「もー、何さっきから変な喋り方してんのよ」

 飲もうよ、と片手に絡みつかれる。待って本当。今すぐ帰りたいのよ。

「今度、今度飲もう。私行かないと」
「はあ? ひとりなんでしょ? じゃあいいでしょう」
!」
「あ……」

 最悪のタイミングだ。ダンデが私を見つけてこっちに歩いてくる。

「なかなか戻って来ないから気分でも悪くなっ、たか、と……」

 ダンデが止まる。私の腕に纏わりついてるズシを凝視している。何か言いたそうだ。

「モンジャラ……いや、オクタンのような【まきつく】だ」
「ポケモンで例えてきた……」

 私は遠い目になって呟く。どうしよう。

「――えっ、ダンデ……?」

 ズシが驚きの声をあげる。

 私は遠い目になって呟く。

 どうしよ。

 この状況、どうやって乗り切ればいいんだ!