これはデートではなく、⑦


  

「――えっ、ダンデ……?」

 ズシが驚きの声をあげる。

 私は頭を抱えた。酔いが醒めた。一気に醒めた。サァーって効果音が出るくらいに。

 この状況、どうやって乗り切ればいいんだ!

 ヤバい! 言い訳! 言い訳を!

 私はズシの肩を掴んだ。

「この人はダンデが好きでコスプレしてる人!」

 ナンダソレ! 我ながら誤魔化し方に無理あり過ぎるだろ!

 恐る恐る隣のズシの様子を窺うと――。

「……そうなんだ〜!」

 えっ! 目がとろんとしてる!

 ズシは私の腕を離すと、自分の両手を胸の前で合わせて「はわわ」とまるで乙女のようにダンデをじっくり見つめている。

「すっごい! リアルでそっくり! 髪色と髪型の再現度すごいんだけど! 待って髭の形もそっくり! どうやってんの!?」

 そっくりも何も、だって本物だし……。

「いつ知り合ったのよあかつき、こんなイケメンと! あ、さては仲良くなりたいって相談してきた例の留学生くんだな?」
「は? あれは友達のこと――うん、そうだね! 留学生くんです!」

 勘違いに全力で乗っていく。この機会を逃すまい!

「いやオレは――」
「あーーーー!」

 ここでダンデが喋ろうとしたので全力で遮らせてもらう。口を塞ぎましたとも。ペシッといい音がした。

「そう! 日本に留学に来た、ダンくんです!」

 何だよダンくんって! 安直だな!

「ポケモンが好きで好きで大っ好きで! ポケモンの生みの国である日本に来たらしいの! 特にダンデのファンでね。名前も似てるし普段からダンデになりきってて」

 なんつー誤魔化し方してるの。これでズシが納得してくれるのか……!?

「そうなの!? へえ、行動力あるね」

 やった! 酔ってるから深く考えてないぞ! このまま押し通すぞ!

「で、でしょ〜?」
「でもどこで知り合ったのよ、留学生と」
「え? えーとね」

 それは――、それは――!

「ひゃう!」

 突然掌にぬるっとした感触が……! 慌ててダンデの口から手を離す。なん、なん、

「何で舐めるのよ!」

 ダンデに掌舐められた! びっくりした!

「いや、キミが鼻まで塞ぐから苦しくて」
「鼻まで塞いだのはごめん。でも普通に引き剥がせばいいじゃない……。さてはダン……くん酔ってるでしょ」
「そうかもしれない。だが、酔ってるのはキミもだろ」
「それは否定できない。って、あれ。ズシ、ずしー? 黙ってるけどだいじょ……わあ……」

 ズシはうっとりとした表情でダンデを見つめていた。

「えっとー。ダンさん? って言うんですか」
「いや、オレはダンデだ」
「あ、もう実生活からダンデになりきっていらっしゃるんですね。素敵です」

 素敵かな~? 普段のズシなら「イタい」って一蹴してるじゃん。これズシが酔ってるから誤魔化せてるとこあるわ。

「あかつきとの出会いをお訊きしても?」
「彼女との出会い? 彼女とはベッドで」
「わああああああああっ!!」

 バカ! バカ野郎! 確かに事実だけどそれじゃあ誤解されるだろ! ワンナイトかましたんだと思われるだろ!

「ベッド!? あかつきやるねー?」
「ちが、違わないけど違うんだよ……!」

 ほら見てズシのこの顔。「察した」みたいないい笑顔してるけど全然察してないのよ。私とダンデは清い関係だよ!

「今はオレが彼女の家に居候している状態だ」
「ダン――くん、もうこと細かに答えなくていいからね!」

 ダンデは正直な人だ。それはこの短い付き合いで分かる。でもね、ときには嘘が世界を救うこともあるんだよ。それはまさに今です、今!

「そっかあ、じゃあ今日は彼氏と飲みに来たのね。参加させようとして悪かったわね」
「いや、あの……彼氏じゃない……」
「そう。分かってるわよ。身体から始まるってこともあるし!」
「ドヤ顔しないでよぉ……」

 そしてダンデは無垢な瞳で首を傾げるのをやめなさい。

 私は手で顔を覆った。どうしてこうなるの。

「邪魔しちゃったわね。今度、ランチする日に詳しい話をよろしく、あかつき。じゃあ、またね〜」

 ズシはトイレのある方へ去っていった。

 酔いが完璧に醒めてしまった。私の摂取したアルコールはどこに消えたんだろうか。

 私は一気に脱力した。

「嵐のようだった……」
「今のはキミの知り合いかい?」
「うん、同じ会社で働いてる友達。部署は違うんだけどね。趣味が一緒だから、よく遊ぶんだ」

 尋問されるのは確定か。それまでにダンデのこっちでの設定練っておかないといけないね。嘘は辛いけど、異世界トリップした本物のダンデですとはさすがに言えないわ。

「彼女、オレのことを知っていたようだが?」
「ズシはガラルが舞台のゲームしてるから、あなたを知ってるの。あ、ちなみにキバナの大ファン」
「そうなのか? キバナ、それを聞いたら喜ぶだろうな」

 トリップしてきたのがダンデでよかった。あの子の推しのキバナだったら絶対誤魔化せなかった。命拾いした。

 ああ、疲れた……。

「……ダンデ、帰ろっか。リザードンにご飯あげなきゃ」
「ああ。帰ろう。キミ、もう飲まない方がいいぜ?」
「うん……」

 ダンデが迷子になった今日の外出。最後はズシにあらぬ誤解をされてしまったけれど……。

 ダンデとの距離を縮めるって目標は達成できたんだし、成功だった、よね……?

***

 リザードンに食事をさせて帰ってきて、私はそのままぐっすり眠った。はずだった。

「んー、水……」

 なんとなく目が覚めてしまい、私は水を飲みに寝室から出た。

 ダンデを起こさないようにとそっと忍び足で歩いたのだけど――。

「あれ、ダンデいない?」

 ソファベッドにはダンデの姿がなかった。トイレ……、でもなさそう。

 どこからかカタン、と音がした。

「あ……」

 ダンデがベランダに出ている。後ろ姿しか見えない。星を眺めている?

 長い髪が風になびいている。

 なんとなく、声をかけてはいけないと思った。

「……何か悩んでるのかな」

 私はダンデに話を聞いてもらった。家族を失った寂しさを吐露した。

 じゃあ、私の番じゃないの? ダンデの話、聞いてあげるべきじゃないの?

 もし悩んでいるのなら、今度は私が――。

 そう思うのに、上手く足が動かない。

 太陽のような優しさを持つダンデを包んであげられる人っているのかな。

 私じゃ多分、無理だと思う。

 今、彼はどんな顔してこの世界の星空を眺めているのだろう。

 異世界の星空は、ダンデの瞳にどう映っているのだろう。

 ――帰りたいよね。

 どんなに彼を知っても、私はきっとその心を埋められない。

 その寂しさを。

 その焦りを。

 私は、寝室に引っ込んだ。

 ベッドに潜り込んで頭から布団を被る。

 瞼の裏に彼の背中が浮かび上がる。

 異世界の人。

 私とまったく違う人。

 帰るべき人。

 皆に必要とされている人。

 今更、だけど。

 本当に、よかったのかな。

 いずれ彼は帰る人。

 私は、彼の何を知ったというのだろう。

 私は、彼と距離を縮めてよかったの?

 ダンデが帰ったら、今までのことは全部無駄になってしまうかもしれないのに。