今はおやすみ、チャンピオン。④

 家に到着してすぐ、ダンデをベッドに寝かせてきた。熱は今引いているけど、また上がるかもしれない。ご飯食べさせて薬を飲ませよう。

 ネットでおかゆの作り方を調べる。インスタント買えばよかったかなとは思うものの、炊いたご飯が余って勿体ないから、自分で作ろうと思う。難しいものでもないし、ダンデが来るまではそれなりに自炊していたんだ。これくらい、上手く作れるでしょ。

「でもどうせなら、あれ作りたいな。玉子がゆ。風邪ひいた時、おばあちゃんが作ってくれたやつ」

 と、作ってみたのはいいものの。おばあちゃんの味は再現できなかった。残念。おばあちゃんには料理のレシピとか色々なことを教わったけど、もうちょっと真面目に聞いていればよかったな。なんて、本当今更なんだけど。

「ダンデ、起きてる?」
「ああ」

 ダンデが起き上がって、私が運んできた鍋を凝視している。

、それは?」
「玉子がゆ。食べたことないよね? 風邪ひきさん専用のご飯です」

 お茶碗によそった玉子がゆを見て「ドロドロだ……」と呟くダンデ。おかゆ、初めて見るのかな?

「お米を柔らかく煮たんだ。卵入りだよ。食べれそう?」

 数秒の沈黙のあと、ダンデは玉子がゆから私へ視線を移す。

「食べさせてくれ」
「……もしかしてダンデ、甘えてる?」

 小首を傾げるな。幼女か。可愛いけども。

「食べさせてくれ」
「二度も言うか」
「食べさせてくれ」
「さっきからそれしか言わないね? 分かったよ、もう」

 まだポンコツは直らないんだなー。そっか、私はダンデにあーんしなきゃいけないのね。

 ……新手の拷問かな?

 ま、まあ? 病人だし? 仕方ないからやってやるわ!

 お茶碗持って、スプーンで掬って、

「は、はいあーん」

 大きく口を開けてパクリと一口。

 ダンデは何も言わない。

「……美味しい? 食べれそう?」

 何も言わないまま、ダンデが口を開ける。

 あ、食べたいのね。はい、今あげます。

「あーん」
「あーん……」

 やっぱりこれ、新手の拷問だな……? 緊張で持つ手が震える。

 目の前にいるのは弱った成人男性ではなく、雛鳥です。可愛い赤ちゃんの鳥です。私はお世話する親鳥。オーケー、そういう設定でいきましょう。

 パカ、と口を開けてご飯を待つダンデを見て思う。

 か、可愛いんですけど……?

「……続けんのこれ? 無理だわあ」

 思考しない機械になりたい。切実にそう思った。

 そんなこんなで、ダンデは玉子がゆを無事完食した。

 私? メチャクチャ頑張ったよ。お陰で瀕死だよ。誰か“げんきのかけら”をください。

 そうだ、ゼリーどうしよう? 一気にたくさん食べさせるのはよくないかな? うん、寝て起きてからにしよう。

 薬を飲ませてテレビを一緒に観ていたら、ダンデはうつらうつらと船を漕いでいた。

「ダンデ、眠い?」

「ああ……」

 瞼が重いのか、しきりに目を擦っている。私は毛布や掛け布団を整えて、ダンデに掛けてあげた。

「すまない、

 とろとろと、煮詰めたジャムみたいな金色の瞳が揺れて、ゆっくり瞼を閉じていく。

「ううん。いいんだよ。ゆっくり休んで。治して」

 今度は本当の意味で、ダンデと向き合いたい。

「起きたら……、また……あとで……」

 薄い画面1枚分の壁を越えて。

 あなたがこの世界に生きていることを。

 あなたが愛する世界へ帰れるように、頑張ろう。

 だけど、今は。

「……おやすみなさい、ダンデ」

***

 ダンデは3時間後に目を覚ました。

 体温計で熱を測ってもらう。薬が効いたみたいで、朝より下がったみたいだった。

「汗で気持ち悪い」
「もう1回身体拭く?」
「――自分でやる。着替えも欲しい。上だけでいい、持ってきてくれないか」

「はーい」

 お、これは確実に回復してる。肌着を渡すと、後ろを向くように言われた。よかった、朝のあれはもうごめんだよ!

 私は後ろを向いたまま、ゼリーのことを訊いてみることにした。

「ねえ、ダンデ。ゼリー食べる?」
「ゼリー?」

 衣擦れの音がする。まだ着替え中のようだ。

「そう。オレンのみのゼリーが食べたいってリクエストしてたじゃない。覚えてる?」
「……そういえば、そんなことをキミに頼んだような……。無理難題を突きつけてしまったよな。オレンのみは、多分こっちの世界にはない」

「そうなんだよねー。だから、独断と偏見でミカンゼリー買ったんだけど、食べる?」
「ああ、食べたい」
「よかった。……ごめんね、ミカンゼリーが欲しかったわけじゃないって分かってたんだけど、買っちゃった。ダンデが初めてワガママ言ってくれたから、ちょっと嬉しくてさ」

 そう。あれは、小さなワガママ。

 いつも遠慮してたダンデの、初めての、願望。

「そう、だっただろうか?」

 ダンデが戸惑っているのが、声の調子で分かる。

「そうだよ。いつもはリザードン優先だったんだよ?」
「……意識していなかった」
「だと思った。あ、着替え終わった? 今、ゼリー取ってくるね」

 ということで、冷蔵庫からゼリーを持ってきた。私も食べたいから実は二個買ってある。

「はい、これ。スプーンどうぞ」
「ありがとう。いただきます」

 ゼリーは冷えていて美味しかった。ミカンゼリーなんて久々に買って食べたかも。ダンデは何も言わずに食べているけれど……。

「やっぱり違うでしょ?」
「……そうだな。でも、これはこれで好きだ」

 ダンデは今日、思い出したそうだ。子どもの頃、風邪をひいた時にお母さんが買ってきてくれたゼリーのことを。

「思い出補正、というやつだろう。オレはあれが世界で1番美味い食べ物だと思った」
「あるある、そういうの。さっきの玉子がゆが、私にとってはそうなの。私が風邪をひくとね、おばあちゃんが作ってくれんだ」

 懐かしいなー。

「そうか。あのおかゆは、おばあさんから教わった料理だったのか。美味かったぜ」
「ありがと! でも、おばあちゃんのはもっと美味しかった。ま、思い出補正がなくても、おばあちゃんの料理は世界一美味しいんだけどね!」
「オレだってそうだ! 母さんの料理はガラル――いや、世界一だぜ!」

 私とダンデは顔を見合わせて笑った。

 ダンデは完全とまではいかないけれど、今朝よりは元気になっているみたいだ。ゼリーは完食。会話もいつも通り。

 本当、早めに病院連れていってよかった。

 太陽のような笑顔を見て、私は胸を撫で下ろした。