隠し事の1つや2つ①

 スマホのアラームが鳴った。
 眠い。ものすごく眠い。

 最近は日付変わる前に寝てるんだけどなあ……、とベットサイドテーブルに置いていたスマホを手に取る。アラームを止め、ベッドから這い出た。

 ……お味噌汁のいい匂いがする。

 まな板の小気味いい音がキッチンの方から聞こえてくる。

 最近の朝は、この音をよく聞くなあ。

 私は寝室のドアを開けた。

「おはよう……」
「おはよう、!」

 菫色の長い髪をポニーテールにした男性から挨拶が返ってくる。
 今日はカフェの店員がするようなエプロンをしている。何着ても様になるなあ……。

「今日のご飯、何……?」
「魚が食べたいと言っていたから、焼き鮭にしてみた」
「ありがとう……顔洗ってくる……」
「新しいタオルに替えてあるぜ!」
「ありがとう」

 大きな欠伸をして洗面台へ。顔を洗って、目覚めを促す。
 今日は金曜日。頑張ってくるかー!

 部屋に戻ると、テーブルには既に朝食が用意されていた。今日のメニューは、ホカホカの白いご飯、ワカメのお味噌汁、焼き鮭、ほうれん草の胡麻和えだ。SNSに載せたら映そう。

「私より日本人してるよ、ダンデ」
「そうか? 箸はまだ上手く使えないぜ?」

 今日も今日とて、太陽のような笑顔が輝く。

 彼はガラルのポケモンチャンピオン、ダンデ。相棒はリザードン。

 今は、私の家で主夫をしている。

 ポケモンの世界からやってきた、正真正銘の異世界人だ。

***

 ダンデがトリップしてきて、1ヶ月が経とうとしている。

 お互いのことを知り、一緒に暮らすにあたっての生活基盤は整ったと思う。

 そろそろ元の世界に帰る方法を探さなくてはいけない。

 ダンデは手始めに文字の勉強をしている。ネットで情報収集したいんだって。
 ひらがな、カタカナは読めるレベルに。漢字は小3で習う程度のもの。アルファベット、もといローマ字は完璧。

 私の方も調べ物を手伝っている。ネットでポケモンの情報をピックアップしつつ、ズシが買ってくれたポケモンの最新作をプレイしている。遊んでるわけじゃないよ。これも立派な調査活動。ゲーム中にトリップのヒントがあるかもしれないからね。

 そうそう、ゲームを初めてプレイした日、ダンデはとても不思議な顔でテレビ画面を凝視していた。その様子を例えるなら、宇宙背景の猫の画像だ。SNSでよく見るヤツ。

 主人公選択のとき、ダンデは興味深い発言をした。

「これは、マサルくんだな。こっちの少女は会ったことがない」

 ダンデの弟と一緒に旅立ったのは、男の子主人公――マサルの方だったらしい。女の子主人公じゃなかったのだ。

 まあ、そういう誤差はあるか……。

 ダンデ曰く、これらの出来事は過去のことで、録画でも観ている気分だという。自分がこちらに来たのはもっと未来。ゲームを進めた先にあるらしい。

「そうなんだ。なるべく早く進めるようにするね。あ、でもこの先の出来事はネタバレしないでね! その……、ダンデにとっては本当に起こったことなのは理解してるけど……。やっぱりその、ストーリーを楽しみたい気持ちもあるからさあ……」
「ああ。極力口出しはしない。……オレも、気になることがあるから。キミがそこまで進めてくれるように見守るぜ」

 というわけで私は女の子を選択し、ダンデが隣で見守る中、ゲームを進めていった。

 スタジアムが映し出され、ローズ委員長のスピーチ(プレーヤーにポケモンとこの世界についての説明のようなもの)が始まる。

 ズシからある程度聞かされていたし、ダンデの話から予想はしていたけれど、ガラル地方ではポケモンバトルはスポーツ扱いされているのね。リメイク版の金・銀以来プレイしいない私には新鮮だった。

 お、エキシビションマッチが始まるようだ。

「えっ! ダンデ登場した!」

 スタジアムに歓声が響く。派手な演出と共にコートに現れたのは、ユニフォームに身を包むダンデだ。画面どアップのキメ顔だ。やはり顔がいい。

「……」

 そういえば隣に本人いるわ。今はチャンピオンお休み中だけど。

「ねえ、この試合覚えてる?」
「もちろん。対戦相手がキバナで――」

 画面の中のダンデがポーズを決めた。

 スタジアムの観客たちが盛り上がる。ポーズひとつでこの人気ぶり、やっぱり私の「国民的大スター」予想は外れてなかったみたいだ。これを10年は続けているとは……、ダンデはすごいな。これ、チャンピオンお休みの提案して正解だったかも。

「ダンデ、このポーズ何?」
「リザードンポーズだ」
「リザードンポーズ!? 何それ、そんなポーズあったの?」

 へえ〜、知らなかった。ダンデ、私の前で1回も見せてくれたことないんだよね。

「……チャンピオンお休み中に悪いんだけど、リザードンポーズを実際見せてもらっても……?」
「もちろん! いいぜ!」

 スクッと立ち上がると、ダンデは足を肩幅に開き、左手を勢いよく空へ突き出した。

 バーン! という効果音が聞こえた気がする。幻聴か? 風も吹いた気がする。これはきっと気のせいだ。

「おおー!」

 生リザードンポーズだ!
 私は思わず拍手をしていた。

「カッコいい!」
「かっ……そ、そうか?」

 少し照れたように笑うダンデ。

「これは子どもから大人まで真似するわ。いいね。いいポーズだね」

 そういうわけで、ゲーム再開。キバナ様(ズシのせいで様付けが癖になってしまった)が登場。ダンデの言った通り、エキシビションの対戦相手だ。

 ダンデが「キョダイマックスだ!」と叫ぶとリザードンが赤く光り、見る見るうちに巨大化していく。

 ズシからダイマックスのことは聞いていたけど、改めて目にすると驚いてしまうね。

 戦隊モノの怪人って、最後大きくなるよね……。いや、もしかしてあれかな。3分しか地球で戦えない、あの巨大なヒーローかな。キョダイマックスから、この2つを連想してしまった。

 ここでゲームタイトルが入る。今までのはオープニングムービーみたいなものかな。あ、画面が切り替わった。主人公が登場だ。ホップが迎えに来てくれた。

「はは、ホップはこの日こんなに張り切っていたんだな……。オレが駅に着くまでこんなやりとりをマサルくんとしていたのか」
「あ、そっか。プレーヤー視点で進むから、ダンデはこの出来事知らないんだよね?」

 どうやらダンデは、久しぶりに故郷へ帰還したらしい。ホップと私にポケモンをプレゼントするために。
 なるほど、ホップは元気いっぱいの男の子だけど、ダンデと会えるから余計張り切っているんだね。

 あ、ホップの家大きいなあ……、いやこれはダンデの実家でもあるのか。一戸建てかー。庭付き。池付き。立派なお家に住んでたのね、ダンデ。

「……あ、これ2階行ける! えーと、こっちはホップの部屋か。あ、これ隣ダンデの部屋!? すごい、帽子いっぱい飾ってある! 本もたくさん! 勉強熱心なのね」
、」
「これトレーニングマシン? なるほど、ポケモンも一緒に使えるんだ。どうりでダンデって筋肉ついてて逞しい身体してると思った」

「ん?」

 ゲーム画面から目を離す。ダンデがちょっとむくれていた。

「……あまり見ないでほしいんだぜ……」
「…………あ。ごめん……」

 そうだった。ついつい、二次元のキャラクターという色眼鏡で見てしまっていた。反省……。そうね、プライベートくらいあるよ……。本人いる横ではしゃいじゃった。

「勝手に入ってごめん」

 ダンデは小さくうなずくと、突然こんなことを訊いてきた。

「……さっきのは本当か?」
「何が?」
「筋肉ついて逞しいとか……」
「え? うん、筋肉が程よくついてて、いいと思う。さすがにゴリゴリに筋肉ついてる人は苦手なんだけど、ダンデくらいが理想かな。健康的だと思う」
「そう、か……」

 ダンデ、何故嬉しそうなの? 筋トレする人は筋肉褒められると嬉しいって聞いたことあるけど、ダンデもそういうパターンなのかな。上腕二頭筋の仕上がりがいいとか褒めるべき? あ、筋肉の部位詳しくは知らないわ。あとで調べとこ。

 ストーリーはどんどん進む。ブラッシータウンの駅までダンデを迎えに行き――ここでファンに囲まれるダンデが登場。彼がいかに慕われているのか分かる――再びハロンタウンへ。いよいよ、ダンデからポケモンを貰うことになった。

「あ、今回の御三家! サルノリ、ヒバニー、メッソンかー」

 さて、私は誰を選ぼうかな。