隠し事の1つや2つ④


 忘年会もお開き。二次会は遠慮した。ダンデが家にいるし、あと、あの……飲みすぎた……。
 気分が高揚している気がする。顔が火照ってる気がする。暑いなー。12月なのになー。コート脱ぎたくなるなー。

 二次会組と帰宅組に分かれ、解散となる。ズシは二次会へ行くらしい。他部署にいい人いたのかな。ハンターの目をしていたからね。

さん、家どっち? あ、降りるとこ同じじゃん。よかったら、一緒に帰ろう。終電間に合うよ」

 断る理由もないのでカシワギくんと帰ることになった。電車に揺られながら、私たちは他愛ない話をする。そうだ、ダンデに連絡しとかないと……。スマホでメッセージを送っておこう。

 ダンデは努力のかいあって、ある程度の漢字なら読めるようになった。私たちの間で取り決めた、帰宅の合図に使っているポケモンのスタンプを送り「あと1時間くらいで家に着く」と打ち込んだ。寝てるかもしれないけど、連絡しておいた方がいいよね。

さん、ズシが言ってたの本当?」
「何が?」
「外国人がどうとか。一緒に住んでるんだって?」

 メッセージを送ったあと、カシワギくんにそんなことを訊かれた。

「あー。住んでるというか、アパートのお隣さんってことが判明して、ずるずる縁が続いてる感じ」
「そうなんだ……」

 カシワギくんは何か考え込んでいる。それきり会話は終わってしまい、降りる駅まで沈黙が続いていた。

 駅のホームに降り立つ。アルコールのせいで、まだ暑い。カシワギくんは寒そうにしている。

「カシワギくん、寒がり?」
「わりと」
「マフラー貸そうか? 私、もう暑くてさ」
「いや、それは……。大丈夫、ありがとう」

 まあ、他人の巻いたマフラーは嫌だよね。カシワギくんは「勿体なかったな……」とか何かブツブツ呟いていたけれど……。勿体ないって何だろうか。

 改札を通り、出口へ。カシワギくんの家は私のアパートと反対方向だった。

さん。あとで連絡、するから」
「……うん」
「俺、本気なんで。付き合うとか、そういうのちょっと考えてもらえると、嬉しいっす」
「わ、分かりました……」

 思わず敬語になってしまう。

 そうだった。カシワギくん、私に気があるんだっけ。酔ってて忘れてた。
 頬に熱が集まる。酔ってるせいもあるんだけど、思い出したら緊張してきたぞ。

 そうやって、しばらくお互い見つめ合う形になっていたら――。

!」

 聞き覚えのある声が……!
 ダンデが迎えに来てる!

「ダン……」

 デ、と言いかけて口を噤む。カシワギくんがいるから、ダンデとは呼べない。

「ダンくん」

 ダンデ、実は最寄り駅までの道を覚えたんだよね。ゲームでもネタにされてるくらいの方向音痴なのに。今まで外に積極的に出なかったのも迷うからだったのに、チャンピオンをお休みするようになってからは、私が付き添って家近辺の道を何回も何十回も歩き回ったのだ。その成果、今出たみたいだ。すごい進歩。

 今日の格好は、新宿で迷子になった日に買ったものだった。青のスポーツキャップを被ってる。上はダウンジャケットで下はジーンズ。足元は黒のスニーカー。うんうん、似合ってるよ。

「迎えに来てくれたの?」
「ああ。少し迷ったが、なんとか辿り着けた。こんな遅い時間にひとりで出歩くのは心配だったんだ」
「ありがとう」
「ところで、こちらは」

 ダンデの視線がカシワギくんへ向く。

「同じ会社のカシワギくん。住んでるところが同じだから、一緒に帰ってきたの。あ、カシワギくん。ズシが言ってたでしょ、彼が留学生のダンくんだよ」
「そうだったのか。ありがとう!」
「あ、どうもっす!」

 ダンデは社交性高いよね。初対面で握手できるのすごい。きっとチャンピオンの経験あるからだよね 。カシワギくんは驚いていたけれどそれも一瞬で、握手に対応している。

「アパートのお隣さんが、わざわざ迎えに?」

 カシワギくん、スルーして。そこ突っ込まないで。

はオレの恩人だ。彼女に何かあったらいけない」
「へぇー。いいお隣さんっすねー」

 カシワギくん、お隣さんをやけに強調する。

さん。じゃあ、また。連絡、明日絶対するんで!」
「あ、うん。カシワギくん気を付けて帰ってね」

 カシワギくんは微笑むと、ダンデを一瞥して「どうもー」と会釈し、そのまま足早に去っていった。

「……オレは彼に何か失礼をはたらいただろうか? 敵意を感じたんだが」
「あ、それ私のせいかな……。ごめん」

 ダンデを促し、私たちは歩き出す。

「何で、キミが謝るんだ」
「えーと……、うーん」

 アプローチされたせいです、って言うのもなんか恥ずかしいな。

「今度食事しようと誘われた、から?」
「…………」

 ダンデ、無言でこっち見るのやめなさい。

「私、可愛いって褒められちゃった」
「……そうか。彼は見る目があるな。確かにキミは可愛い」
「――お、え。あ? 何?」

 すごい。脳が理解を拒否したぞ。見る目がある? え? 何だって?

「うん? キミはいつも可愛いよ」
「そ、そう……? あ、アリガト」

 予想外だった。ダンデに、可愛いって言われるとは思わなかった。おかしい。また体温上がった。

 カシワギくんに「可愛い」って言われた時より、ダンデに「可愛い」って言われた時の方が嬉しい。

「なん、……いつもそんなこと言わないのに……」
「そうだったか? 何でだろう。の可愛さを知っているのは彼だけじゃない。オレも同じだと思ったら、勝手に口に出ていたんだ」
「そ、ソウナノ」

 可愛いと思っていたのか。
 うわー、うわー、照れるとかそんなレベルじゃないよ!
 なに、明日私死ぬの? どんな幸せ?

「毎日言おうか?」
「いらないよ! 褒め殺される!」
「はは。可愛いぜ、
「わ、いらんて! いらんて!」

 ダンデめ、からかってるな? ……いや、これ本気で褒めてるんだ。

 可愛い、か。私には無縁だと思ってたのに、ダンデのせいで特別な言葉になっちゃったよ。
 しばらく無言で歩き続けていた。あと少しでアパートに着くといったところで、ダンデが口を開いた。

「……そういえば、キミは食事に行くのか」
「ん?」

 ダンデの声はいつもより硬かった。

「カシワギくんと? どうだろう? 悩んでる」
、知っているか? 男女間での『食事でもどうですか』は、実はお付き合いの意味合が含まれるケースがあって――」
「知ってるわ! 恋愛経験クソ雑魚の私でもさすがにそれは知ってるわ!」

 ダンデ、勘違いは解けてるでしょ? 私、子どもじゃないのよ?

「そうか。オレは以前、オリーヴさんに叱られたんだ。色んな人間から食事に誘われることもあるだろうが、特に異性には気を付けろと。額面通りに受け取るなと注意されたことがあった」
「オリーヴさん?」
「ああ。ローズ委員長の秘書だ」
「あー。あの人か」

 そういえば、秘書っぽい人がいたな。そうだ、オリーヴさんか。有能そうな人だったね。ローズ委員長をすごく慕っているみたい。

 多分、オリーヴさんはゴシップにすっぱ抜かれないようにって意味でダンデに忠告したんだな。チャンピオンのイメージ作りって大変だね。

「……何で大人になると裏の意味まで考えなくちゃいけないんだろうな」
「……」

 それは、あまりにも純粋で素朴な疑問だった。

「ただ普通に食事したいだけなのに。もっとポケモンの話をしたいだけなのに。そう思うことが何度もあったな」

 ダンデの横顔は寂しそうに見えた。珍しいな、そんな表情……。

「ああ、いや。オレの話はいいんだ。カシワギ、だったか? 彼と食事に応じるんだったら、キミもそういった意味合いだと覚悟した方がいい……。そう言いたかったんだが……」
「あー、なるほどね。うん」

 実際、カシワギくんからは「付き合ってもいいか考えて」と言われてるわけだから……。誘いに応じるということは、実質「はい」と返事するようなものではないだろうか?

「急展開なんだよなあ……」
「何がだ?」
「うん? この手の話だよ。今までまったく縁がなかったからさ。ま、行ってもいいかなとは思うんだよね……。私も彼氏欲しいし」
「えっ!?」
「わっ!? 何!?」

 ダンデが驚いて大声をあげるものだから、私もつられて驚いてしまった。

「えっ、彼氏が欲しいのか?」
「いや彼氏というか、家族が欲しいんだよ! 私には身内が誰もいないからさ。結婚を前提にお付き合いしたいわけ。カシワギくんがそうなら、まあ候補に入れてもいいかなって……」

 候補に入れるとか失礼な言い方かもしれないが、カシワギくんが果たして結婚も考えてくれるかどうかは分からない。私たちくらいの年齢だと、そこまで考える人は少ないんじゃないかな。ほら、独身楽しみたいとかさ。だから、そこら辺話してみないと分からないんだよね。

「今はダンデとリザードンがいるから寂しくないよ。でも、ダンデがあっちに帰ったら私ひとりだからさ。将来考えないと」
「……そうだな。確かに、キミの言う通りだぜ」
「まあでも、まずはダンデをガラルに帰してから考えることにするよ」
「それは……。オレのせいでキミのプライベートが犠牲になるのは望まないんだが」
「いいの! 今すぐ欲しいってわけじゃないし」

 私はダンデに笑いかける。

「犠牲って言わないでよ。そんなこと全然ないよ。今はさ、あなたとこうして暮らしてるのが楽しいから! 彼氏を作るより大事で大切な時間だよ!」

 ダンデが足を止めた。私は数歩進んでからそれに気が付き足を止める。ダンデはスポーツキャップを目深に被って微動だにしない。

 何があったの……。あ、もうアパート着いてるじゃん。だから止まったのか……?

「ダンデ?」
「先に帰っていてくれ。オレは――、ちょっとリザードンと……、色々ある、から……」
「色々あるとは……? んー。まあ、とりあえず先に帰ってるね」

 気になるけど、まあ、いいや。早く帰って休みたいからね。いやあ、久々の飲酒は最高……!



 ダンデはそれから30分後にアパートに帰ってきた。

 ボールからリザードンを出して撫でてお世話をしていつも通りだったので、私は特に何も追及はせず、その日は眠りについたのだった。