芽生えて育って③


 さあ、大掃除だ!

 寝室は私しか使ってないし、ダンデに掃除してもらうわけにはいかないので……、まあ、散らかってるよね。

「そういえば、おばあちゃんの家を片付けた時の荷物、そのままにしてたな」

 おばあちゃんが住んでいたアパートを引き払った時の荷物が寝室に置きっぱなしだ。結構場所を取っている。ある程度整理整頓して私のアパートに持ってきたけれど、まだまだ捨てないといけないものはあるわけで。

「いっそトランクルームに預けるとか? でもなあ、月の維持費がなあ……」

 ここだけの話、ダンデと暮らすようになって出費が嵩んでいるのだ。お父さんとお母さん、そしておばあちゃんから相続したものはあるけれど、それは私ひとり・・・・のために遺されたものだ。想定外の出費ではすぐになくなってしまう。

 私が「住んでいいよ」と言った手前、今更金銭面で心配をかけるわけにはいかない。いざとなったら副業しよう。ダンデは働きにいけない。真っ当なお仕事をしたいなら、身分証明が必要になるだろうし……。

 ああ、年末にこんなこと考えたくない。いいから。とりあえずさっさと整頓、掃除!

 おばあちゃんの荷物からやって、あとで私の物を断捨離だ!

「とはいえ、おばあちゃんはあまり物を買わない人だったから整理が楽なんだよねー……っと」

 アルバム、手紙、洋服、アクセサリー。あとは――ん、アルバムから何か落ちてきた。何だ、これ。

「……短冊?」

 水色の短冊が1枚落ちてきた。何だろうか、これ。

「七夕飾りの余り?」

 それをアルバムに挟むかな、普通。

 あ、短冊じゃなくて栞かな? いや、それにしては簡素だよね。栞って、上の方にリボンみたいなのついてるデザインが多いし……。やっぱり短冊、か?

 私は不思議に思いながら、アルバムを開く。アルバムから落ちてきたんだから、適当な場所に挟んでおけばいいのかな。

「あ、このアルバム。おばあちゃんとおじいちゃんの若い頃の写真もあるんだ」

 おじいちゃんは私が生まれる前に亡くなっている。写真が嫌いだったので写っているものは3枚もない。
 本当は仏壇のところに飾りたかったんだけど、今まで見つからなくて諦めてたんだよね。

「……若い頃の写真でも許してくれるかな、おじいちゃん」

 写真の中のおじいちゃんとおばあちゃんは、微笑みを浮かべ手を繋いでいる。この時代、まだ写真はモノクロなのか。大掃除が終わったら写真を飾っておこう。

「あ、やば。手が止まってた。掃除掃除……」

 アルバムを見たい気持ちをぐっと堪え、私は大掃除へと戻った。


***


 2日間かけて大掃除を終わらせた。部屋の隅々までピカピカになった。そんな気がする。ダンデのお陰だね。

「ダンデ、本当にありがとね」
「大したことはしてないぜ?」
「いやー。私ひとりだとここまで徹底的にやらないもん。本当に助かったよー。あ、ミカン食べる? 美味しいよ」
「ああ、貰おう。……ところで」
「ん?」
「コタツ……だったか? これ、いいな……」
「でしょー?」

 炬燵にミカンは日本の冬の風物詩だよね? この瞬間、ああ日本人でよかったーって思うんだよ。

 今、私たちは炬燵でまったりしている。大掃除で頑張った身体と心を労っているのだ。

 本当は、毎年11月の時点で私は炬燵を出しているのだけど、おばあちゃんやダンデとのことがあって出すタイミングを逃していた。
 リザードンのための模様替えをした時に出せばよかったんだけど、出して邪魔になりそうかなと思ってやめたんだよね。

 リザードンの行動範囲に支障はなさそうだと判断したので、大掃除の時に炬燵を出したってわけ。

「明日の夜は鍋にしよう。炬燵で鍋は定番だと思うんだよね、私」
「鍋か。前からやってみたいと思っていたんだ」
「私も手伝うよ、もちろん。明日は朝から買い出し行って、夜はゆっくり年越しだね」

 ダンデはうなずいた。ミカンをもぐもぐ食べてる姿が可愛い。

 ……なんだか最近、可愛いって思う時が増えたな。どう見ても成人男性なのに。髭生えてるのに。

 この気持ちは何だろう。覚えがあるな。
 ……あ! 推しを眺める時の気持ちかな。尊さ?
 なるほど。私、ダンデが推しになりかけてる? 

 仮に、だよ。ダンデがトリップしていなかったら? 初対面がゲームだったら? 私はダンデが推しになっていただろうか?

 ダンデは歴代の推しとはタイプが違う。なんというか、私が好きになるキャラは文化系なんだよ。どっちかというと振り回されるタイプで、どっちかというと内向的なんだよ。

 それを踏まえると、ダンデまったく違うんだよ。どっちかというとスポーツマンぽくない? 陽キャでしょ? 人を振り回すタイプでしょ? 補佐的なキャラが「やれやれ」しちゃうタイプでしょ?

 一緒に住んでるせいなのかな、これ。それとも、ゲームをプレイした影響もあるのかな。

 ええーと、つまり……。

 ダンデ、推せるわ!

 あ、ゲームのキャラだから、じゃないよ。

 私が仮にガラルに住んでる人だったら、と考える。彼の人となりを見たら、活躍を見てしまったら、熱狂的なファンになっていたに違いない。
 彼が帰っても推そうと思う。こっちでグッズ出たら買おう。

「そうなると今の推しへの課金……はこの生活でしてるから、いいのか。すごいな、住んでるだけで貢献とか」
「何の話だ?」
「ん? 推しが増えた話」
「推し?」

 ダンデがパクリとミカンを食べた。瞬間、顔を顰める。あ、酸っぱいのに当たったんだね。ふふ、可愛い……。梅干し初めて食べた時もそんな顔してたよね。

「酸っぱい……」
「あはは!」
「酷いぜ、。そんなに笑うなよ」
「いやだって、なんか可笑しくて。ふふふっ、ふ……ふふ……」
「本当に酸っぱかったんだ! キミも食べてみてくれ」
「えっ、ヤダよ。酸っぱいの分かってて食べたくないし!」

 お、ダンデがむくれてる。そんな顔しても可愛いだけだぞ。

 ゲームの中では――ううん。子どもの前では絶対に見せない、チャンピオンじゃない時の態度だよね、きっと。

「こっち食べる? 甘かったよ。あ、食べかけでもいいならだけど」
「……1個でいい。食べ物は粗末にしたくない」
「偉いよ、ダンデ。2個あげちゃう」

 ダンデが前に私のこと「可愛い」って褒めてくれたけどさ、なんとなーく、本当になんとなーく「可愛い」って言いたくなる気持ち分かるかも。

 うん、ダンデ推せるわ……。

 甘いミカンを食べて顔を明るくする彼を見ながら、そんなことを思う私だった。