
芽生えて育って④
12月31日。
ダンデが仏壇に向かって拝んでいた。なんというか、本当、こういうところ律儀というかマメだと思う。「恩人であるキミのご家族だから」とご飯や水もお供えしてくれるんだよね……。
「おはよー、ダンデ」
「おはよう、。この新しい写真はキミのおじいさんなのか?」
「そうだよ。掃除中に出てきたの。若い頃の写真だけどね」
おじいちゃんの写真見つかってよかった。これで家族全員揃ったわ。
「そうか……」
ダンデが怪訝な顔をして、おじいちゃんの写真を見つめている。
「どうしたの?」
「いや……。何となく……違和感があるんだが……?」
「え、何?」
違和感、だと? 写真がモノクロのせいとかじゃなくて?
「――いや、多分恐らく気のせいだろう。すまなかった。正月の買い出しに行くんだよな、今準備する」
「ん、うん」
ダンデが外出の準備をするために洗面所へ向かう。
私は首を傾げ、おじいちゃんの写真を手に取る。……違和感、あるかな? 別に、どこにでもある普通の写真だと思うんだけどなあ……。
「リザードンはどう思う?」
カーペットで寛いでいるリザードンに訊いてみるが、返ってきたのは「ぎゅあ?」という鳴き声だけだった。
うん、分かるわけないよね……。
気にしてもしょうがないか。私も外出の準備しよう。
今日は正月の買い出しが目的。炬燵で鍋やろうと言ったので、主に鍋の材料買うつもり。あとはお雑煮でしょ、あとは――、そこはスーパー行って考えようか。
お金……は、正月くらい奮発しなくてどうするんだ。贅沢して、あとは慎ましく節約すればいいのよ。
リザードンをボールに入れて、私たちは外に出る。さて、スーパーへ出発。
そして、ちゃっかりダンデは私と手を繋いでいる。
……何で。
「ダンデさあ、もう迷わないんじゃない? スーパーくらいまでなら」
一応、昼間は買い物ひとりで行ってるじゃん。散歩にもひとりで行ってるじゃん。あ、リザードンを連れてるから実質的にはひとりではないかもだけど。
「そう思うだろ? 迷うんだぜ、未だに。1時間を見越していた買い物が、3時間オーバーしたこともある」
「ええ……」
そういえば、エンジンシティの大きな目印もリザードンがいなきゃダメだ、みたいなことをゲームで話してたなー。
「あれ? でも、この間の忘年会。駅まで迎えに来てくれたよね? 迷ったとは言ってたけど、わりと早く着いてたじゃん……?」
「それは――ビギナーズラックというやつだろ」
「ビギナーズラックはそういう意味じゃなくない?」
まぐれだったってこと? 奇跡? 偶然?
「は、オレと手を繋ぐのは嫌か?」
「い、嫌では……ないけども……」
そういう訊き方、ズルいと思うわ。
「それとも、キミはオレが迷子になってもいいのか? 予定時間が大幅に過ぎると思うんだが」
「あっ、それはダメだ。繋ごう繋ごう」
私は諦めたよ。うん、色々諦めたよ。
しょうがない、このまま手を繋いでスーパーに行こう。
ダンデが上機嫌で鼻歌なんか歌ってる。あっちの世界の歌かな。何でそんなに嬉しそうなんだろうね。私と手を繋ぐの、嬉しいの? 分かんないな。
右手に温もりを感じる。ダンデの体温を感じる。
何でこんなに心臓がドキドキしてしまうのだろう。この鼓動の速さが手から伝わってしまったらどうしよう。そんなことを心配してしまう。
はあ……。恋愛経験皆無の私よ……。合言葉は? 異性耐性ー!
落ち着いてよ。こんなんで狼狽えるな。私は、ダンデの半裸を見たし、なんなら看病の時に身体拭いたでしょ。あれに比べたら手を繋ぐなんて、お茶の子さいさいってやつでしょ。
「、今日のキミの手は温かいな」
「……」
あまりにもダンデが嬉しそうに笑うので、もう私は何も言えなくなってしまった。
この笑顔は曇らせたくないので。
***
スーパーでの買い物完了。ダンデが荷物持ちしてくれるから助かる。白菜1玉と牛乳1本で悲鳴を上げる私の腕とは大違い。
私も筋トレしようかな……。来年の抱負にしとこうか。
家に着いてちょっと休んだら、鍋の準備を始める。
鍋の種類も色々あるけど、今回作るものは基本的なものにする。ええと、あれ。そう、寄せ鍋にする。
「鍋、大きいの買っておいてよかった。えーと、どこだったかな……」
「これか?」
「あ、そうそれ」
今回は、私もダンデと一緒に鍋の準備をする。最近あまり使っていなかったエプロンをして――ダンデに似合ってると褒められ私は胸を押さえた。やめてくれ。ときめかせないでくれ――ダンデの隣に並ぶ。
「まずは野菜切ろっか。椎茸とえのき茸と長ネギと白菜と春菊と――」
「任せてくれ」
ダンデが野菜を切っていく。椎茸を飾り切りにしてくれるとは……。さすが、毎日家事をやってくれているだけある。手際もいい。
あ、ニンジンは花型にくり抜いちゃおう。私ひとりだけならこんな手間かけないんだけど、たまにはね。ダンデと2人だし。年末だし。見た目も華やかにしたい。
「あとは、タラとエビと鶏もも肉を切っちゃって……」
今回は鍋つゆの素を買ってきたので、それを入れたいと思う。便利だよね、こういうの。絶対失敗ないもの。
煮立たせたら、お肉など煮えにくいものから投入。野菜は後の方だね。
「鍋はシメまで楽しめるんだよ。雑炊か麺か、悩むところではあるけど」
「そうなのか。食べるのが楽しみだ」
「和食に馴染んだ今のダンデなら、鍋は美味しいと思うよ」
ふとリビングを見ると、リザードンがソワソワしていた。いい匂いがするからかな。リザードンにはちゃんと専用のご馳走があるので安心してほしい。
具材が全部煮えるまで、リザードンのご飯の用意。いつもよりたくさんのお肉を焼いていく。果物はいつもよりお高めのやつ。奮発した。節約はお正月終わってからにします。
さてさて、夕食にはいい時間。鍋もできた。その他のおつまみも揃ってる。
「ダンデ、炬燵にコンロ出してるから、お鍋はそこの上に置いて。リザードン、ご飯だよー」
テレビは年末の特番をやっている。紅白は目当てのアーティストが出たらでいいか。例の番組観よう。笑ったらいけないあれ。
取り皿に分けて、飲み物を注いで。うん、大晦日の晩ご飯は準備完了。
「いただきます」
「いただきます」
「ばぎゅあ」
リザードンにも「いただきます」の文化が定着したようだ。賢い。可愛い。
ダンデはタラの切身をひと口頬張り、汁を啜った。
「美味い。野菜の旨味で溢れてる」
「うん、美味しい!」
鍋つゆの素、様様だね。
「あっつ……」
「ゆっくり食べないと、舌火傷するよ」
いい食べっぷり。ダンデは鍋がお気に召したようだ。
「鍋はね、他にも種類があるよ。キムチ鍋とか豆乳鍋とか、坦々鍋とか。気になるものがあったら、また作ってみよう」
鍋をつつきながら、私とダンデは他愛のない会話をする。テレビ番組を見ながら一緒になって笑ったり、リザードンを撫でてあっちの世界での話をしたり……。
ああ、いい年末だ。
お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、もういないけれど。
今年は寂しくない。ダンデとリザードンがいるから。
今、この瞬間だけは。幸せだ、楽しい、って。そう、思ってもいいよね。
そろそろ目当てのアーテイストが出る時間だ。紅白にチャンネルを変えた瞬間、スマホが震えた。
「あれ、ズシだ」
「ズシ?」
「居酒屋で会ったでしょ。キバナ様が大好きな人」
「ああ、彼女か! ……キバナ様?」
「そこは気にしないで。ごめん、電話出るね」
ダンデが気を遣ってテレビの音量を下げてくれる。私は片手で「ごめん」と拝むようなジェスチャーを取り、電話に出る。
「もしもし?」
『あ、?』
電話口の声はいつもより一段と低くて暗い。
一体どうしたんだろう。
『ねえ、急に申し訳ないんだけど、今からそっち行っていい?』
「……は?」
ホントに急だな!?