芽生えて育って⑧


 ――おじいちゃんって、どんな人だったの?

 夕暮れ空の帰り道。
 おばあちゃんと手を繋いで家に帰る。
 私は、まだ小学生だった。

 ――おじいちゃん? そうね、不思議な人だったよ。

 おばあちゃんは懐かしそうに目を細め、私の手をぎゅっと握った。

 ――古い物が大好きでね。歴史にも興味を持っていたね。
 ――博士みたいな?
 ――そうだね。博士みたいだね。
 ――おじいちゃんに会ってみたかったな……。たくさんお話、してみたかったな……。


***


 新年。1月1日。

 寝落ちしていたらしい私は、自分のベッドの上で目を覚ました。頭は痛くない。さすが私、二日酔いがないなんて完璧。

 それにしても、懐かしい夢を見たな……。おじいちゃんにまつわる夢を見たの、もしかして初めてじゃない? 写真を見つけたからかな……。

 そして私は、はたと動きを止めた。

 ――あれ。待って。何で私、ベッドに? 炬燵で寝落ちしてなかったっけ?

 あ! ってことはダンデとズシを2人っきりにしてる!? それはマズイのでは!?

 慌てて寝室のドアを開けたら、

「えっ、キバナ様が!? ナニソレメッチャスキ……」
「キバナは背が高いからな。そんなことがあってから、必ずさっきの動作をしてから出入り口を通るんだ」
「ちなみに何センチ?」
「確か……、195センチだったような」
「たっっっか! まだ明かされてない情報を先にゲットできたこの気持ち! はぁ……最高……」

 ズシとダンデがとても仲良くなってる、だと……?

 えっ、待って。何馴染んでるの!?
 何サラッと向こうの世界の話してるの!?
 私が寝ている間に何があったの!?

「えっ!? ズシ!? ダンデがダンデだと知って!? ん? えっ!!??」
「おっ。あけましておめでとう、。事情は聞いたよ。私もダンデ帰還に協力するからね」
「あけましておめでとう。よく眠れたようで何よりだ」
「あ、うん。あけましておめでとう、ズシ、ダンデ。……じゃなくて、えっ、本当何があったの?」

 そして私は、2人から私が寝ている間にあった出来事を教えてもらい――少なくとも大切な友人が失われていないことに安心したのだった。

「ズシ、ごめんね」
「嘘ついてたこと? 逆トリのことを正直に打ち明けられる人ってあんまりいないでしょ。こそ、よくひとりでそんな秘密抱えて1ヶ月も暮らしてたわね。偉い」
「え、偉くはないよ……。でも、そう言ってもらえると嬉しい。ありがとう、ズシ」

 私はダンデの方を向いた。

「ダンデもありがとう。打ち明けるのは結構勇気がいるはずなのに……」
「気にすることはないんだぜ! むしろ、キミに相談せずに独断で話してしまったことをだな……」
「いやそれは私が」
「オレが」
「私が――うん、埒が明かないや。ズシに信じてもらえたんだもの、いいのよ。この話はこれでお終いでいいよね」
「ああ、分かった」

 そういうわけで、私の同僚もダンデを帰す方法を探してくれることになった。

 やったね! 仲間が増えたよ!

 でも、嬉しいことなのに、ちょっと残念に思っている自分もいる。ダンデと私、2人だけの秘密がなくなってしまった……ような……。

 ああ、昨日からおかしいよね、私。
 新年なんだよ。気持ち新たに、また1年過ごしていこうじゃないの!
 そして、ダンデを元の世界に帰すのよ!

「まあ、詳しいことは後々ね。私、帰るわ……。なんだかんだ、夜通し起きてたから……」
「えっ、そうなの。ダンデは大丈夫?」
「オレも寝てない。夜通しキバナの話をしていたから眠いんだ」

 2人はふぁぁとカバのように大きな欠伸をする。
 私だけ寝落ちて、しかもベッドにまで運んでもらっ――あれ?

「ねえ、私、炬燵で寝落ちたよね? 自力でベッドに行った記憶がないんだけど」
「オレが運んだんだぜ」
、あの瞬間はお姫様だったわよ」

 私は恥ずかしさのあまり顔を覆った。えー、お姫様抱っこされてたの!? やめてください。死んでしまいます。

「重かったじゃん、絶対重かったじゃん……」
「大丈夫、許容範囲だったぜ!」
「そこは嘘でも『羽根のように軽いな』とか言って……」

 許容範囲って何だよ。重かったの? 軽かったの?
 今年の抱負、ダイエットにしようかな……。


***


 ズシがタクシーで帰宅し、ダンデが眠ってしまった後。私はひとりでゲームの続きをすることにした(鍋の後片付けなんかは全部、ダンデがやってくれていた。すごく助かった。神かな……)。

 続きは――ルリナからみずバッジを貰ったから、3番目のジムチャレンジからだ。次に挑むのはほのおタイプの使い手。カブ……さん。うん、敬称をつけよう。ナイスミドルを呼び捨てにはできません。

「あ、リザードン応援してくれるの?」

 ボールから出ていたリザードンが、私の背中に回って腹這い寝そべった。

「寄りかかっていいの?」

 リザードンがこくりとうなずく。いいの? 座椅子代わりにしちゃうぞ。足は炬燵で、背中はリザードンでぽかぽか暖かい。うーん、快適。

「ゲームの中だけどさ、やっぱり私の手持ちのラビフットもあったかいのかな? ほのおタイプって皆そうなのかな? リザードンの皮膚は爬虫類みたいな感じだけど、ラビフットはふわふわ?」

 想像してみる。実際にいたらどんな感じなのだろう。

「ポケモンと暮らせるのは楽しいんだろうね。ダンデとリザードンは家族というか相棒というか、ペットとはまた違った関係性で羨ましいよ」

 将来、ペット可の物件に引っ越して何か飼おうかな。犬? 猫? 面倒見れるくらいの経済力を身につけたら、考えてみようかな。

 まあ、今はゲーム。カブさんに挑戦だ!

 私の今の手持ちはこんな感じ。

・ラビフット
・アオガラス
・ヌオー
・バニプッチ
・コノハナ
・エレズン

 ニャースは手持ちから外した。アオガラス、ひこうとはがねタイプだから、はがねタイプが被るんだよね。かくとうジム対策でアオガラスは育てたいから、コノハナと交代。

 エレズンはフェアリータイプ対策のため、ワンパチと交代した。フェアリータイプのジムに挑むのはまだ先だけど、今のうちに育てておくべきだと思ったからね。

 私、リメイク版の金・銀しか知らなかったけど、いつの間にかフェアリータイプ追加されてたんだね? どくタイプとはがねタイプが弱点っていうし、アオガラスを主戦力に、エレズンも頑張って強くするぞ!

「ええと、まずはカブさんだよ。ここはヌオーで行くべきだよね! リザードン、見ててね!」

 リザードンは私の肩に顎を乗せてきた。

「ふふ、ありがとう。頑張るよ」

 私はリザードンの頭を軽く撫で、テレビ画面に向き直った。

 それから1時間も経たないうちに私はカブさんを倒し、見事3つ目のバッジを手に入れたのだった。

「……ふう。ヌオーでバトルして正解だったわ……」
「そうだな。【あまごい】からの【だくりゅう】でみずタイプの技威力を上げたのはよかったぜ」
「わっ!? ダンデ!?」

 びっくりした!
 いつの間に起きてたの!?

「ごめん、起こした?」
「大丈夫。ここでやっていいと言ったのはオレだからな」

 ダンデはソファから起き上がった。あ、ちょっと寝癖ついてる。

「ちゃんと寝れた?」
「ああ。2時間も眠れたら十分だぜ」
「本当に? まあ、今寝すぎると夜眠れなくなるもんね……」

 寝癖がついてるよ、と私は自分の頭を人差し指で軽く叩く。ダンデは私が言わんとしてることに気付き、手櫛で髪を整え始めた。うん、直った。

「おめでとう、。カブさんに勝ったんだな。3つ目のバッジを手にできるチャレンジャーは少ないんだ。キミがそれを手にできるのは、すごいことなんだぜ! 頑張ったな!」
「ありがとう! この調子で4つ目も取りに行くよ!」

 次はワイルドエリアを通ってナックルシティへ向かって、そこからラテラルタウン――かくとうタイプジムっていうルートね。

 ホップと一緒にワイルドエリアへ向かおうとしたら、なんとカブさんが見送りに来てくれた! 更にヤローとルリナも来てくれて、3人から心強い声援を貰ってしまった!

 しかも声援が、なんか、その、言葉にできないけど、いいね……。

 カブさん、すっごく真面目な人なんだろうな。話し方は穏やかだけど、熱い闘志を持ってるよね。しかも、一度は挫折を経験したけどそこから這い上がってきた「いつまでも 燃える 男」。しかもしかも、一人称が「ぼく」!

 カブさんが好みすぎる! ギャップ好きの私にクリティカルヒットする! 性癖に刺さる!

「え、カブさん好きかも……」
「何だって!?」
「な、何でダンデがびっくりするのよ」

 何でソファから身を乗り出してくるのか。

「確かにカブさんは強い! 彼とのバトルはまさに炎のように燃え上がって楽しかった! だけど、カブさんが好きというのは、キミ、歳の差とか気にしないタイプなのか?」
「えっ!? あ、違う違う!」

 私は否定の意味で手をぶんぶん振った。
 なんか、ダンデが勘違いしてる!

「あのね、オタクの言う『好き』は恋愛的なものじゃないから! いや、あの夢女子はその限りでもないんだけど、私は少なくとも恋愛的な意味でカブさん好きって言ったわけじゃないの! 推せるって意味なの!」
「推せるって意味」
「そう。アイドル――ダンデ的に言うと、憧れのジムリーダー見かけてキャーキャー言ってる感じ」
「キャーキャー言ってる感じ」
「何でさっきからオウム返しなのよ」

 ダンデはポカンとしている。つ、伝わってないのかな?

「ダンデ、ポケモン好きでしょ」
「ああ」
「そんな意味の好きよ」
「……なるほど?」

 え、本当に大丈夫?

「マグノリア博士、好きでしょ」
「ああ……」
「ソニアも好きでしょ?」
「……ああ!」
「ホップ」
「ああ!!」
「そういう好き」
「なるほど」

 あ、よかった。ようやく理解してくれた。

「オレはキミのことも好きだぜ!!」

 瞬間、私はダンデの顔面にビーズクッションを押し付けていた。
 どこからって? 床に転がっていたやつを手繰り寄せたんです!

……、苦しい……」
「知らない!!」

 ダンデがモガモガ何か言ってる! けど知らない!
 あー! あー! 知らない! 知らない!

 顔が熱い。絶対真っ赤になってる、これ!

 分かってるよ、ダンデがそういう意味・・・・・・で「好き」って言ったわけじゃないってこと。

 ポケモンや家族に向ける、親愛の意味なんだってことくらい、分かってるよ。

 でも、動揺しちゃうんだよ! 胸のドキドキがおさまらない!

「合言葉は? 異性耐性、異性耐性……!」

 ダンデが来てからこの言葉がすっかり口癖になってしまった。

 このあとすぐクッションを取って、ダンデに平謝りしたけど、押し付けた理由は絶対に言わなかった。






 私はこの気持ちにまだ、名前をつけたくない。