
感情を持つことによる、果てしなく面倒くさい何か①
「働きたいんだ」
夕食の席で、ダンデがいつになく真剣な顔でこう言った。
専業主婦が自分の旦那に「子どもも大きくなったしそろそろ働きたいの」と切り出した時ってこんな感じなのかな……、と若干場違いなことを考える。
私は箸を置いて、向かいに座るダンデに訊ねた。
「えっと、働きたいって……?」
「ああ。オレも金を稼ぎたい。キミに随分負担をかけているだろ?」
「それは……」
ダンデの言う通りだった。
確かにダンデが来てから出費がかさんでいる。
お父さんたちが遺した遺産があるとはいえ、今から大切に使わないと将来的に困るのは目に見えている。
でも、ダンデには気にしてほしくなかったな……。絶対こうなるの分かってたから。
「大丈夫だよ! ダンデは気にしないで!」
「いや、気にするさ! キミは隠してるつもりなのかもしれないが、『今月からこの金額でお願い』と渡してくれた食費が少なくなったら、オレも色々察するんだぜ」
「私が『住んでいい』って言ったんだよ。お金も気にするなって言ったのは、私。『やっぱりお金が大変なので無理です』ってなるのは……その……。無責任では?」
私が言い淀むと、ダンデは「そんなことないんだぜ!」と自身の胸を軽く叩いた。
「一緒に暮らすようになって2ヶ月も経ったじゃないか。オレは――キミのこと仲間だと思っているんだが、違うのか?」
「! な、仲間! 仲間だよ!」
「そうだろ? 何か問題が起こったら一緒に解決するのは当たり前じゃないか! 何でもキミひとりで背負おうとしないでくれ!」
ダンデは太陽のような笑顔で私を見つめる。
「だから、オレも働きたい! キミの力になりたい! せめて月の食費分くらいは稼ぎたいんだ!」
「わ、分かったよ! 身を乗り出さないでよ! 近いんだよ!」
ダンデは「すまない」と謝りつつ、椅子に座り直した。
うん、ダンデがここまで言うんだ、断るのはよくないよね。
「ありがとう、ダンデ。じゃあその、働く許可を出します。お願いします」
「ああ!」
「でもさ、ダンデって向こうでアルバイトとかしたことあるの? 小さい頃からずっとチャンピオンだったんでしょ?」
「ないんだぜ!」
「そんな胸を張って言わんでも……」
それに、働くには身分証明書が必須なわけで……。いや、なくても働けるところがあるんだろうけどさ……。危ないことはしてほしくないんだよね。
「うーん……。働くといえど、何が良いんだろうか……」
「大丈夫! それについてはもう、目星がついているんだぜ!」
「えっ、ホントに!?」
意外だ。あ、でも私に「働きたい」と話を持ってくるんだから、やりたい仕事に目星くらいつけているのか。
「動画配信をしようと思う」
「動画配信」
「ユーチューバー、ってやつだ」
「ユ、YouTuber」
ダンデがYouTuberって単語を知ってる!?
あ、もしかして――。
「ズシの入れ知恵?」
「大正解!」
私はスマホを引っ掴むとズシに鬼電した。
事情を! 事情を教えてくれ!
***
「いやあ、実はダンデから相談を受けてて。オレがお金を稼ぐにはどうしたらいいかってさ。だから、私こう言ったのよ。『ポケモンのランクバトルの解説やったらどうか』って」
土曜日。私たちはズシの家に集まっていた。ダンデも交えて作戦会議をしていた。何のって? ダンデのYouTuberデビューのだよ。
「聞けば、向こうにも動画投稿サイトがあるって言うじゃない。似たようなこと、してたんでしょ?」
「ああ」
ズシの問い掛けにダンデはうなずいた。
「忙しくて更新もままならなかったが、公式チャンネルに『チャンピオン直伝! 初心者トレーナー育成講座』という動画があるんだ。1つの動画で再生回数が40万超えてたぜ」
「えげつない数字よね」
「よんじゅ――チャンピオンの人気すごいね」
ダンデは長年チャンピオンをやってきたので、大勢の人に見られる、大勢の人の前で話す、大勢の人の前でパフォーマンスをする、といったことには慣れてるようだ。
「……っていうか、最初に私に相談してくれたらよかったのに……」
っていうか、ダンデがズシと連絡先交換してたの知らなかった!
「そうは言っても、あんたはダンデが働くことに反対するでしょ? 実際そうだったし」
「う、そうだけど……」
「それに、怜音からYouTuberって案が出るとは思えないし」
「そんなことは! いや、はい。その通りです……」
ズシの言う通りだけどさ。私より先にズシに相談するの、なんか……こう、寂しいというか、私の方がダンデのことズシより知ってるんだけどな? みたいなさ……。上手く言い表せないけど、ダンデが頼りにするのは、まず私じゃなくてズシなのがショックだったというか……。
あーあ。私、面倒くさい女だわ……。
「でも、ダンデが働きたいって言い出したのは怜音のためなのよ。意図的に仲間外れにしたわけじゃないの。まず、手段を整えてあんたを安心させたかったんだよ。だから、そんな顔しないでよー」
「え、顔に出てた?」
「出てるよ。もー、拗ねないの! 可愛いわね!」
「ちょ、ズシ!」
ズシにぬいぐるみのように抱きしめられてしまった。仲間外れじゃなくて、ちょっと嫉妬が混じってたんだよ……。はあ……、態度に出てたなんて……。反省。ズシ、ごめんね。
「ん、ありがとう」
私も負けじとズシを抱きしめ返す。しばらく2人してきゃっきゃっと悪ふざけをしていたら、咳払いが聞こえてきた。ダンデのものだった。ああ、ついつい内輪ノリでこんなことしてたけど、ダンデも反応に困るよね。
私は慌ててズシから離れた。
「ごめんごめん、話進めようか」
「ああ」
ダンデが神妙な面持ちでうなずいた。
***
【ポケモン剣盾】ガラルチャンピオンが解説!初心者向けランクバトル講座その1
動画をクリックすると、BGMが流れてくる。
そこに現れるのはチャンピオンユニフォームを着たダンデだ。
『さあ、チャンピオンタイムだ!』
リザードンポーズを完璧に決めたダンデは、さっとマントを翻し、腕を組んだ。
『オレはガラルのポケモンチャンピオン、ダンデだ。ポケモンソードシールド、キミはもう手に入れたか? オレとの熱いバトル、楽しんでくれたか? 今回は、ランクバトルに挑戦してみたいと思っているが一歩踏み出せないキミや、ランクバトルを始めたが勝てなくて悩んでいるキミのために、色々解説していくぜ!』
ここで腰に手を当て、ダンデはにかっと歯を見せて笑う。
『強くなって、ポケモンバトルを楽しもうぜ!』
ここで画面が切り替わり、ポケモンがいるボックスに切り替わる。
『まずは、どんなパーティーを組むか、だな。組むからには、好きなポケモンで勝ちたいと思わないか? まずは――』
***
「……とりあえず3本作ってアップしたけど、土日の休みが潰れたぁ……」
私とズシは力尽きて床に転がっていた。
「ダンデ、ズシ、お疲れ様」
「んー」
「お疲れ様!」
ズシは力なく手を挙げ、そのままパタリと動かなくなった。編集作業、私もちょっと手伝ったけど1番頑張っていたのはズシだ。
反対にダンデはピンピンとしており、今はキッチンに立ってご飯を作っている。ズシの家でもご飯作ってくれるなんて、ダンデすごいわ……。さっきまで「チャンピオンタイムだ!」とキリリとした顔で動画撮っていたお兄さんと同一人物だとは思えない。
というか、久しぶりにダンデがチャンピオンしてるの見たかもしれない。
チャンピオン時のダンデは、ゲームに出てくるダンデそのものだ。人々を照らす明るい笑顔、大仰な仕草。生粋のエンターテイナーだ。
実は私、ご飯作ってるダンデにちょっと安心している。いつものダンデだなって思うんだ。
「しかし、あれでよかったのか? オレとしてはあっちの世界で話していたことをもう一度話すようなものだったが……」
「いいのよいいのよ! 努力値の振り方から性格補正、パーティーの組み方、すごく参考になったもの」
ポケモンガチ勢のズシがこう言うんだから、きっと間違ってはいないのだろう。
「っていうか、ゲームの仕様と全然変わらなくてびっくりした……。すごいわね、異世界……」
ダンデ、YouTuber作戦の内容は至ってシンプルだ。
1.ダンデがチャンピオンユニフォームを着て顔出し。ランクバトルの解説をする。
2.ランクバトルの生配信をし、スーパーチャットで利益を得る。
ダンデは本物のダンデなわけだけど、動画を見る人からは「ダンデのコスプレをしたYouTuberが出た」くらいにしか思われない。
クオリティーが高いダンデのコスプレをしたYouTuberが、ポケモン最新作のランクバトルを分かりやすく解説する。ランクバトルの生配信もやる。しかも、ゲーム内のダンデみたいに強い。
これなら注目を集めやすいのではないか、というのがズシの目論見だ。
「投稿動画の収益化は時間がかかるけど、生配信のスーパーチャット――スパチャをしてくれる人が増えたら、お金稼げるんじゃないかしら」
スパチャというのは、コメント欄で自分のコメントを目立たせる権利が買える機能のこと。もう少し分かりやすく言えば、視聴者が配信者へお金を送れる機能のこと。つまり、投げ銭のことを指すらしい。
「でも、そんなに上手く行くかなあ?」
動画はもうアップしてある。今週水曜日は初めての生配信予定だ。
ダンデはポケモン関連のゲームがプレイできない(何故か画面がフリーズしてコントローラーが効かない)ので、代わりに私が操作している。ちなみに、データはランクバトルもやり始めたズシのものでやっている。ほら、私はまだストーリーすらクリアしてないから……。
「上手くいくようにするしかないわよ! とりあえずTwitterアカウントも開設しといたから。運営は私に任せて。Twitterには宣伝用の動画上げといたわ。とにかく頑張ろう」
「ん、ありがとう」
数日後。
「ねえ、怜音。チャンネル登録者数が一気に増えた」
「うん……。この間の初めての生配信も、スパチャが予想よりたくさん来てて……」
「大成功だな!」
ダンデのコスプレの配信者が珍しかったのか。
はたまた動画の解説がよかったのか。
ポケモンという人気タイトルだったからか。
原因は分からないけれど、とりあえずダンデのお陰でお金の問題は解決できそうだ。