
感情を持つことによる、果てしなく面倒くさい何か②
ダンデは動画配信で順調にお金を稼いでいる。
ルックスだけならチャンネル登録者は増えなかっただろう。どうやらダンデのランクバトル解説は、初心者だけではなく所謂「廃人」と称される人たちにも刺さったらしい。
「今日は“とつげきチョッキ型”のニンフィアを使った戦法を紹介するぜ!」とか「【バトンタッチ】戦法を使ってバトルしようぜ!」とか「タイプ統一パーティーで10連勝するぜ!」とか、私はよく分からないんだけど、ウケてるみたいなんだよね。
それにダンデは読み合いにも長けていて、相手がどんなポケモンを出してくるのか、次にどんな技を使ってくるのか、9割の確率で当ててくる。伊達に10年もチャンピオンやってないね……。すごすぎるわ……。
そんな本物そっくりのダンデとバトルしたい視聴者は多いらしく、対戦希望のメッセージがたくさん届くようになってきた。その様子を生配信したりして、チャンネルはますます盛り上がりを見せている。登録者数、確か10万いったよね……? 短期間でこんなに増えるのものなの? ちょっと上手く行き過ぎて怖い。
再生回数もスパチャも増えていき、生活に余裕が生まれてくる。それはいい。だけど、チャンピオンのダンデになっている回数が増えていっている。
「いいの? チャンピオンお休み中だったのに……」
「いいんだ、毎日ってわけでもないし。それに、久しぶりにバトルのことを考えられてわくわくしてるんだ」
ダンデはボールペン片手にノートに何か書き込んでいる。次に紹介するバトルの戦法を考えているらしい。
「楽しい?」
「ああ、とても」
子どもみたいな笑顔だ。
ああ、ポケモンのことが大好きって、顔に書いてある。
「帰るなら、そろそろチャンピオンのオレも思い出しておかないとな」
「……ん、そうだね」
ほんの少し。ほんの少しだけ、言いようのない寂しさを覚えた。
***
とある日曜日。
「では、第1回『ダンデ帰還作戦会議』を行います。進行は、わたくし、ズシがお送り致します」
「です。よろしくお願いします」
「ダンデだ。よろしく!」
私たちは、作戦会議を開いていた。場所は私の家。リザードンには一時的にボールに入ってもらっている。さすがに炬燵囲んで3人のところに出しておけないのだ。狭くなるので……。
「動画投稿や配信でお金を稼ぐのはいいけれど。それはそれとして、ダンデが早く帰ればそんなことしなくていいんだから。とっと方法見つけて、帰ってください」
「ズシの言う通りだな……」
「うん……。でもほら、仕方ないよ。こっちの世界での衣食住を安定させようとしてたわけだし……」
でも、そろそろ本腰入れないとね。ダンデはいるべき世界に帰らなくちゃ。
「では、早速始めましょうか」
ズシはかけていた黒縁眼鏡をくいっと押し上げた。ズシ、休みの日はずっと眼鏡なんだって。いつもより知的さが増してる。
「我々は、トリップの原因がポケモンだと考えています。間違いないですね」
「ないぜ」
「ないよ。――ねえ、ズシ。そのノリずっとやるの?」
「やります」
やるんだ……。
「我々は、トリップの原因はポケモンにあるのではないかと考えております。そもそも、ダンデがポケモン世界の住人だからですね。無関係のはずがない」
私もダンデも静かにうなずいた。
「ポケモンには不思議な力があるけれど――特に、伝説・幻と呼ばれるポケモンは、世界に影響を及ぼすほどの力がある。だから、我々が追うべきはそういうポケモンです」
うん、そういう見解だったよね。
「ダンデさん。あなたはトリップの原因になったポケモンを調べていると聞きましたが」
「リストアップはしてるぜ」
ダンデがルーズリーフを炬燵の上に広げた。詳しい解説や根拠なんかも書かれてる。ダンデ、字が上手くなったね。ちょっと日本語の文章が怪しいところもあるけど、たくさん勉強したんだね。
ダンデがリストアップしたポケモンは次の通り。
・ムゲンダイナ
・アルセウス
・パルキア
・フーパ
「可能性があるのはこの4匹だと思っている」
「ムゲンダイナ以外、私全然知らない。というか、ムゲンダイナすら詳しく知らない」
ズシは全部分かっているようで「前に聞いた時から少なくなったわね、絞ったのね」と呟いている。あ、ズシの口調戻ってる。飽きたんだな。
「じゃあ、のために説明するわ。まずは、アルセウスから。アルセウスはね、端的に言えば創造神なのよ」
「そ、創造神……」
スケールが大きいね……?
「シンオウ地方に、世界が生まれた時の伝承や昔話があるのね。えーとね、こっちの世界で発売されたゲームで言うと、ダイヤモンド・パール。その新バージョンのプラチナの舞台がシンオウ地方なの」
さすがズシ、全シリーズやってるだけあって詳しいな。
「その話には直接アルセウスの名前が語られることはないけれど、ゲーム内ストーリーや図鑑説明とかを踏まえると、恐らくアルセウスが世界を創った存在ではないかと考察できるのよ」
「オレはシンオウ地方に行ったこともなければ、こういった伝承は専門外だが、神と呼ばれる存在がこの異世界トリップに関連していてもおかしくはないと考えて、アルセウスを候補に入れた」
「神様なら何でもできそうだよね……」
世界を創ったなら、トリップなんて朝飯前なのかも。
「次の候補はパルキアだな。パルキアもシンオウ地方では神様とされているポケモンだ。空間を歪める力を持っているそうで、遠くの場所や異空間に移動できるらしい」
パルキアを語るならディアルガも忘れてはいけないらしいが、こちらは時間を司る神と呼ばれるポケモンなんだとか。今回のトリップには関係なさそうなのでリストから外したとダンデは語る。
「それから、フーパというポケモンだが、持っているリングで空間を歪め、あらゆる物を遠くへ飛ばしたり取り寄せたりすることができるそうだ。パルキアに近いものを感じるな」
ただし、神様と呼ばれるポケモンではないらしい。
スマホで見せてもらったフーパはとても可愛らしい姿をしていたが、これは力を封じられた「いましめられしフーパ」の状態なんだとか。
真の姿は手が6本もある「ときはなたれしフーパ」の状態。この姿ならお城ごとテレポートさせることも可能らしい。
「ちなみに、ゲームでの初登場はルビー・サファイアのリメイク版。舞台はホウエン地方よ。これ、通常プレイだと手に入らなくて。映画公開の時に手に入れられたのよね」とズシがダンデから説明を引き継ぐ。
「このリメイク版が面白いのは、他地方で登場した伝説のポケモンが、リングを通ってホウエン地方に登場するところにあるのよ。ゲーム内では直接的な言及はなかったけど、フーパの仕業ではないかって考察がされてたわ。ポケモンを移動できるなら、人間だって簡単なはずよ」
「そっか、『ときはなたれしフーパ』状態なら、異世界トリップも可能だね。でも、ダンデがリングを通ってこっちに来たのかは分からないな」
私、ダンデがこっちに来た瞬間を見たわけじゃない。ダンデがトリップしてきた時、私は眠っていたのだから。
さて、最後はムゲンダイナだ。
「ムゲンダイナは――そうだね、ソードプレイ中のにはネタバレになっちゃうんだけど」
「いいよ、大丈夫。今更そうも言ってられないし」
ダンデが帰るためだもの、ネタバレやめてとか言ってられないよ。
「ありがとう、。オレから説明しよう。ムゲンダイナは2万年前、ガラル地方に落下した隕石の中にいたポケモンなんだ」
「……えっ?」
それって……、宇宙人? いや、人じゃなくてポケモンだけど。地球外生命体、的な?
「そして――これは聞いた話だが、“ねがいぼし”はムゲンダイナの身体の一部らしい」
「ダイマックスバンドに使われたあれだよね? えっ、そうなの!? あれポケモン由来なんだ!?」
私はただただ驚くしかなかった。
「詳細は省くが“ねがいぼし”を与えすぎたせいで、ムゲンダイナは制御不能になってしまった。暴走はガラル全域に広がり、オレはムゲンダイナを鎮めようとした」
だけど、失敗した。
代わりにマサルとホップが戦ってくれた。ザシアンとザマゼンタというポケモンと一緒に、ムゲンダイナの暴走を止めたのだ。
「前にもキミたちに話したかもしれないが、マサルくんたちがムゲンダイナを捕獲した直後、オレは気を失っている。そして、次目覚めた時にはこちらに来ていた。ムゲンダイナに空間を歪める力があるかは分からないが、直前まで対峙していたんだ、無関係とも言い切れない。だから、ここにリストアップさせてもらった」
アルセウス、パルキア、フーパ、ムゲンダイナ。
この4匹のポケモンのうち、誰がダンデをトリップさせたのだろうか。