感情を持つことによる、果てしなく面倒くさい何か③


  

「この中で1番可能性がありそうなのは、アルセウスだよね? 創造神でしょ?」
の言う通りだ。だけど……」
「だけど?」
「……どうして、ピンポイントで、キミの所にオレがやって来たのか不思議なんだよな」

 それは……、

「偶然? 理由なんて特になくて、たまたまダンデが選ばれて、たまたま私の所に現れたんでしょ」
「そうかもしれないが……。例えばの話、キミの周りで変わったことが起きなかったか? オレの場合はムゲンダイナとのバトルだった。似たようなことは?」

 ダンデに問われ、私はあの日のことを思い出す。

「え? ええと、あの日は目が覚めたらダンデがいて――」

 そう。あの日は本当にびっくりした。知らない男の人が何でベッドにいるんだろうって。大パニックだったよ。だって、前日まではいつも通りだったのに。

 いや、いつも通りってほどでもないのか。おばあちゃんの葬儀が全部終わって一段落ついて。

 ――ああ、そうだ、あの日。私は、夜空を眺めていた。

「あのね、ダンデが現れた前の日――いや、現れたその日? 日付変わってたかな。とにかく私、流れ星を見たんだよ」

 思い出した。そうだ、あの日、目が冴えて寝れなくて。私はベランダに出て、空を眺めていたんだ。星が綺麗だったから。

「そうだったのか?」
「え、そうなの?」

 ダンデもズシも驚いている。そっか、これ言うの初めてだ。

「流れ星、流れ星ね……? “ねがいぼし”に関係ありそうだね」
「うん」

 昔から「流れ星が光っている間に3回願い事をすると願いが叶う」なんて言われている。つまり、流れ星って願い事の対象になっているんだよね。「流れ星=願い星」ってイメージの人も多いんじゃないかな。

 ゲーム内でもそうだ。序盤、ホップと2回目のバトルをしたとき、流れ星のような筋を描いて“ねがいぼし”は落ちてきた。それで、ホップは3回願い事を言ってたはず。

「ガラルでは“ねがいぼし”は本気の願いを持つ人のもとに落ちてくる、とされている。拾うと願いが叶うとも言われていたな」

 私たち3人は顔を見合わせ、うなずく。
 “ねがいぼし”、トリップに関係あるかも……? じゃあ、ムゲンダイナがトリップの原因なのかな?

「あのさ、ダンデが来たのいつ? 11月?」
「うん」

 詳しい日付を答えると、ズシはスマホで何かを検索し始めた。

「――しし座流星群が有力ね。でも、がその流れ星を見た時間って、深夜よね」
「そうだと思う。日付変わった直前だったかな? ごめん、詳しい時間帯が分からない」
「オッケー。そうなるとさ……、明け方頃がピークみたいなのよね」
「さすがに明け方までは起きてないよ。会社あるんだし」
「なるほど、時間帯が合わないな」

 ダンデの言葉に、私とズシはうなずいた。

「えーと。じゃあ、私が見たのは流れ星じゃなかったってこと?」
「いや、でもは流れ星だって確証があったんだろ?」
「うん。初めて見たけど、あの光はそうだったと思う。一筋の光がすっと消えていって――だから、お願いしたんだよ」
「どんな、願いを?」
「――家族」

 おばあちゃんが亡くなった直前だったから。

「家族ができますようにって」

 ズシもダンデも黙り込んでしまった。ああ、もう。そういう顔させたかったわけじゃないのに。

「気にしないでよ! あのときは悲しみでいっぱいだったけど、今は大丈夫だからね!」

 ガッツポーズをすると、隣に座っていたズシに抱きつかれてしまった。く、苦しい!

「何で!?」
「そうしたかったから! ごめんね!」

 ぐりぐりと頭を押し付けられる。ズシ、最近こういうこと多くない?

 でも、ズシも心配してくれているんだよね。そういえば、忌引休暇から戻ってきた日のランチでも「困ったことがあったら言ってね」って声かけてくれたっけ。

 ズシ、ありがとうね。

「はいはい、よしよし」

 なんてふざけて頭撫でててたら、鋭い視線を感じた。え、何だろう。

「だ、ダンデ……」

 ダンデ、それはどんな感情から来る表情なの……。大きな目を更に開いて、口を真一文字にして――えっと、若干唇噛み締めてたりする? 血、出るよ?

「キミたちはスキンシップが多いよな」
「そう?」
「そうだぜ」
「友達なら普通だよ。ね、ズシ」
「そうね、

 私たちはお互いうなずいていたけれど、ダンデはなんか納得してない感じだ。

「男同士ではやらないと思うんだが」
「人によるでしょ。ははーん、チャンピオン様は同性の友達が少ないんだな?」
「ちょっと、ズシ!」

 ダンデは小さい頃からチャンピオンとして生きてきた。故郷に帰省する機会もあまりなかっただろう。友達と疎遠になっていても不思議じゃない。
 あ、でもダンデには幼馴染みのソニアがいるよね。大人になっても連絡取り合ってるみたいだったし。……いや待て。幼馴染みと友達はまた違うのかも?

「……キミたちみたいな友人はいないな。チャンピオンになってからは周りは大人だけだったから。だから、友人同士であるキミたちは、少し羨ましい」

 ズシは気まずそうに目を逸した。ズシ、あのね。ノリのいいところや、言いたいところははっきり言う性格は好きだけど、たまにこういう、なんとも言えない気まずい空気を作るのはよくないと思うよ。

「ふざけるのはやめようね。あと、もうちょっと相手のことを考えましょう」
「うん、ごめん」
「私じゃなくてダンデに」
「ごめんなさい」
「いいんだぜ」

 はい、じゃあ気を取り直して。続き続き。
 ズシは私から離れ、咳払いをした。

「えっと、さっきの続きね。が見た流れ星がムゲンダイナと関係あるかは不明。願い事のせいでダンデがの所に現れたのかも不明。でも、“ねがいぼし”がトリップのキーワードかもしれないわ! これ、メモっといて! あと、ムゲンダイナも」
「あ、じゃあ私書いとくね」

 用意していたルーズリーフに、赤いボールペンで“ねがいぼし”とムゲンダイナとメモしておく。

「それで確認だけどね、ダンデ。“ねがいぼし”って、ポケモンがダイマックスする以外の力もあったわよね?」
「ああ、その通り。例えば、ガラルの電気はこの“ねがいぼし”のエネルギーを変換したものなんだぜ」
「え、そうなの? “ねがいぼし”ってそんなに万能なの?」

 ムゲンダイナの身体の一部なんだよね? ムゲンダイナ自体が万能ってこと……?

「……、どこまでゲーム進めてる?」
「3つ目のバッジゲットしてナックルシティに入るとこ」

 すると、ズシがガシッと力強く私の肩を掴んだ。えっ何怖い。

「ちょうどいいわね! そこでローズ委員長と話しているビートくんがいるはずだから! ナックルシティのジムスタジアムや“ねがいぼし”のことについて解説してくれていたはずよ! ゲームして!」
「怖い怖い怖い。なに、その目。沼底のような目してる!」
「だってそこでキバナ様に会えるから!」
「なるほど!?」

 ズシ、キバナ様に会いたいんだね!? 確かにナックルシティはキバナ様のお膝元だもんね!?

「会議終わったらやるから!」
「ズシ、キミは今、ネイティみたいな目になってるぜ……」

 ああ、うん。いたね、そのポケモン。ダンデの言う通り、ネイティにそっくりだよ、ズシの今の顔。

「ええと、じゃあトリップの原因はムゲンダイナ……? ってことでいいの?」
「この1匹だけに絞るのは早計かもしれない」

 私の質問に答えたのはダンデだった。

「とりあえず、優先順位はムゲンダイナ。次点でアルセウス、パルキア、フーパでいいんじゃないか?」
「なるほど、それがいいかも。でも……」
「でも?」
「仮にトリップ原因のポケモンが分かったとして、こっちに来てるか、だよね」

 ダンデもズシも難しい顔をしてうなずいている。

「それは私も前から思っていたわ。もしいなかった場合、私たち側からあちらの世界へ干渉する手段ってあるのかしら」
「ムゲンダイナの居場所ははっきりしている。マサルくんがゲットしたからな。でも、やはり世界間でどう連絡を取ればいいんだろうか……」

 下手をしたら帰れない……?
 それって……?

 ダンデは口を真一文字に結んで黙っている。
 つきり、と胸が痛んだ。

「ダンデ……」

 ダンデ、ごめんね。

 今、一瞬。ほんの一瞬だけ、喜んだ自分がいる。

 ダンデが帰れなかったら。
 ずっと、私と一緒にいてくれるんじゃないかって、思ってしまった。

 ダメだよ。ダンデはガラルの皆から愛されてる人だ。向こうには彼を慕う弟がいる。素敵な家族がいる。

 何より、ダンデが愛するポケモンたちが、あの世界にはいる。

「帰らなくちゃ……いけないのに……」

 心の奥に、名前をつけないままにしてある気持ちがある。そろそろ向き合わなければいけないのかもしれない。

 私、きっと、ダンデのことが――。