感情を持つことによる、果てしなく面倒くさい何か④


 トリップの原因となったポケモンが果たしてこっちの世界にいるのか?

 それを調べるためにはどうしたらいいのか考えてみたところ、SNSで呼びかけてみたらどうか、という話になった。

「ほら、チャンネル登録者数もフォロワーも増えてきたじゃん。『動画のネタに使うのでポケモンのように見える生き物の情報や写真お待ちしてます』みたいな感じで呼びかけようよ」

 というズシの提案は、早速実行に移されることになった。ズシ、本当頼りになるな。私じゃそんなの考えつかなかったよ。

「もちろん、オレたちの方も捜索は続けようぜ」
「そうだね。意外にポケモン、近くにいたりして」
「リザードンにも手伝ってもらおう」

 そういうわけで、「第1回ダンデ帰還作戦会議」は一旦終了した。

 ちょっと休憩したあと、私はSwitchを起動してポケモンの続きをやることになった。ほら、ズシが“ねがいぼし”についてゲーム内で説明があるよって言ったから、早速確かめようと思って。それに、ズシがキバナ様に会いたいみたいだし。

 私を真ん中にして、右隣にズシ、左隣にダンデがソファに座る。……何で私、挟まれてるの。いや、気にしたら負け。ゲームやるぞ! 続きはナックルシティからだ!

 ナックルシティに到着してまず目を引いたのは、立派なお城だった。これ、ナックルシティのジムスタジアムなんだって。

 ナックルシティは街全体がオリエンタルというか――日本でいう京都みたいな感じがする場所だと思う。歴史的建造物がある場所というか、異国情緒溢れているというか。上手く言えないけど、そんな印象を受けた。

 そんなお城みたいなナックルスタジアムだけど、実はエネルギープラントとしての役割もあるんだって。スタジアムの塔から“ねがいぼし”のエネルギーを吸収して地下のプラントで電気に変換してガラルの各所に届けているんだとか。そこら辺、やっぱりこっちの世界と違うよね。あ、ちなみにこの仕組みは、ローズ委員長から教えてもらった。分かりやすいイラストつきで。

 それにしても、ローズ委員長、すごい人なんだね。マクロコスモスという大企業の社長で、エネルギー以外にも鉄道、空港、銀行、建設業にも着手していて、おまけにガラルのポケモンリーグにダイマックスを取り入れてエンターテインメント性が高いポケモンバトルになったのも、この人のお陰。

 そして――、ダンデをジムチャレンジに推薦したのも、この人なんだよね。

 ローズ委員長は才能に溢れてるね。私服はちょっとダサいと思うけど。あ、あくまで個人の感想です。でもあの服はちょっと……、オリーヴさん、いい感じのやつ見繕ってよ……。

 “ねがいぼし”について分かったので、宝物庫へ向かおうとしたら、なんとダンデがいた!

「そういえば、この時のホップは負けて落ち込んでいたんだったか」
「そうだね、ビートとバトルして……」

 負けて落ち込んでいるとなると、ちょっと心配になる。 引きずってなきゃいいんだけど……。ダンデ曰く、ゲームの出来事は過去に起こったこと。きっとゲーム終盤になればホップの悩みは解決されるのだろう。でも、こう、ホップの気持ちを考えると胸が苦しくなるね。

「ホップ……。健気で可愛い……」
「なんか分かる……。傍にいたら抱きしめてあげたい」

 ボソリと呟いた私の言葉に反応したのはズシだ。

「撫でてデロデロに甘やかしてあげたい。苦しいだろうけど、大丈夫だよって励ましてやりたい」
「ダンデが『負けて落ち込め』『そこから立ち上がれ』しか言わんから……」
「そうなのよ! あとそういうのは直接本人に言え」
「可愛いなあ、ホップ。弟にしたい……。弟になって……」
「チャンピオンさん、弟さんを私にください。大事にするので」
「オレの弟だから、キミたちにはあげられないんだぜ?」

 うん、冗談だよ。だからダンデ、そんなに狼狽えないでよね。

 さて、気を取り直して宝物庫へ。そこにキバナ様もいるみたい。ダンデが「オレの最高のライバルにして、ジムチャレンジ最後の門番」って言うくらいだから、すごい人なんだろうな。

「……わあ、いたー」

 ゲーム冒頭ではちょくちょく出てるけど、こうして直接会うのは初めてだなー、なんて思ってたら、

「ああああああああぁぁぁ!!」

 隣でズシが大声で叫ぶのでびっくりしてしまった。やめろ! 隣で叫ぶのはやめろ!!

「ズシー!」
「や、だって、ほら! そこに顔面600族が!! スマホロトム持って! こっち見て! あぁ! あの腰に手を当てる立ち方! エッッッチ!!」
「待って肩を揺さぶらないで!」
、大丈夫か? 止めるか?」
「あ、ダンデ大丈夫! オタク特有のあれだから。こう、推しを前にすると色々情緒不安定になってこうなるだけ!」
「ん、うん……? そうか? 止めなくていいんだな?」

 ダンデ、戸惑ってるなー。

 でもね、ダンデ。多分あっちの世界でもこういう人はいると思うよ。ダンデファンの中にはあなたと出会った瞬間、こうして我を忘れてズシみたいな行動取っちゃう人、いると思うよ。ダンデがまだ会ってないだけじゃない? あ、それかダンデを前にして取り繕っているパターンかもしれない。

「キバナ様好き……」
「はいはい、どうどう」

 なんか、馬をなだめるみたいになっちゃったな。うん、ゲームを進めましょう。

 キバナ様のリーグカード貰ったので早速確認してみる。おお、咆哮? 雄叫びあげてるポーズ? 雰囲気違うなー。タレ目から一転、バトルになると目を吊り上げての臨戦態勢。優しそうな雰囲気からの雄々しい姿……。うーん、ギャップ。

「顔面600族って言われるの分かる」
「でしょー?」
「顔がよすぎる」
「それだけじゃない。バトルも強いの!」

 今更の話だけど、600族というのは「HP・攻撃・防御・特攻・特防・素早さ」の合計種族値が600を超えるポケモンのことを指すらしい(種族値600を超えるポケモンは数が少ないのだとか)。つまり、顔面600族というのは称えているのね、顔のよさを。

 一体誰が最初に言い出しんだろう、ワードセンス光ってるよね。

 それにしても、キバナ様に沼る人が多いの、なんか分かるなぁ……。性格もよさそうだし、「面倒見のいいお兄さん」みたいな感じがする。なんて思いながら宝物庫の奥へ進めれば、肩をちょんちょんとつつかれる。……左側ということは……、ダンデだ。

「な、何?」
「オレの方が」
「うん?」
「オレの方がキバナより強いんだぜ!」
「えっ? ……ああ、ポケモンバトルが? 知ってるよ?」

 無敵のチャンピオンだし。キバナ様に負けたことないんでしょ?

「それに、それに――」

 何か言いかけて口をパクパクとさせ、

「……ああ、いや。何でもない」

 そのまま押し黙ってしまった。

「えっ、何。すごく気になる……」
「何でもないんだぜ!! 大丈夫!」
「大丈夫……?」

 なーんか慌ててるなあ、ダンデ。というか、最近何か言いかけてやめるの多いよね。

 ゲーム内のダンデは、ハキハキ堂々としていて、言い淀むなんてことはあまりなさそうだ。……今のこれは、チャンピオンお休み中だから? それとも、やっぱり私たちの前では遠慮しているところがあるんだろうか。

「ダンデ、遠慮とかしないでね? まだ一緒に住むことになりそうだし……」
「ん? ああ、そうだな」

 へにゃり、と眉を八の字にして笑うダンデは、なんだかポケモンのワンパチがしそうなものだった。思わず左胸を押さえる。

「ゔ、かわい……」
!? ちょっとチャンピオン、あんた何やってんの!?」
「オレは何もしてない!」
「そうだよ、ズシ! ダンデは何もしてないー!」

 わいわいぎゃあぎゃあ騒がしくしながらも、私はラテラルタウンへ向かい(ホップの『オレが弱いとアニキまで弱いと思われる』で泣きそうになったりもして)、私は4つ目のバッジ獲得に挑んだ。

 あ、ちなみにソードとシールドで戦うジムリーダー違うらしい。じゃあ、ダンデのいた世界ではどうだったのか訊ねると「今シーズンはオニオンとマクワがいたぜ。ラテラルとキルクスのジムリーダーは特に入れ替わりが激しいんだ」と返ってきた。ゲームどちらのバージョンとも違う組み合わせみたい。マサル(男の子主人公)がホップと旅立ったのだし、やっぱりそこら辺は誤差があるんだな……。

 さて、ジムチャレンジ! 育ててきたアオガラスを軸に、かくとうタイプジムリーダーのサイトウとバトルだ! いや、この子はサイトウ……ちゃんだな。ちゃん付けで呼びたい。ガラル空手の使い手らしく、ポケモンだけじゃなくてサイトウちゃん自身も相当強そうだ。

 というか、バトル開始になるとスっ……と目のハイライト消えるとこ、いいね……。何がって言葉にできないけど、すごく……いいです……。

 あ、そんな余韻に浸ってる場合じゃない。勝つぞー!

「――やった! バッジゲット!」

 最後のダイマックスしたカイリキーの迫力すごかった! いや、姿が変わったからキョダイマックスなんだっけ? とにかく、勝ちましたとも!

「いいバトルだったぜ!」

 ダンデにも褒められた。バトル強い人から褒められると嬉しいものだね、やっぱり。

 ジムから出たら、ソニアと再会。ラテラルにある遺跡から大きな音がしたのでそちら向かうと、ビートがダイオウドウで遺跡の絵を怖そうとしていた。

 結果的に、ビートはローズ委員長からジムチャレンジの権利を剥奪されてしまった。

 ビートは、ローズ委員長から褒められたい、認められたいって気持ちが暴走してこんなことになっちゃったのかな。生意気なところもあるけど、この子もホップと同じくらい甘やかしてあげたい……。過去のことだし、これはゲームだから、何もできないんだけどさ……。

 その後、ダイオウドウの攻撃のせいか遺跡の絵が壊れて中から謎の石像(?)が現れた。これ、英雄は2人で剣と盾のポケモンがいたっていう証拠になりそうだね。ブラックナイトの真相とかに近付いてるんだろうな。大方の予想としては、ムゲンダイナが関連してるんだろうな……。

 ん、そうなると……?

「そういえば、ローズ委員長、“ねがいぼし”何で欲しがってるの? ガラルの電気が足りないとかそんなんじゃないんでしょ?」

 ビートはローズ委員長が“ねがいぼし”を欲しがってるのを知って、必死に集めていたよね。

「もしかして、ムゲンダイナの暴走はローズ委員長のせいだとかある?」
「あー。あそこまで言えばそういう考えに辿り着くよね」

 ズシの反応を見るに、当たりだったようだ。

「当たり?」
「当たり」

 ダンデもうなずいている。

「まあ、詳しいことはゲームを進めたらいいんだぜ。キミが楽しんでやっているから、オレも極力ネタバレはしない。それに、オレも楽しんでいるんだぜ。ホップにソニア、マサルくんたちの活躍をこの目で見られるんだからな!」

 ダンデがそう言うなら、私も伸び伸びとゲームを進めさせてもらうけど。
 ローズ委員長って、ダンデをジムチャレンジに推薦した人で、チャンピオンになってからもダンデをサポートしていた人でもあるよね。

 もしかして、保護者代わりみたいな存在だったのでは……?

 ダンデはムゲンダイナの捕獲を見届けてから気を失い、こっちにトリップしてきた。ローズ委員長の処分は、まだ分からないままなんだ。表には出さないけど、きっと気になってるんだろうな……。

 ダンデを元の世界に帰す。

 結局は、この問題に行き着くんだね。

 ダンデは帰るべき。
 だけど、帰ってほしくない。

 一旦落ち着いていた気持ちが、またむくむくと湧きあがってくる。

 きっと、私は寂しいだけなんだ。
 家族という存在に安心したいだけなんだ。
 たまたま現れたのがダンデだったから、ダンデに依存してるだけなんだ。

 私のワガママで、ダンデを縛りつけたらダメなんだよ。

「ん、とりあえずバッジ全部ゲット目指して頑張る!」

 無理矢理笑顔を作って、私はゲーム機を握った。