感情を持つことによる、果てしなく面倒くさい何か⑥


、弁当忘れてるぜ!」
「あ、やばっ。ありがとう!」

 オレはにランチバッグを渡した。

「今日は鶏そぼろにしてみた。初めて作ったから、あとで感想を聞かせてくれ」
「ダンデの料理、ハズレないから絶対美味しいよ。じゃ、いってきまーす!」
「ああ、気を付けて! いってしらっゃい!」

 玄関のドアが閉まったのを確認し、オレはほっと溜め息をついた。

「よし、出掛ける準備だ!」

 今日は2月13日。バレンタインの贈り物を買う日だ。迷うことを想定して、早く駅に向かわなければ。

「応援してくれ、リザードン」
「ばぎゅあ!」

 グレーのパーカーに黒のチェスターコート、というものを合わせてみる。と新宿に行った時、店員から「おすすめのコーデです!」と言われ一式そのまま買ってもらったものだ。これだけだと色味が地味だが、パンツの裾を少し巻くれば(ロールアップがどうのと言っていた)、赤色の靴下が差し色になって映える……らしい。未だにファッションはわからないが、店員が言った通りにしたんだ、ハズレはないだろう。

 鏡で全身をチェックする。うん、いいだろう。

「……と、その前に」

 の家族の写真立てに向かって手を合わせる。

「いってきます」

 も会社に行く前に手を合わせているので、オレもそれに倣っているのだ。

 それにしても――。

「やっぱり、のおじいさんの写真、どこか違和感があるような……」

 白黒だからなのか? いや、それだけではないような……? 

「ぎゅああっ!!」
「ああ、すまないリザードン! そろそろ出ないとな!」

 リザードンをボールに入れ、オレは家を出た。

 目指すは新宿。迷ってもいい。なるべく早く目的地へ着けるようにしよう。


***


「着いた!」

 予定にして2時間オーバーだ。アパートから最寄り駅で20分オーバー。新宿駅に着いてから改札に出るまでで20分オーバー。そこから出口に着くまで30分オーバー。出口から目的地に着くまで50分オーバー。長いこと迷っていたような気がする。人に訊かなければもっと迷っていたかもしれない。

 時間をこれ以上ロスしたくなかったので、今回は男性に道を訊ねたが(前回は女性に言い寄られて大変だった)、やはり道行く人――特に女性からの視線が多かったように思う。

 は「見た目がいいから」と言っていたが、そんなにオレの見た目はいいものだろうか。

 ああ、でもローズ委員長がグッズ監修をしていた時に「ダンデくんは容姿にも恵まれていますね」と褒められような記憶があるな。オレの容姿は世界が違ってもウケがいいのか。

 ……まあ、それはともかくとして。
 
「さて、行こうか」

 オレは建物の中に入り、案内板に近付いた。

「ここの建物の――5階かな。雑貨店があるぜ。ここなら目当ての物が買えるだろう」

 ボールを軽く握り、リザードンへ話し掛ける。

 動画配信で稼いだお金はそれなりにあるが、あまり高価な物は買えない。

 ここがガラルで、がポケモントレーナーだったなら、迷わずモンスターボールやポケモンフーズといった、ポケモンもトレーナーも喜ぶグッズを贈っていた。だが、ここはポケモンがいない世界。その手は使えない。

 ネットで女性への贈り物を調べてみたが、お菓子や洗剤といった消え物よりは、形に残る物にしたいと思う。それこそ、ポーチとか、小物入れとか、彼女が普段使いそうな物だ。

 エスカレーターに乗って5階へ。フロアでまた迷ってしまったが、なんとか雑貨店へ到着した。

 商品棚にはペンダントやイヤリングなどのアクセサリーが陳列されている。スマホ用品、カバン、ポーチ……。あ、財布もあるのか。何がいいだろうか。

 できれば、毎日身につけられる物にしたいな。

 ペンダント……は、何か違うな。アクセサリー系は除外だ。そういうものは、こういう所ではなくて、宝石店のような所で選びたい。どうせならオレの色――瞳の色を、彼女に身につけてもらいたい。

 店内を歩き回っていると、ふと、ヘアーアイテムのコーナーが目に止まった。

 ああ、そうだ。髪飾りがいい。バレッタというのか。うん。とにかく、これなら毎日身につけてもらえるんじゃないか。

 考えに考え抜いて、オレはとあるデザインのバレッタを購入した。値段も手頃だ。いいんじゃないだろうか。

 想像してみる。

 が、髪飾りをつけている。
 他の誰でもない、オレが選んだ物をつけて。

 それで、オレに笑いかけるんだ。

 ダンデ、と。

「……」

 オレはが好きだ。
 それと同じくらい、ポケモンも、オレの家族も、ガラルの皆が好きだ。そのはずだ。

 でも、不思議なんだ。どうしてこんなにものことを考えると、こんなに気持ちが高揚するのだろう。

 ポケモンバトル直後のような胸の高鳴り。
 もっと見ていたい、終わりたくない。
 ずっと傍にいてほしい。

 あの、夜空のような眼差しで、オレだけを見つめていてくれたら。

 見つめてくれたら……?
 何だっていうんだ……?

 オレ、本当にが……好きなんだよな?

 オレは腕を組んで首を傾げる。何か、違う気がする。ポケモンたちに向ける好きとは何かが違う……?

 分からない。店で考えることでもないか。とりあえず、会計を済ませてしまおう。プレゼント用にラッピングができるというのでお願いした。バレンタイン仕様になるそうだ。

 これでプレゼントはよし……と言いたいところだが、予定してた金額より安く収まってしまった。もうひとつくらい、何か買えそうだ。

「すまない、訊きたいことがあるんだが」

 会計を担当してくれた女性の店員に話し掛ける。彼女は少し驚いたようだが、すぐに笑顔を向けてくれた。

「はい、どうされました?」
「例えば、キミはどういう物をプレゼントされたら嬉しいだろうか?」
「……はい?」

 彼女は目をパチパチと瞬いた。
 ん、伝わってなかったか。

「あー。キミくらいの年齢の女性に、プレゼントを贈りたいんだ。今買ったバレッタの他に、何かいい物はないだろうか」
「そう、ですね……? バレンタインの贈り物でしたら、定番はチョコレートですが」
「できれば、食べ物以外がいいんだ」

 なるほどですねー、と彼女は朗らかに笑う。

「でしたら、お花はどうでしょうか? 嫌いな方はそういらっしゃらないかと」
「つまり、花束か?」
「そうですね。とはいえ、大きな花束はやめた方がいいかもしれないですね。意外に場所を取るので、住んでる部屋によっては困ってしまうかもしれません」
「なるほど」
「それから、生花を贈るのでしたら花瓶も必要になりますよ。あるか確認した方がいいかもしれません」
「そうか、花瓶は家になかったな……」

 場所も取るというし、生花はやめた方がいいだろうか。

「プリザーブドフラワーを贈る手もありますよ」
「プリザーブドフラワー?」

 聞き馴染みのない単語だった。

「長く楽しめるように特殊な加工をしたお花をプリザーブドフラワーと言うんですよ。小さな物も売っていますから、ご興味があればお花屋さんに立ち寄ってみてはいかがですか?」

 いいことを聞いた。

「ありがとう、そうしてみる! ちなみに、どこの階にあるんだ?」

 花屋の場所を確認し、オレは彼女へお礼を述べて雑貨店を出た。

 また道に迷ってしまったが、なんとか目当ての店に到着。そこで店員に相談してプリザーブドフラワーを購入した。

 彼女、喜んでくれるといいな。

 早く明日が来たらいいと思いつつオレはソワソワしながら家に帰った。

 隠し場所はキッチンのとある場所へ。はあまりキッチンに入ってこないから、1日くらいならなんとかなるだろう。

 ああ、早く明日が来ないだろうか。楽しみだ。